父、褒美をもらう
「なるほど、そういうことなのか……ウメェコット、この武具の持ち主に心当たりはあるか?」
「難しいですな。森や山ならまだしも、海となるとおそらく一〇〇〇年以上前の外洋探検時代にそちらへ赴いた獣王様なのでしょうが、そこまでとなると流石に記録も乏しく……」
「そうか。できればきっちりと所有者を見つけて弔って差し上げたかったが」
「世の中、なかなか上手いことはいかないということでしょうな」
ため息交じりのカールの言葉に、ウメェコットも難しい顔で同意する。獣王は世襲制ではないということもあり、年代が離れれば離れるほどにその特定は難しくなる。何らかの偉業を果たしていたというなら名も残るが、おそらくは志半ばで魔物に食われたであろう当時の獣王となると流石に調べようが無かった。
「仕方が無い。きちんと手入れをしてから、獣王墓の中に静かに祀ることとしよう。ただ、可能であればゆっくりでいいから調べてみるのだ。かつての獣王が名無しのままではあまりに不憫だからな」
「畏まりました。すぐに手配致します」
「うむ。では改めて……ノケモノ人の友、ニックよ。此度のお前の働きは実に見事なものであった。ついては褒美を取らせる故、何なりと希望を言うがいい!」
ウメェコットに頷いてから、カールは獣王としての威厳を持ってニックに声をかける。それに対するニックの答えは当然準備済みだ。
「であれば、この獣人領域内にある古代遺跡の場所を教えていただけないでしょうか? 探索が済んでいるものでも構いませんので、できるだけ多くの場所を教えていただければ、これ以上無い幸いでございます」
「古代遺跡の場所?」
儀礼に則った返答を返したニックに、しかしカールは首を傾げる。この流れで礼などいらないと言えば自分が運んできた物……つまりかつての獣王の形見とも言うべき武具が「礼を受け取る必要すらない物」という扱いになってしまうため、何か要求してくるのは当然だと考えていた。
だがニックが無茶な要求をするとも思っていなかったので、てっきり一番後腐れの無い金や宝石、あるいは魔法道具などの類いを要求されると思っていただけに、その望みは些か以上に想定外だったのだ。
とは言え、求められたからには答えなければならない。カールは顔を横に向けると、同じように不思議そうな表情を浮かべていたウメェコットに声をかける。
「古代遺跡か……どうだ、ウメェコット」
「そうですな。探索済みでも構わないということであれば、お教え出来る場所は幾つもあります。が、特に秘匿しているわけではないとはいえ、野盗などのねぐらに使われては面白くないので公開しているわけでもありませんから、情報を取りまとめるのに一週間から二週間ほど時間をいただければと思うのですが……」
「だそうだが、どうだニック? それで問題ないか?」
「勿論です。急いで欲する情報というわけではありませんので」
「なら決まりだな。では慣例に従いコサーンの引退式は二週間後に行い、その際にニックに対する報奨の授与も同時に行うものとする。皆つつがなく準備をせよ!」
「「「ハッ!」」」
カールの言葉に、謁見の間に居合わせた文官達が一斉に返事をする。そのまま一礼して彼らが部屋から出て行くと、これにて王の仕事は終わりとばかりに表情を緩めたカールがひょいっと玉座から立ち上がり、軽い足取りでニックの方へと歩み寄ってきた。
「さてニック。これから少し時間はあるか? せっかく再会したのだから、余としては積もる話があるのだが」
「陛下が宜しいのであれば、私は構いませんが……」
そう答えつつ、ニックはチラリと横にいるコサーンの方へと視線を向ける。
「俺達の方は気にするなニック。宿に戻っているから、何かあったらそちらに連絡をくれ」
「そうか? わかった。では陛下、お供致します」
「うむ。ではついてくるのだ!」
歩き出したカールについてニックが謁見の間を出て行く。そのまま以前も入ったことのある獣王の私室へと足を踏み入れると、薦められるままに目の前の椅子に腰を下ろした。
「フゥ。今度こそ本当に畏まる必要はないぞ? 流石にここなら人目は無いからな」
王冠や外套を脱ぎ捨て、明らかに気を抜いた態度を取るカールに対し、ニックも本当の意味で肩の力を抜いて答える。
「はは、ではそうさせてもらおう。改めて久しいなカール。ツブラメニア殿がいないと聞いた時は肝を冷やしたが、皆元気そうで何よりだ」
「ふっふっふ、あれはまあちょっとした悪戯みたいなものだ。余も外遊についていきたかったのは事実だが、獣王となった今ではよほどの事情がなければ国を空けるわけにはいかなくなってしまったからな」
部屋に据え付けられている立派な棚から酒瓶とグラスを取り出し、カール手ずからそれを並べて酒を注いでいく。若い頃から武者修行として世界を巡っていただけに、カールは旅行が好きだった。
「マケモノ人の国というと、エルフか? それともドワーフの方か? どちらも少し前に行ったが……」
「エルフの方だな。イキリタス王はご健在だったか?」
「ははは、彼奴が元気でない訳がなかろう? 相変わらずの調子であったよ」
「そうか。懐かしいな……もう二〇年以上も前の話か」
ニックの「相変わらず」という言葉に、カールの脳裏にドヤ顔で高笑いするイキリタスの姿がありありと思い出される。修行時代にとある理由で会ったエルフの王は、やたらとウザくて娘自慢が酷い、憎めない「嫌な奴」だった。
「お主の冒険者時代の話か。以前にも少し聞いたが……随分と派手に暴れ回ったようだな?」
「何を言うか! 余の活躍なんてお前には遠く及ばないとも! 聞いたぞ、世界樹で暴れてイキリタス王の像をぶっ壊したんだって?」
「うぐっ!? な、何故それを!?」
体面を何より大事にするエルフ達にとって、王の像を破壊されたなどというのは絶対に知られたくない秘密だ。だからこそそれを外部に漏らすとは思えず、ニックは思わず言葉に詰まる。
「先日お前の娘がやってきた時に、ちょこっと聞いたのだ。他にも色々とやらかしているようで、流石余の認めた強者というところか」
「いや、あれは……というか、その後のことも全てちょっとした不可抗力というか、不幸な事故や行き違いというか……」
「ほほぅ? つまりまだ色々と話はあるということだな? というか、そもそも何故お前は娘から離れて旅をしているのだ? 色々事情があるのかも知れんと思って勇者には突っ込んで聞けなかったが、お前の様子をみると喧嘩をして別れたとかそういうことでもないのだろう? この際だ、洗いざらい話してみろ! そして余を楽しませるのだ!」
上等な酒をグビリと煽り、カールが言う。自分が旅に出られないのであれば、せめて旅をしてきた者の話を聞きたい。その目にはそんな欲望がギラギラと宿っており、そして何より椅子から覗く尻尾がそれはもうフリフリと振られている。
「いいのか? 正直随分と長い話になるぞ?」
「構わん! 余が酔い潰れたくらいで駄目になるほどこの国は甘くないわ!」
「それもどうなのかと思うが……まあよかろう。ならゆっくり話していくとするか」
ペシペシと肉球を机に打ち付けて訴えるカールに、ニックは苦笑しながらもこれまでの旅路のことを懐かしみつつ話し始めた。