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父、語り合う

「くそっ、何だそりゃ!? 滅茶苦茶楽しそうじゃないか!」


 ニックの話をひととおり聞き終えたカールが、やや顔を赤くしながらそう言ってグラスを机に叩きつける。加減を間違ってグラスを割ってしまうほど酔ったりはしていないが、それでもドンという少し大きめな音が獣王の私室の中に響いた。


「楽しいばかりではないぞ? それなりに苦労もあったのだが……」


「苦労!? お前の強さで苦労なんてあるわけがないのだ! 現に魔竜王だの魔族の四天王だの魔海の覇者だのを軽々とやっつけているではないか! くそっ、くそっ! 俺……じゃない、余もそんな奴らと戦ってみたかった……くふぅ」


 やや困り顔のニックに対し、カールは本気で悔しそうに言う。見た目がどれだけ愛らしくても彼もまた獣王であり、数多のケモノ人の頂点に立つ最強の存在。ならば戦いが嫌いなどということはなく、然りとて獣王が軽々に戦えるはずもないということで色々とため込んでいるのだ。


「まったく! お前はまったく! そんな楽しい旅ばかりしてきたお前には、余の頼みをきく義務があると思わないか? ん?」


「いや、全く思わんが……頼みとは何だ? 儂にできることならば協力するのはやぶさかでは無いぞ?」


 支離滅裂なカールの言い分はともかく、こうして酒を酌み交わせる友の頼みをきくことに異論などあろうはずもない。軽い調子で聞き返したニックに、しかしカールはやにわに真面目な表情になって答える。


「一月二月くらいの短期間でいい。余の国の者達を鍛えてやってくれないか? お前ならば並の者が指導するよりもずっと効率よく皆を鍛えられるはずだ」


「儂がか? 確かにここにくる間にコサーンに請われて奴の弟子達を鍛えたりはしたが、それはあくまであの者達がまだまだ未熟だったからだ。きちんとした訓練というのなら儂などより専門家がいるであろう?」


 ニックの鍛錬方法は、何処までいっても自己流だ。ごく基礎的な体術などは教えられるが、例えば軍属の兵として動くのに必要な動きなどは当然教えられない。それに加えてここは獣人領域であり、教える対象は獣人。基人族であるニックとは根本的に違う体格や戦い方をする者に本格的な戦闘訓練をするのは、不可能とは言わずとも効率がよいとはニックにはとても思えなかった。


 だが、そんなニックの言葉にカールは苦しげに顔を歪めて首を横に振る。


「最近、またバケモノ人(魔族)との国境線が騒がしくなっているのだ。まあそれはよくあることだからいいとしても、最近はノケモノ人の方でも動きがある。流石に距離があるから情報が入ってくるのは遅いのだが、どうやらザッコス帝国とやらがよからぬ事を考えているらしい」


「そうなのか? それは……儂には何ともできんが」


 カールの言葉に、ニックは眉をひそめつつもそう答えるしかない。当たり前の話だが、勇者は人間の国同士の戦争には一切加担しない。これは関わってしまうと人類の間でも勇者に「敵」と「味方」が生まれてしまい、全ての人類の勇気を束ねるという勇者の使命に重大な支障が出るからだ。


 そしてそれは、ニックにも当てはまる。勇者の父であるニックが何処かの勢力に加担すれば必然「勇者本人もそっちの陣営なのか」という話になり、それが事実かどうかに関係なく勇者に対する軋轢が生まれてしまう。


 ならばこそニックはあくまでも一冒険者として活動しているのであり、よほど非道な……例えば大量虐殺など……行為をとめる、つまりほぼ全ての人類の賛同を得られるような状況でなければニックとしても大々的に戦争に介入することなどできはしなかった。


「だが、国境線の魔族を掃討するのであれば問題ないぞ?」


「いや、それこそ駄目なのだ。ニックの強さはよくわかっているが、それでもお前は一人しかいない。何十万もの同胞をお前一人で守ることなんてできるはずもないし、何よりそれをしてしまうと兵達の成長する機会そのものが失われてしまうのだ」


「ぬぅ……」


『戦いは避けたいが、戦わねば経験が積めない。なるほどそれは難しい判断だな』


 黙り込んでしまったニックに、オーゼンもまた一人呟く。たった一人の偉大な英雄や手軽に使える強大な武器に頼り切ってしまったせいでそれを失う、対策をとられてしまうことで簡単に滅んでしまった文明というのは幾つかある。ニックはまさにそういう存在であり、全ての敵を殺せる万能薬は、味方の可能性すら殺してしまう劇毒でもあった。


「まあ国境線には百獣戦騎を二〇人ほど張り付かせているから、そう簡単に破られたりはしないのだ。とはいえ国内の守りだって疎かにはできないし、それ以外にも百獣戦騎は部族の代表とか親善大使とかやるべき仕事が沢山あって、なかなか訓練にまでは回せない。


