父、謁見する
「うぅ、緊張するぜ……」
「おいら、ちょっとお腹痛い……」
「ハハハ、まだまだだな君達は。ボクくらいになれば、このくらいなんてことないよ?」
ここは王城、謁見の間側の待合室。これからすぐに獣王との謁見があるということで、ワッカ達は互いに緊張の面持ちで声を掛け合っている。一見平気そうに見えるイタリーもその足は若干震えており、その言葉が強がりであることは明白だ。
「それにしても、謁見まで三日とは随分と早かったな」
「だな。俺が申し出たというのもあるだろうが、どちらかというとニックの存在の方が大きかったようだぞ? 獣王陛下がお前に会いたいと予定を調整されたそうだ」
そんな若者達とは裏腹に、本当に落ち着いている大人二人は気楽な様子で言葉を交わす。百獣戦騎として幾度もこの場にやってきているコサーンは今更必要以上の緊張などしないし、ニックにしても勇者パーティにいたのだから王族との面会は慣れたものだ。
「おかげでワッカ達の礼服の調達には苦労したが……まあまともになってくれたからな」
「ん? どういう意味だ?」
「いや、こっちの話だ、気にするな」
眉をひそめたニックに対し、コサーンは軽く手を振って答える。町に入って人らしい暮らしをしたからか、一晩寝て起きるとワッカ達の体は通常の状態に戻っていた。合わせて異常に発達した筋力も一月の鍛錬で得られる常識の範囲内に収まったようだが、それを残念がるワッカ達とは対照的に、コサーンは心底安堵していた。
なにせ、ゲーノはまだしもあんな体のワッカとイタリーに着せられる礼服など如何に王都と言えども売っていない。というか、ムキムキの弟子にどう接するべきか悩んでいたコサーンとしては、その変化は涙が出るほど嬉しかった。
「そんなことより、お前の方だニック。その格好はなんだ?」
「以前よりちょっと派手になってしまったと事前に言ったではないか!」
「いや、聞いてはいたが、ここまでとはな……」
話題を変えたコサーンが若干の困惑顔で指摘するのは、獣王への謁見に際してニックが着ている礼服だ。金や宝石を惜しげも無く用いたその服は品を維持しつつ華美を極めたかのようで、どう見ても一介の冒険者の着る服ではない。
「獣王陛下ならば気になさらないとは思うが、普通の謁見でそんな服を着たら相手に嫌みの一つも言われるのではないか?」
「あー、その可能性は否定できんな。むぅ、そう着ることもないのだが、やはり礼服を一着仕立て直しておくべきか……」
コサーンの言葉に、ニックは悩ましげにそう呟く。勇者の父として恥ずかしくない格の礼服を仕立てるとなると、金は勿論時間もそれなりにかかる。そう必要になることもないだろうと面倒に思って作らなかったわけだが、結局これからも何だかんだで王族とは会う気がするため、ニックは頭の中で以前に服を仕立てた店を思い出していた。
「皆様、獣王陛下の準備が整いましたので、こちらへおいで下さい」
と、そこで待合室の扉が開き、係の者がそう声をかけてくる。全員が揃って廊下を歩き、謁見の間へと踏み入ると、目の覚めるような深紅の絨毯の上で一同揃って頭を垂れた。
「静粛に! これより獣王陛下がご入場されます」
そこでもニックの姿に若干のざわめきが起きたが、その言葉に瞬時に謁見の間に静寂が満ちる。次いで聞こえてくるのは、小さくて軽い足音だ。それが玉座のところまで移動し座った気配をニックが感じると、玉座のすぐ側に立っていた長い白髭を生やす山羊族の男が声をあげる。
「面をあげよ!」
その声に合わせて、ニック達が一斉に顔をあげる。すると視界に入るのは、大きな玉座にちょこんと座った茶色く小さな毛むくじゃらだ。
「よくぞ来た! 余が今代獣王である、マメ・シバーヌ・シッポカールである!」
謁見の間に響くのは、微妙に高い子供のような声だ。絶妙に大きめな王冠と椅子に開けられた尻尾穴から覗く茶色い尻尾がフリフリと振られている様も合わさって、なんとも言えず愛らしい。
そんな獣王は眼下にて畏まっている一同を軽く見回すと、まずはニックに向かってその声をかけた。
「久しぶりだなニック! というか、何だその格好は? ひょっとしてお前、ノケモノ人の王にでもなったのか!? それならすぐにでも友好条約を結んで互いに使者を――」
「いやいや、お待ちくだされ獣王陛下! そういうのとは違うのです!」
一人だけあからさまに「格」の違う格好をしたニックにまくし立てる獣王に対し、ニックは慌ててそう否定する。
「そうなのか? なんだ、お前ならいい王様になると思ったんだがなぁ……ああ、それと前も言ったが、もっと砕けた感じで話してもいいぞ? お前の強さは余のみならずこの場の全員が知っているし、少し前にお前の勇者に世話になったばかりだしな」
「そうですか? では以前の通り、カール陛下と呼ばせていただきます」
「うむ、くるしゅうない!」
笑顔で言うニックに、獣王カールはブンブンと尻尾を振りながら答える。そんなカールの様子に、ニックはさっきから気になっていたことを聞いてみた。
「カール陛下、王妃様の姿が見えないようですが、どうされたのですか?」
「……っ」
前回ニックがこの国に滞在した時には、カールの隣には白くてもこもこした毛並みの犬人族の女性が座っていた。だが今回はそこが空席であることを疑問に思ったニックの問いだったが、それを聞いたカールの表情は辛そうにしかめられ、あれだけ機嫌よく振られていた尻尾もしゅんと垂れ下がり、尻尾穴の空いた特製の玉座の下から垂れ下がっているのが見える。
「王妃は……いない」
「いない? 何かあったのですか?」
エルフ王であるイキリタスの時のことを思い出し、ニックの顔つきがにわかに真剣さを帯びる。そしてそんなニックを前に、謁見の間にカールの悲壮な声が響く。
「王妃は……妻は……旅行に行ってしまったのだ!」
「……旅行?」
「そうなのだ! 外交がどうとか言っていたが、あれは絶対に遊びに行ってるだけなのだ! じゃなきゃ何故子供達まで……ぐふぅ」
「あー……これは?」
悲しげな顔で両手の肉球を合わせ始めてしまったカールをそのままに、ニックはチラリと獣王の隣に立つ男に視線を向ける。すると獣王の補佐官である山羊族の男が苦笑しながら話し始めた。
「王妃モコ・トイップル・ツブラメニア様は、お子様達を伴って現在外遊の真っ最中なのです。予定では、そろそろマケモノ人の国に辿り着いている頃ではないかと」
「そうなのだ! うぅ、余だって獣王でさえ無ければ一緒に行きたかったのに……もう何ヶ月も子供達の顔を見ていないのだ……寂しい……」
「それは何と言うか……辛いですな」
「わかってくれるかニック!?」
「ええ。儂ももう一年近く娘と会っておりませんからな」
「お前もそうなのか! おおニック、我が心の友よ!」
玉座からぴょんと飛び降りたカールが、ニックの体に飛びついてくる。大人と子供のような体格差にニックは軽々とカールを受け止め、二人の父親がガッシリとその場で抱き合った。