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古参戦士、満足する

「んっ……」


「師匠!」


 時間にして五分ほど。目を覚ましたコサーンの顔を覗き込んでいたワッカが声をあげ、すぐにゲーノとイタリーも側までやってくる。全員がずっとついていなかったのは、不安そうに体を揺らすゲーノをイタリーがなだめていたからだ。


「お前達? ここは……ああ、そうか……」


 弟子達の心配そうな顔つきに、寝起きで朦朧としたコサーンの意識がすぐに現実へと引き戻される。その穏やかな表情にワッカ達がとりあえずの安堵を示したところで、少し離れたところで体に付着した返り血を拭っていたニックもまたコサーンの目覚めに気づき声をかけた。


「目覚めたかコサーン」


「ニック……俺は負けたか……」


「ああ、そうだ。儂に勝つにはまだもう少し修練が足りんようだな」


「フッ、少しか……」


 人差し指と親指で小さな隙間を作ってみせるニックに、コサーンが思わず苦笑いを浮かべる。そのまま起き上がろうとしたコサーンだったが、体を支えるはずだった右手の強烈な違和感からドサリと上体を倒してしまい……それを見たニックが真剣な顔でコサーンに語りかける。


「コサーン、お主の右腕だがな」


「言わなくてもいい。こうなるのはわかっていたことだからな」


 コサーンの右腕は、見た目だけなら正常に戻っている。これはニックが持っていた極めて高価な回復薬を用いたからであり、腐り落ちる寸前のようにどす黒くブヨブヨになっていた腕が瞬時に回復したことでワッカ達は歓声をあげていたたが、その腕に触れたニックだけは事の深刻さをしっかりと理解していた。


「ぬぅ、落とした腕すら生えてくるような最高の薬だったのだがなぁ」


「おい、そんな高価な回復薬を使ったのか!? まったくお前という奴は……無駄遣いさせてしまってすまなかったな」


「気にするな。しかし、それで癒えぬとはどういう理屈だ?」


「簡単だ。『断鬼金剛(ダンキコンゴウ)』は俺の命を削る技。年寄りの体に生えるのは年寄りの腕に決まってるだろう?」


「む……」


 笑いながら言うコサーンに、ニックは顔をしかめて唸る。如何なる奇跡の力でも死者の蘇生や若返りは成せない。裏を返せば今のコサーンの体はこの腕に等しいほどに弱り切っているということになる。


 そんなニックの顔を見ながら、コサーンは右手を開いたり閉じたりしてみる。そうして感じられる握力は、何とも心許ない強さだ。


(一割くらいか……だが元々腕を捨てるつもりで放った技。それがまともに動く腕を維持できただけでも僥倖。それよりも今は……)


「お前達、俺とニックの戦いをしっかりと見たか?」


 今度こそしっかりと腕をついて体を起こしたコサーンの言葉に、ワッカ達はその場でブンブンと首を縦に振る。


「はい! 凄かったです師匠!」


「師匠強かったー! でも、おっさんはもっと強かった……」


「お師匠様の猛攻を受けて傷一つついてないなんてね。ボク達が敵わないのなんてむしろ当然だったわけだ」


「馬鹿者! お前達、俺の何を見ていたんだ!」


 気楽な口調で答えたワッカ達に、コサーンの強烈な叱責が飛ぶ。思わず首をすくめるワッカ達だが、その顔に浮かぶのは「何故自分達が怒られているのか?」という疑問だ。


「さっきの戦いを見ていたならわかっただろうが、俺とニックの差はお前達と俺の差よりも遙かに遠い。そしてそれは、戦う前からある程度わかっていたことだ。まあここまでまるっきり通じないとは思わなかったが……」


 言いながら、コサーンがチラリとニックの方へと視線を向ける。そこに立つ筋肉親父の上半身にはかすり傷一つなく、鋼鉄どころか魔鋼(アダマンティア)すらへこませる渾身の一撃を入れた頬にほんの僅かに痕跡が残るのみ。それを勲章と無邪気に喜ぶには、コサーンは老練の戦士でありすぎた。


「だが、俺が負けるつもりでニックと戦ったと思うか? 絶対に勝てない相手に、あれだけ必死になって全力を出したと? 違う!」


 座り込んだままのコサーンが、その拳を地面に振り下ろす。その力は僅かな土埃を起こす程度しかなかったが、込められた気迫には些かの衰えもなくワッカ達の魂を震わせる。


「俺はニックに勝つつもりだった。勝とうと思っていたからこそ、全身全霊を振り絞って……そして負けた。負けてしまった! これ以上無いほどの完全敗北だ!


