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父、勝負を挑む

「弟子!? お主、弟子をとったのか!?」


 コサーンの言葉に、ニックは思わず驚きの声をあげる。以前にあった時は酒を飲むたび「最近の若いのは軟弱でいかん」と豪快にこぼしていただけに、そのコサーンが弟子をとったというのは随分と意外だった。


 だが、そんなニックに対して向けるコサーンの表情はあまり芳しくない。


「まあな。今年の夏の終わりくらいに、ここが魔王軍に襲われたって話は聞いてるか?」


「無論だ。そこに儂の娘もいたのだろう?」


 勇者が関わっていた大事件だけに、獣人領域が魔王軍に襲われたことは「ぼうけんのしょ」にしっかりと記載されている。当時ニックはエルフ達と別の四天王と戦っていたためどうあっても参戦は無理だっただろうが、それを知った時にはもし自分がその場にいたなら……と思わずにはいられなかった。


「そうだ。勇者フレイとその仲間、それに俺達百獣戦騎の活躍で何とか魔王軍は追い返したが、その時にこっちにも少なくない被害が出ててな。今はその穴埋めのために見所のありそうな若い奴を鍛えてるところなんだが……」


「何か問題があるのか?」


 ニックの問いに、コサーンは困り顔で頭を掻く。


「今俺が面倒見てる三人がな。才能はあるし悪くないんだが、そのせいでちょいと調子に乗ってる感じなんだ。気を引き締めさせるためにもこの辺で一発強い奴にシメてもらっておきたいと思ってるんだが、それに丁度いい相手がいないんだよ」


「ん? それはお主が自分でやれば……いや、そういえばさっきそれでは駄目だと言っていたが、何故だ?」


 更に重ねられるニックの問いに、今度はコサーンが苦笑しながら答える。


「俺が百獣戦騎になったのはもう三〇年以上前だ。今の若い奴らからすると自分が生まれたときから百獣戦騎であった俺は、あいつらにとって『負けて当然』の相手らしい。だから俺に負けても悔しがらないし、それで鼻がへし折れたりしない。


 そしてそれは他の百獣戦騎の奴らでも駄目だ。まだ正式に百獣戦騎と認められてる訳でもない奴が現役の百獣戦騎に負けるのはやはり『当然』になってしまうし、かといってその辺の他のケモノ人にひょいひょい負けるようならそもそも栄えある百獣戦騎の候補生に選ばれるはずもない。


 だからこそ後腐れがない他種族の強い奴をああやって探していたってわけさ」


「なるほど。強さを認められているからこその弊害というわけか。難しいところだな」


 コサーンの言葉に、ニックは深く頷いて返す。百獣戦騎とはその名の通り獣王直属の百人の戦士であり、獣王を除けば何十万人といる獣人達の頂点とも言える存在だ。そんな相手であればこそ「負けて当然」と思うのも理解できるし、また実際にそのくらいの実力差があるからこそたった一〇〇人のなかの一人に選ばれるのだ。


「わかった。そういうことなら協力しよう」


「おお、そう言ってくれるか! 流石ニックだ。感謝するぞ!」


 笑顔で快諾したニックに、コサーンもまた満面の笑みを浮かべてニックの手を取りガッチリと握手する。並の人間ならそのまま手を握りつぶされてしまいそうな力だが、当然ニックは自身もまた力を込めて握り返した。


「フフフ……これだ。この力こそが俺が唯一憧れ、嫉妬したノケモノ人の力だ! 今の俺では……いや、全盛期の俺だって見せてやれなかった高みを、どうかあいつらに見せてやってくれ」


「任せろ。それで、儂はどうすればいい?」


「そうだな。それなら……」


 そうしてコサーンとの打ち合わせをすませると、ニックはとりあえず町で宿を取り、そして翌日。指定された町の外の森にほど近い平地へとニックが辿り着くと、そこにはコサーンの他に三人の若い獣人の男が立っていた。