 特に先日のバケモノ人の四天王との戦闘では、百獣戦騎のみならず通常の兵士達のなかでも将軍や隊長格の者に多くの死傷者が出ている。恥を忍んで言えば、その穴埋めが全然足りていないのだ」


「そうか……確かに人材はそう簡単に育つものではないからな」


 人を育てることの大変さは、一人娘を勇者として育てたニックにはよくわかっている。だからこそニックはグッとグラスを煽ると、まっすぐにカールの目を見てその言葉を告げた。


「わかった。儂で役に立てるならできる限りの力にはなろう。だが念を押しておくが、儂に教えられることはそう多くはないぞ?」


「おお、引き受けてくれるかニック! なーに、難しいことなどしなくても、お前なら適当に組み手をやってくれるだけで十分なのだ! 報酬は別で出すから、よろしく頼むぞニック!」


「任せておけ! っと、あー、どうするかな……」


「ん? どうしたのだニック?」


 笑顔で快諾したと思ったら突然悩み始めたニックに、カールは不思議そうに尻尾を一振りしてから問いかける。


「いや、もう少ししたら冒険者ギルドで昇級試験を受けようと思っていたのだ。マンナーカーンにもギルドはあるだろうが……」


「ああ、冒険者の通例とか言う奴か? お前がそんなことに拘るなんて、ちょっと意外だな」


「そうか? 儂としてはそういうことにこそ拘りたいと思うのだが。せっかくの初めての昇級だしな」


「まあ気持ちはわかるけどな。余も最初の昇級試験の時は、そりゃあもう緊張したものだ」


 とりあえず少しだけ肩の荷が下りたカールが、ほろ酔い気分でグラスを傾けながら懐かしそうに過去を見つめる。


「一五で冒険者になって、翌年最速で昇級試験を受けて……見事に落ちた! フフッ、あの頃は若かったなぁ」


 苦笑しながら思い出すのは、若く、そして幼かった頃の自分。ケモノ人らしく強さばかりを求め、かつ見た目で舐められないようにいつも周囲に虚勢を張っていた頃のカールにとって、責任だの協調性だのを問われる昇級試験はなかなかに鬼門だった。


「といっても、そこそこ大きな町の冒険者ギルドなら月一くらいで昇級試験はやってるだろう? もしくはその時だけ一時的にノケモノ人の国に戻ってもいいだろうし。何なら紹介状でも書くか? 余の書状なら一発で合格するぞ?」


「それは何と言うか、不正っぽくないか?」


「馬鹿言え! 冒険者ギルドが一年昇級させないのは、そいつの実力や人となりがわからないからだろう? つまりギルドが信頼を担保するに値する相手かどうかわからないからこその一年であり、試験なわけだ。


 それを余が肩代わりすることの何が不正なのだ! まあお前が酷い行いをすれば余に責任がくるわけだが、そんなことしないだろう?」


「そりゃしないが……とにかく紹介状はいらん。そもそも鍛える相手がどれだけいるのか、どの程度の実力なのかもわからんのだしな」


「そうか。頼む方の余としても無理強いはしない。お前が好きなだけ鍛えてくれればいいし、いつ辞めてくれても大丈夫だ。ただ出来れば辞める三日前くらいまでには報告してくれるとありがたいがな」


「わかった。覚えておこう」


 笑顔で頷くニックに、カールは椅子の下から風が巻き起こるほどにパタパタと尻尾を振る。


「では、改めて乾杯といくか! 友に!」


「ああ、友に!」


 価値を知る者が見れば青ざめるような立派なグラスをガチンと打ち合わせ、二人は共に酒を呷る。熟成された深い赤は飲み干してなお芳醇な香りを漂わせ、喉だけでなくその胸までもカッと熱くしてくれる。


「さあ、今夜は無礼講だ! お前にならば余のお腹をモフモフさせてやってもいいぞ?」


「はっはっは……カールよ、そんなことばかりやっているから臣下に『可愛い』と言われるのではないか?」


「なっ!? ニックお前、お前までそういうことを言うのか! 余は獣王だぞ!? 強くて格好いい獣王なのだぞ!?」


「わかったわかった。わかったから落ち着け」


「ぬぅ、その顔はわかってない顔なのだ! いいか? そりゃ確かにお前は強いかも知れないが、余が本気を出せばお前なんて一捻りなんだからな?」


「ははは、そうかそうか」


「何だその笑いはー!? くそぅ、いつか絶対思い知らせてやるのだ! 獣王が何故に獣王なのかを、その身にプニッと――」


 再会を果たした大人達の会話は、まるで夜中にはしゃぐ子供のように盛り上がる。余人のいない二人だけの空間で、獣王は久しぶりにただのケモノ人となってその会話を楽しむのだった――

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