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古参戦士、勝負を挑む

「なんだよ、道理でとんでもない強さだと思ったら、そういうからくりかよ! チッ、師匠も人が悪いよなぁ」


「何かあるとは思っていたけど、まさか勇者の父親とはね。それならまあ、ボクが負けるのも仕方ないか」


「ねーねーおっさん、ちゃんと握手してもらってもいいー?」


「お、おう。構わんが……」


「やったー!」


 ニックから成された衝撃の告白に対し、ワッカはばつが悪そうにその場で頭を掻き、ゲーノはニックに握手を求め、イタリーは軽く首を振ってコサーンの悪戯(・・)に苦笑いを浮かべる。


 だが、そんな三者三様の立ち振る舞いを見たニックは、内心でかなり苦い顔をしていた。


(なるほど、これか。確かにこれはよくないな)


 つい先ほどまで、この三人には思いの大小はあれきちんと「変なノケモノ人に負けて悔しい」という感情が見て取れた。だが今の三人からはニックに対するその手の感情が綺麗さっぱり消え去っており、それどころか「自分が負けた正当な理由が見つかった」ことに対する安堵感すら感じられる。


(ふーむ。ここまでとなると少々荒療治が必要かも知れんな)


 残る勝負は三対一の変則戦。だが普通に戦うだけでは彼らは適当に頑張って適当に負け、その敗北を「いい思い出」くらいにしてしまうだろう。それではコサーンとの約束は果たせないし、何よりニックとしても前途ある若者をこんなところで腐らせるのは忍びない。


 ニックは胸中にて「ちょっと辛い特訓」から「割と辛い試練」へと次の勝負内容を変更することを決め……それを口にするより先に、ワッカ達の様子を黙って見ていたコサーンが近くへと歩み寄ってきた。


「ちょっといいか」


「ん? どうしたコサーン。心配せずともきっちりと約束は果たすぞ?」


「そうではない。お前に任せた以上最後までそうするべきなのもわかる。だが今この時だからこそ、お前に頼みがある。


 俺と正式な勝負をしてくれ」


 そう言うと、コサーンがスッとその場で頭を下げる。何十年もの間百獣戦騎という選ばれた存在として活躍してきた存在……いわば獣人の英雄とでも言うべきコサーンが頭を下げたことにワッカ達は驚き目を見開いているが、それはニックにしても同じだ。


「どういうつもりだ?」


「深い理由なんて無いさ。ただニック、お前の動きを外から見て、俺が戦いたいと思った……それだけだ」


「……………………」


 真面目な顔でそう言うコサーンに、ニックは無言でその顔を見つめる。そうしてコサーンの瞳の中に燃える戦士の炎を見いだしたことで、ニックもまた真剣な表情でその申し出を了承することにした。


「わかった。その勝負、受けよう」


「ありがとうニック。ということで、お前等の前に俺がニックと戦うことになった。お前等はそこでよーく見ておけ」


「わかりました師匠! うぉぉ、師匠とオッサンが戦うなんて凄くね?」


「楽しみー!」


「これは目が離せない一戦だね。何ならお金が取れそうだよ」


 コサーンの言葉に、ワッカ達がそれぞれはしゃぎながら答える。そんな弟子達の様子に少しだけ苦笑してみせたコサーンだったが、すぐにニックに向き直り声をかける。


「よし、じゃあ少し離れるか。この距離だと巻き込んだら危ないからな」


「わかった」


 声を掛け合い、ニックとコサーンが三人から一〇メートルほど離れる。そうして互いに構えをとると、徐にコサーンが上着を脱いで上半身裸になり、その胸を両手の拳でドンドンと叩き始めた。


「ウホォォォォォォォ!!!」


「……え、嘘だろ? 戦いの鼓動(バトルドラム)!?」


 その行動ににワッカが驚きと共に声を漏らす。それは剛猿族(コンガ)の戦士が全身全霊を賭けた戦いに挑む前の儀式であり、同時に己の内にため込んだ闘気を解放する行為でもある。それはつまり、これが練習試合などではなく正真正銘の真剣勝負であることの現れだ。


「うぅ、師匠怖いー?」


「黙るんだゲーノ。ここは静かに見させてもらおう」


 師として触れ合っていたコサーンのむき出しの闘気に当てられ巨体を震わせるゲーノと、その体にそっと手を触れ鎮めるイタリー。そこにワッカも加わり、三人が息を呑むなかコサーンの戦いの鼓動(バトルドラム)が終了する。


「オオオオォォォォォ…………スゥゥゥ……ハァァァァァァァァ……」


 猛烈に叩かれ真っ赤になった胸のみならず、黒い体毛に覆われたコサーンの全身が薄い朱に覆われているように見える。その朱を吸い込み吐き出し、準備を終えたコサーンはギュッと拳を握り構えを取る。


 その正面に対峙するは、同じく上半身の鎧や服を脱ぎ捨てたニック。コサーンのただならぬ覚悟を前に、如何にメーショウの鍛えた鎧とて破壊されてしまうのではないかという危惧が一つと、あと一つは……