「よく来てくれたニック!」


「待たせたなコサーン。で、この三人が?」


 笑顔で出迎えてくれるコサーンに挨拶しつつ、ニックがすぐ側に並んで立つ三人の顔を順番に見ていく。


「そうだ。まずこいつがワッカ」


「……どうも」


 コサーンに紹介され、ワッカと呼ばれた獣人がふてくされた顔で返事をする。身長は一七〇センチほど、その細身でしなやかな体つきは――


「ふむ。猫人族(フェリシアン)か?」


「ちげーよ! 俺は豹人族(チキータ)だ! 顔の作りとかが全然違うだろうが!」


「お、おぅ、そうか? すまぬ」


 怒るワッカに、ニックは素直に謝罪する。だが正直なところどの辺が違うのかはニックにはよくわからなかった。


「ったく、これだからノケモノ人は……」


「まあそういきり立つなワッカ。お前だってノケモノ人の顔を見てそいつの出身がどこだかなんてわからんだろう? 種族が違えばわかりづらいこともあるってもんだ」


「いや、本当にすまぬ。心から謝罪しよう」


「……ちっ、もういいよ。俺も言い過ぎた。悪かったなオッサン」


 深く頭を下げたニックに、ワッカはばつが悪そうに顔を背けながら言う。そんな二人の様子を確認してからコサーンは言葉を続けた。


「じゃ、次だ。こいつはゲーノ。見ての通り象人族(パオール)だ」


「初めまして。おいらゲーノだよー」


「ああ、宜しくな」


 鼻を伸ばしてきたゲーノにニックが右手を差し出すと、そこに器用に鼻が巻き付き上下に振られる。ニックより更に頭二つ分ほど高い身長に倍近い横幅をもつ巨体だけにそれを支える手足も太く短いため、これが象人族(パオール)流の握手なのだ。


「で、最後がイタリー」


「初めましてノケモノ人の戦士よ。ボクは狐人族(フォクシール)のイタリー。以後宜しくお見知りおきを」


「うむ。儂はニックだ。宜しくな」


 優雅な動きで貴族のような礼をするイタリーに、ニックは普通に頷いて答える。物腰こそ丁寧だが、イタリーの鋭い目は冷静にニックを値踏みしており、その口に浮かぶ笑みは決して友好的とは言いづらい。


「で、師匠。今日は一体何の用なんです? いつもの訓練じゃないんですか?」


「ああ、それなんだがな。今日はちょいと趣向を変えて、お前達にはこの男と戦ってもらおうと思ってるんだ」


「このノケモノ人と、ボク達が?」


 コサーンの言葉に、イタリーの目が細くなる。そこに浮かぶかすかな嘲りは自分の勝利を確信して疑わない者特有の目だ。勿論ニックもコサーンもそれには気づいているが、この場では何も言わない。


「そうだ。勝負の形式は――」


「待ってくれコサーン。それは儂が決めてもいいか?」


 コサーンの言葉を遮り、ニックが言う。ほんの一瞬目と目を合わせ、コサーンが頷いてその場を一歩下がると、ニックは三人の若者の前で堂々と仁王立ちになる。


「何だオッサン。ひょっとして自分に有利な勝負がしたいってか? 別にいいぜ。何せ俺達は百獣戦騎の――」


「候補生だろう? つまり、まだ百獣戦騎に選ばれてはいない……その程度(・・・・)の存在ということだ」


 ニックの言葉に、三人の纏う空気が変わる。


「おいオッサン、いい年してその軽口は冗談にならないぜ?」


「そうだよ。安い挑発は品性を落とす……ノケモノ人のオジサンは『その程度』の常識すら弁えてないのかい?」


「むー、おっさん、生意気ー!」


「ハッハッハ、元気があっていいな。だが事実儂はお主等より強い。ならばこその提案だ。勝負はまず一対一、お主等がそれぞれ最も得意とする分野で競い、その後はお主等三人と儂で勝負だ」


「……それで俺達に勝てると、オッサンは本気で思ってるわけか?」


 子供どころか新人冒険者辺りでも逃げ出しそうな視線でニックを睨むワッカ。だがニックがこの程度で怯むことなどない。


「無論だ。というか、それ以外ではお主等だって納得せぬだろう? ワッカを腕力でねじ伏せてからゲーノを走る速さで追い越したところで、互いの何処に納得が生まれるというのだ?」


「まあ、そりゃそうだよね。でもいいのオジサン? それじゃオジサンに勝ち目が……って、そうか、こりゃ失敬。そう言う勝負ならオジサンが負けても言い訳が立つのか。


 大丈夫、お師匠様の面目が潰れないように適度に手加減してあげるさ!」


「おいら、負けないー!」


「ふっふっふ、いい気概だ。ならば儂がお主等に世界の高さを見せてやろう! さあ、まずは誰からだ?」


「……俺だ」


 イタリーからの挑発にも全く動じないニックに、名乗り出たのはワッカ。そのままビシッと右手を突き出すと、ニックに向かって宣言した。


「俺の勝負は速度! 俺とオッサン、どっちが速いか勝負だ!」

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