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父、打ち破る

「それで? ケモノ人でありながら身体能力に自信の無いお主は、儂にどんな勝負を挑むのだ? 言っておくが、さっきのようなのはもう無しだぞ?」


 軽い挑発を兼ねた意趣返しをするニックの言葉に、イタリーは余裕の笑みを浮かべて返す。彼もまた百獣戦騎の候補として選ばれた存在であり、純粋な身体能力のみが強さではないということを誰よりも理解する男だったからだ。


「フフ、勿論さ。ボクが挑むのは……これさ!」


「ぬっ!?」


 右手を高く掲げたイタリーが、パチンと指を鳴らしつつモフモフの尻尾を一振りする。するとニックの周囲を取り囲むように無数のイタリーが出現した。


「どうだい? 実はボクは野蛮な力よりも魔法の方が得意でね。特に幻術に関しては少し自信があるんだ」


「だから勝負は」


「こっちでさせてもらうことにするよ!」


「ほほぅ、コレは凄いな」


 本物と些かの差異も感じさせないイタリー達からの語りに、ニックは思わず目を丸くする。ほとんどの獣人は魔法を苦手としているのに対し、イタリーの生み出した幻は声や気配どころか匂いすら本物とそっくりに思えたからだ。


『自慢するだけのことはある。かなり精度の高い幻術だ。この時代にこれほどの術を独力で行使するとは』


 その完成度はオーゼンすらも賞賛するほどで、魔法が苦手なニックには当然それを見分ける術はない。全てが本物にしか見えないなか、イタリー達は勝ちを確信したかのように言う。


「じゃ、勝負の方法を説明しよう」


「と言っても簡単さ。本物のボクを捕まえてくれたらそれでいい」


「ただし無制限は面白くない。チャンスは一度、それでどうだい?」


「一度きりか。自信があると言った割には慎重なのだな?」


 ニックの言葉に、イタリー達が楽しげに笑う。


「そりゃそうだよ。幾ら得意だっていっても魔法を発動させている間は普通に疲れるからね」


「オジサンの無尽蔵の体力に付き合ってたら、そんなの負けが確実じゃないか」


「それに実戦なら機会は一度で十分だろう?」


「なるほどもっともだ。よかろう、ならば一度でお主の本体、捕まえてみせよう!」


 言って、ニックは目を閉じる。それが諦めを表していないことはこの場の誰もが理解しているため、増えたイタリーによってにわかに賑やかになっていた平原につかの間の静寂が訪れる。


(大丈夫、ボクの幻術が破られるはずがない。このままジッと待機されればいずれは魔力切れになってボクが負けるだろうけど、そんな決着のつけ方はこのオジサンもしないはず。というか、それを選ぶ時点で実質ボクの勝ちみたいなものだしね)


 動かないニックを前に、イタリーは冷静に状況をそう判断する。ならばこそ後はただ目の前のノケモノ人の手が虚しく空を切る瞬間を待つだけであり……


「……そこだ!」


「なっ!?」


 そう思っていたはずなのに、短い言葉と共に伸ばされたニックの手が正確にイタリーの腕を掴んだ。その瞬間に周囲に展開していた幻術がほどけ、イタリー達の姿が空へと溶けて消えていく。


「ふふん、どうやら儂の勝ちのようだな」


「……ハァ、そうみたいだね。単に運がよかっただけでも、ボクの負けは負けだよ」


 勝ち誇るニックに、イタリーはつまらなそうな顔で言う。彼が出現させた幻の数は七体であり、確率として八分の一で自分に当たることはわかっていた。それでも通常ならば捕まれる前に幻と本体を入れ替えるところだが、ニックの速度の前ではそんなことをする暇はなかったのだ。


 だが、そんなイタリーの負け惜しみにニックは軽く首を傾げて返す。


「運? 何を言っておる。儂は運でお主を掴んだわけではないぞ?」


「ハァ!? 何を言ってるんだい君は! なら言ってみなよ、ボクが本体だって思ったその理由をさ!」


「それは勿論……鼓動だ」


「鼓動って……何だ、やっぱり当てずっぽうだったんじゃないか。その辺はボクだって対策してあったからね」


 自信満々なニックの答えに、イタリーはわざとらしく肩をすくめてみせる。イタリーの使った幻術はあらかじめ決めた姿ではなく今現在の自分自身をそっくりそのまま映すというものであり、投影された虚像には気配も匂いも、当然鼓動もある。それは聴覚や嗅覚の鋭いケモノ人の同族を騙すためには必須の技術であり、だからこそイタリーは自らの幻術に絶対の自信を持っていた。


「単に幻に鼓動を打たせていただけだったならその言い分も通っただろうけど、ボクは自分を映し出す幻に意図してほんの少しずつズレ(・・)を表現していたんだ。だから幻だけ完全に同じタイミングで鼓動を伝え、本体だけ少し違うなんて失敗はしていないんだよ。それなのにどうやって鼓動で区別したなんて言うんだい?」