「……なんだ、お前も脱いだのか?」


「まあな。せっかく拳で語り合うのなら、防具など無粋であろう?」


「ははっ、違いない」


 その言葉を最後に、コサーンの表情が戦士のそれに切り替わる。そうして大きく息を吸うと、コサーンが堂々と名乗りの声をあげた。


「我が名はコサーン。剛猿族(コンガ)に生まれし一戦士。我が生涯の全霊を以てノケモノ人ニックに勝負を挑まん!」


「勇者の父、ニック・ジュバン。ケモノ人の英雄コサーンの挑戦、正面から受けて立つ!」


 昨日人前でやった勝負とはまったく次元の違う覚悟と気迫。それが真剣勝負なればこそ、開始の合図などしない。互いに構えたままその力を全身に漲らせ……最初に動いたのはやはりコサーンであった。


「フッ」


 短く息を吐き、コサーンの巨体がワッカと大差ないほどの速度でニックに向かって突っ込んでくる。そのまま体当たりをされるだけでも常人ならば全身の骨が砕けるほどの衝撃を与えられるだろうが、コサーンほどの戦士がそんな芸の無いことをするはずもない。


「フンッ!」


 体がニックにぶつかる直前、それまでニックと同じ高さにあったはずの頭が消える。深く体を落とし込み、踏み込んだ最後の一歩はゲーノよりも更に強く大地を踏み砕く。


「ウホォァ!!!」


 気合い一閃。不動なる大地の力を利用して打ち出された渾身の拳はニックの巨体を下から襲う。全ての動きを見切っていたニックはその一撃を腕を交差させることで受け止めたが――


「なんとっ!?」


 思わず声を漏らしてしまうほどの、圧倒的な膂力。コサーンの一撃はニックの巨体を僅かながらも空中へと打ち上げることに成功した。


「ウゥゥゥゥ――」


 死に体。大地に足がついていない以上、ニックには攻撃も防御も回避もできない。その刹那の隙に狙う追撃は、打撃ではなく掴み技。


「ホォォォォォォォォ!!!」


 相手に支えが無いからこそ、殴っても威力は散らされてしまう。ならばとコサーンはニックの腕を掴み、そのまま半回転してニックの体を思いきり地面に叩きつけた。その瞬間世界が揺れたかのような振動が走り、噴き上がった土埃は一〇メートル離れたワッカ達にすら降り注ぐ。


「師匠凄ぇ!」


「いや、まだだよ!」


 その強烈な一撃にワッカが歓声をあげるも、すぐにイタリーによってそれを否定される。そう、コサーンの攻撃はまだ終わっていない。


「ウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホ」


 大地に倒れ動かないニックに、コサーンの拳の雨が降り注ぐ。腕が増えたようにしか見えないほどの勢いで振り下ろされる無数の拳は、イタリーの幻よりも更に鮮やかにその軌跡を描く。


「ウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホウホ!」


 殴る。殴る。コサーンが殴る。その拳が血に濡れ、辺りの地面を鮮血が染めていってもコサーンの殴る腕は止まらない。昨日の勝負など児戯であったと笑い飛ばすように、コサーンの拳がニックを打ちのめしていく。


「ちょっ、まずいって師匠!? それ以上は駄目ですよ!」


「おっさん、死んじゃうー!?」


「うわ、これどうなるんだ? いくら真剣勝負とはいえ勇者の父親を殺しちゃったら、大問題になるんじゃ……」


 鬼気迫る表情で尚も拳を振るい続けるコサーンに、ワッカ達が不安げな視線を向ける。だがそんなものをつゆほども気にせずコサーンはひたすらに乱打を続け、そして――


「ウホォォォォォォォ!!!」


 最後に一発、残る全ての力を込めた拳をコサーンが振り下ろす。ズズゥンという地響きが辺りに響き渡り……そして訪れる静寂。


「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」


「あの、師匠?」


 息を荒げ拳を振り下ろした体勢のまま動かないコサーンに、ワッカが恐る恐る声をかける。そうしてそのままコサーンの方へと近寄ろうとするが……


「来るな! 勝負はまだ終わっていない!」


「終わってないって……えっ!?」


 驚くワッカの目の前で、振り下ろしたコサーンの拳がゆっくりと引き戻されて……否、押し戻されて(・・・・・・)いく。


「実に見事な攻撃だった。これほど魂が震える拳を受けたのは、いつ以来であっただろうか」


「……………………」


 コサーンは何も言わない。だがその体が徐々にのけぞっていき、代わりに大地に空いた穴から立ち上がる人影が現れる。


「どれほどの想いを背負い、どれだけの鍛錬を重ねたのか? きっとお主にも譲れぬ何かがあったのだろう」


 その人影はコサーンの拳をガッチリと受け止めたまま、確かな足取りでゆっくりと体を起こしていく。


「だが、それは儂も同じ。たった一つの約束を背負い、ただそれだけのために鍛えてきた。泥を啜り血を流し、幾千の昼と夜を越え、そうして儂は今ここに立っている」


 起き上がるのは筋肉親父。あれほどの攻撃を受けながらその全身に漲る力はかすかな陰りすら見られず、その顔には穏やかな笑みすら浮かべている。


「故に儂は、お主の『人生』に応えよう。その拳、全て受けきって儂が勝つ!」


 ニヤリと笑い、ニックが握っていたコサーンの拳を離す。その堂々たる立ち姿に、ワッカ達は息をするのも忘れて魅了されていた。

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