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父、訓練をする

 獣王カールとの秘密の宴席を経て、翌日。その日からニックはカールの頼み通り、城の中庭にて兵士や百獣戦騎の候補者などなど、希望者を対象とした訓練を開始した。


 とは言え、最初の希望者はそこまで多くはなかった。前回ここを訪れたのは三年も前であり、それ以後にこの城の兵士になった若い世代はニックの実力を知らなかったからだ。勿論獣王であるカールや当時ニックの手合わせしたことのある百獣戦騎の戦士達の口添えはあったが、それでも実力で王城の兵士になったり百獣戦騎の候補者にまでなれるようなものからすれば、「何故ノケモノ人の冒険者などに……」という気持ちが蔓延していたのは無理からぬ事だろう。


 もっとも、そんな侮りは初日にして消え去った。手っ取り早く全員の今の実力を確認したいというニックの言葉にいきり立った者達が一斉にニックに襲いかかり、当然のように一蹴されたからである。その事実が広がって二日目、三日目とドンドン参加者が増えていき、五日目を数える頃には参加希望者があまりに多くなりすぎたため、一度の訓練時間を短く区切って日に何度か人の入れ替えをするようにまでなっていた。


「こう、か?」


「そうだ! お主の体つきであれば、足よりも腰の筋肉を鍛えるのがいい。鍛えても目には見えぬだろうが、確実に動きが安定するはずだ」


「ニック先生、こっちも頼む!」


「ははは、今行くから待っておれ」


 そうして二週間も経つ頃には、ニックはすっかり皆の人気者になっていた。圧倒的な強者でありながら高圧的な面がなく、また勇者の父という立場でありながらも偉ぶったりせず気楽に話ができる。これだけの好条件が揃えば、好かれるのは半ば必然だ。


 そしてそれに加えて、ニックにしかできない指導がある。


「ふむ、いい具合だな」


「だよね!」


 筋肉の様子を見たニックの言葉に、牛鹿族(ガゼリア)の男が嬉しそうに答える。その体つきはやや歪で、特に足は右足の方が左足より倍近くも太い。


「誰に聞いても両方の足を同じくらいに鍛えた方がいいとしか言われなかったけど、ニックさんの言うとおりにしたらスゲーいい感じなんだよ!」


「はは、そうか。確かに全身の筋肉をバランスよく鍛えるのが有効なのは間違いないが、そこまで肉の付き方が違うならいっそ特化させた方がいい。こちらの攻め手は減るし相手に対処もされやすくなるが、それは同時に相手の攻め手を絞る結果にもなる。


 もっとも、常に不利を強いられるようなものだから地力を鍛える鍛錬はずっと厳しくなるぞ?」


「わかってるって! へへっ、これからはガンガン鍛えてやるからな!」


 太い足をさすりながら、男が楽しげにそう呟く。片足だけが強すぎるせいで一般的な体術にどうしても馴染めず、最近は「これならいっそ弱くて細い足の方がよかった」とまで悩んでいただけに、ニックの指導によって一点特化の戦い方を学べたことは世界が変わるほどの衝撃だった。


「ホント凄いよなニック先生。象人族(パオール)だろうが鼠人族(チュリング)だろうが最適な鍛錬方を教えられるとか、百獣戦騎の方々でもそんなことできないだろ」


「それどころか個人の体つきに合わせての指導までだからな。俺も早く見てもらいたいなぁ」


 武術、体術を極めたニックの目は、相手の体の内側にある筋肉の流れまでも正確に見通すことができる。だからこそどんな大きさの相手でも指導できるし、個人の資質、それこそ部位事の筋肉のつきやすさまで見据えて鍛錬の方向性を考えたりもしている。


 そこまでのことができる者は如何に獣人の国とはいえ他に存在せず、だからこそニックの指導は今や競争率一〇〇倍を超える超大人気を誇っていた。


「ふふっ、やってるなニック」


「おお、コサーンではないか!」


 と、そこに楽しげな笑みを浮かべるコサーンがやってきた。その背後には当然ワッカ達もついてきており、目の前にいる大量のライバルの存在にウズウズと体を揺らしている。


「どうしたのだコサーン? まさかお主まで訓練に参加するなどとは言わんだろうな?」


「まさか! こんな老いぼれがお前の時間を若者から奪い取ったりするものか!」


 ニックの冗談に、コサーンもまた冗談で返す。あまりにも希望者が増えすぎているせいで最近のニックはかなり忙しく、最初の数日こそ町の宿に戻っていたが、今はすっかり城の中で寝泊まりしているためコサーンともやや久しぶりだ。