 それを見て、お前達はどう思った? 俺を無様だと、格好悪い敗北者だと思うか? 格上相手に無謀な勝負を挑み、案の定負けた情けない男だと思うか?」


「そんなわけないじゃないですか!」


「そーだよ。師匠は凄く強くて格好良かったよー!」


「あのお師匠様を見て格好悪いなんて言う奴がいたら、このボクがぶん殴ってやるところですよ」


 コサーンの言葉に、ワッカ達が拳を握って答える。その様子にコサーンは嬉しそうに微笑み、だがすぐにその笑みが寂しげな苦笑へと変わる。


「そうか……ならばこれ以上俺から言うことは何も……いや、一つあるな。ひょっとしたら忘れてるかも知れないが、俺とニックの勝負はあくまで前座で、これからお前達がニックと戦うことになるわけだが、それについてどう思う? 意気込みを聞かせてみろ」


「意気込みって、そんなの決まってるじゃないですか師匠!」


「おいら一人じゃ敵わなかったけど、三人一緒なら!」


「フッ、天才のボクが二人を率いて、きっちりお師匠様の敵をとってみせますよ」


 フフンと尻尾を揺らして言うイタリーに、ワッカが即座にくってかかる。


「ちょっ、おいイタリー! そこはもっとこう、協力する的な発言だろ!?」


「十分協力してるじゃないか。流石のボクでも、一人じゃあの化け物みたいなオジサンには敵わないって理解してるしね」


「いや、そういうことじゃなくてだな……」


「もーっ! ワッカもイタリーも仲良くしないと駄目だよー!」


「「ぐえっ!?」」


 ゲーノの長い鼻がワッカとイタリーの腰に巻き付き、二人まとめてぎゅーっと締め上げてくる。たまらず蛙が潰れたような声を漏らすワッカとイタリーと、そんな二人をニコニコとした顔で見つめるゲーノの姿に、コサーンは腹を抱えて笑い出した。


「くっ、ハッハッハ! ああ、そうだ。それでいい。いつものお前達がそうやって前向きに努力できるようになるなら、それ以上なんて俺は知らない!


 ニックの壁は確かに高い。高すぎて向こうが見えないくらいだ。そして俺はもう年寄りだ。長年鍛えてきた力も使い果たし、もうこの壁を越えることはできないだろう。


 だが、お前達は違う。若いお前達ならばきっと俺より先に行ける。仮にお前達が届かなくても、お前達の子供が、孫が、お前達が歩いた道筋を辿って必ず頂点へと辿り着く!


 わかるか? ニックの存在は、人がこれほどまでに強くなれるという厳然たる事実(・・・・・・)なのだ! こうしてここに人の形をして立っているのだから、いずれ誰かがそこに辿り着き、そして超えることができるのが道理!


 高みを知れ! そしてその高みに人が在るということを知れ! いつかなんてけち臭いことを言わず、今お前達が乗り越えてしまえ! 壊し甲斐のある壁を遠慮せずにぶん殴り、俺など過去の遺物だとこの世界にわからせてやれ!」


「「「はい!!!」」」


 何処までも楽しそうに言うコサーンの言葉に、ワッカ達のまっすぐな返事が重なる。そんな眩しい若者三人に立ち向かうのは、不敵に笑う筋肉親父だ。


「この短時間で見違えるほどいい顔になったな。今のお主達とならば、存分に試合うことができそうだ」


「へへっ、余裕ぶってそんなこと言っていいのか? 何なら師匠との戦いの疲れが抜けるまで待ってやってもいいんだぜ?」


「ワッカもイタリーも一緒なら、おいら負けないよー!」


「言うまでもないから言わなかったけど、ボクって本当はサポートタイプなんだよね。ボク達の真の強さ、その身に刻み込んであげるよ!」


「いいとも! さあかかってこい!」


 満面の笑みを浮かべるニックに、ワッカ達が一斉に襲いかかる。とはいえその力も技も戦略も、その全てが未熟。どんな攻撃もニックは笑って受け止め、ワッカやイタリー、時にはゲーノの巨体すらふんわりと投げ飛ばしていく。


「くっそ、本当に何なんだよこのオッサン! 何で振り返りもしねーで背後からの不意打ちを防げるんだよ!?」


「むぅぅー! やっぱりおっさん強すぎー! でも、まだまだこれからー!」


「そうとも! 次の作戦は『パオパオニョッキッキ』だ!」


「おう!(イタリーの奴、本当に名付けのセンスだけは無いよな……)」


「パオパオー!」


「ははは、次はどう攻めてくる? お主等の底力、もっともっと儂に見せてみろ!」


 楽しげに戦う弟子達と友。その姿を少し離れた所で見つめながら、コサーンは思う。


 戦う力は失った。もう自分はかつてのように弟子達に稽古をつけてやることもできないだろう。


 だが、戦う意思は繋がった。もう自分が世話を焼かずとも、若者達は勝手に成長していく。


(ああ、なんと尊きことか。我が戦士としての生涯に、一片の悔い無し!)


 老兵は死なず、ただ去りゆくのみ。されどその足跡からは、新たな芽が青々と伸びている。その成長を祝福するかのように、戦場を見つめるコサーンの目から今ひとたび温かい涙が頬を伝うのだった。

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