「それこそ簡単であろう。本体の状態を反映しているというのなら、最初に鼓動を打っているのが本人なのだからな」


「……は?」


 こともなげに言うニックに、今度こそイタリーは間抜けな声をあげてしまう。ニックの言葉の意味をすぐには理解できず、理解できてからもその内容を否定する思いしか浮かんでこない。


「いや、いやいや。それこそ無理でしょ。鼓動ってのは常に一定のリズムを刻んでるんだよ? そりゃ多少早くなったり遅くなったりはするだろうけど、何処が最初かを聞き分けるなんて、そんなこと――」


「確かに容易くはないだろうが、これだけ静かな場所であれば十分に可能だと思うぞ? 別に儂でなくても耳の鋭い獣……ケモノ人なら聞き分けられる者は他にもいるのではないか?」


「まさか……お師匠様!?」


「ん? ああ、俺には無理だが百獣戦騎にはそのくらいできる奴はいるぞ。後は特別に耳のいい種族、たとえば兎人族(ラビリビ)とかなら普通に聞き分けるかも知れん……ひょっとして気づいていなかったのか?」


「そ、そんなぁ……」


 コサーンの言葉に、イタリーががっくりとその場で膝をつく。イタリーにとって己の幻術が破られるのは決まって攻めに転じたときだった。激しい動きのなかで幻の精度を維持し続けるのはイタリーであっても困難であり、身体能力そのものは決して高くないイタリーとしては、そこを突かれて反撃されているのだとずっと思っていたのだ。


 だが、鼓動を打つ順番を聞き分けられるとなればその前提が崩れる。そもそも最初から見破られているとなれば、自慢の幻術は敵を惑わす秘技から単に自分を確認しづらくする目くらまし程度の技に成り下がってしまうのだ。


「ボクは……ボクは今まで何のために……」


「世界は広いということだ。今の段階で気づいてよかったではないか。お主も言った通り、これが実戦であればお主は何故幻術が破られたのかもわからぬまま死んでいただろう。


 だが、今は違う。気づけたからには対策がとれる。今よりもっと完全な魔法を完成させるための研究ができるし、そこには今日までに積み上げてきた努力がきっと役に立つ。


 立てイタリー。今のお主はただ躓いただけだ。いずれ始まる本当の戦いの日に、十全の成果を残すためにな」


「オジサン……」


 俯いたイタリーが顔を上げると、そこには笑顔で手を差し出すニックの姿がある。その手を取るのはなんとも言えず癪だが、かといって手を取らないのはもっと恥ずかしい。


「仕方ない。年長者の意見としてありがたく聞いておくことにするよ……年長者だよね?」


 苦笑しながらニックの手を取るイタリーに、しかしニックは微妙に困り顔になる。


「当たり前……いや、当たり前、なのか? ちなみに儂は四一歳なのだが」


 互いの相手の年齢がよくわからず、探り探りに言葉を交わす。獣人は種族によって割と寿命や老化の仕方に違いがあり、獣人側からすると見た目と年齢が全く釣り合わないマケモノ人……エルフを筆頭に、ノケモノ人こと基人族の年齢や顔は今一つ見分けがつきにくいのだ。


「マケモノ人なら違うけど、ノケモノ人で四一歳だといい大人だよね? なら問題ないかな。ボクは一八歳だからね」


「そうかそうか! まあコサーンに若者と聞いていたのだから間違いないとは思っていたが、一八歳だと儂の娘と同い年か?」


「へぇ、オジサンって結婚しているのかい? 確かにそのくらい強かったらボクほどではなくとも相手には困らなそうだけど」


「ははは、儂等は別に強いからモテるというわけではないのだが、結婚はしているぞ。娘も少し前にこの国に来たようだから、ひょっとしたらお主達も会ったことがあるかも知れんな」


「へ!? 俺達がオッサンの娘さんに?」


 勝負の終わりを察して近寄ってきていたワッカとゲーノの方へも顔を向けて言うニックに、ワッカが驚きの声をあげる。


「おっさんの娘も強いー?」


「ああ、強いぞ。何せ儂の娘は勇者だからな!」


「へぇ、勇者。それはそれは……勇者?」


 自慢げに胸を張るニックの言葉に、まずイタリーが首を傾げる。


「勇者って……え、半年前に魔王軍の侵攻を百獣戦騎と一緒に食い止めたっていう、あの勇者!?」


「ってことは、おっさんは勇者さんのお父さんー!?」


 続いてワッカとゲーノも驚きの表情を作り、三人が揃ってコサーンの方へと顔を向ける。すると少し離れたところで座っていたコサーンが深く頷き……


「「「えええーっ!?」」」


 三つ重なる今日一番の驚きの声が、静かな平原に大きく響き渡った。

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