「とはいえ、お前の訓練の評判を聞いて来たってのは間違いでもないな。ほれ、お前達、行ってこい!」


「「「ハイッ!」」」


 コサーンの言葉に、ワッカ達が訓練場へと飛びだしていく。そこではニックの指導の他にも当然組み手をしている者達が沢山おり、ワッカ達は雄叫びを上げながら適当な集団に飛び込んでいった。


「俺達はコサーン様の弟子だ! いざ尋常に勝負!」


「コサーン様の弟子だと!? いいだろう、その実力見せてみろ!」


 あっという間に始まる乱戦。楽しく戦う若者達の姿に、ニックもコサーンも顔をほころばせる。


「相変わらず元気のいい奴らだな。それで? これだけでないというのなら、他には何の用なのだ?」


「ん? ああ。ひょっとしたらお前が忘れてるんじゃないかと思って、その確認にな」


「忘れている?」


「そうだ。今日が何の日か覚えているか?」


「……今日?」


 思わず首を傾げるニックに、コサーンが苦笑する。


「今日は俺の引退式の日だ。そしてお前に獣王陛下から報奨が渡される日でもある。ちゃんとそっちの準備はしてるんだろうな?」


「あっ!?」


「……やっぱり忘れてたな?」


「い、いや、違うぞ!? 忘れていたというか、最近忙しかったというか、楽しかったというか……と、とにかく大丈夫だ! 大丈夫……なはずだ」


 ジト目を向けてくるコサーンに、ニックは慌ててそう返す。だがそんなバレバレの嘘では子供だって騙せはしない。


 ちなみに、オーゼンが教えなかったのは『王候補者として予定の一つも覚えていられないようでは困る』という方針からだ。後に部屋に戻ったニックが問い詰めるが、『我は貴様の親ではないのだぞ!? そのくらい自分で覚えておかなくてどうする!』という極めてまっとうな怒られ方をしてちょっぴりへこむという出来事もあったのだが――閑話休題。


「やっぱりそうか。なら獣王陛下からのお言葉を伝える。今日の訓練はもういいから、式典の準備をしてくれとのことだ。まあお前は化粧をするわけでもなければこの程度で疲れたりもしないだろうから、汗を流して身ぎれいにする程度だろうがな」


「わかった。では早速やってこよう。おーい、お前達!」


 その場でニックが訓練終了を告げると、集まった者達からは残念そうな声が上がる。だが彼らとてその後に開かれるコサーンの引退式には興味があるため、それ以上に無理を言ってくるような者はいない。


 ということで、ニックは素早くあてがわれた部屋へと戻り、係の者に頼んで風呂を用意してもらい汗を流す。その後は着替えをすませ……カールに「似合ってるから気にするな」と言われたため、今回もやたら豪華な海賊服だ……案内を受けて城内を進めば、そこでは正装した多種多様な獣人達が既に整列を始めていた。


「来たかニック! こっちだ!」


 そこでコサーンに呼ばれそちらへと早足で移動し、そのまましばしの時を待てば……遂にコサーンの引退式兼自分への報奨を渡す式典が開始された。


「皆、よく集まってくれた! 今日これより行うのは、我らが国に長く貢献してくれた百獣戦騎が一人にして希代の英雄、『黒腕』のコサーンの新たな門出を祝う式である! まずは――」


「伝令ーっ!」


 獣王や各部族の族長……基人族でいうところの高位貴族……のみならず、常ならば国中に散っているはずの百獣戦騎の者達の半分近くが集まる大広間に、開会の挨拶を遮って大きな声が響き渡る。


「何があった!?」


 そしてその声に、他ならぬ獣王マメ・シバーヌ・シッポカールが答える。この場で声を張り上げるからには、その連絡が緊急でないはずが無い。


「バケモノ人共に動きあり! 境界都市ココマデルが、敵により完全包囲されました!」


「「「何だと!?」」」


 滝のように汗を吹き出す伝令兵のその言葉に、華やかだった大広間に一気に緊張と怒号が広まった。

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