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娘達、語り明かす

「そう言えば、少し前にニック様がこちらにいらしたんですよ」


 連日の女子会……ロンは神官として奉仕活動に参加しており、この場にはいない……の最中。ふとピースの口からこぼれたその呟きに、フレイの眉がピクリと持ち上がる。


「父さんが? 何しに来たの?」


「お手持ちの魔法道具に強力な呪いをかけられてしまい、その解呪に私の聖水が必要ということでした」


「ああ、それで一時期『鍵』が使えなかったのねぇ」


 ピースの言葉に閃くものがあり、ムーナが納得したとばかりに深く頷いてみせる。その隣ではフレイもまたウンウンと頷き、そのまま言葉を続けていく。


「なるほどね。父さんのことだから何か厄介ごとに巻き込まれてるんだとは思ってたけど、そんなことになってたのか……父さん、元気だった?」


「それはもう! 無数に群がるご婦人方を振り払って私に会いに来て下さったり、強引に言い寄ってくる殿方から私を守ってくださったり、あとは二人で逢い引きもしましたわ! ウフフ、あれはとっても楽しい一時でした……」


「父さん、何やってるのよ……てか、ピースも何やってるのよ! 父さんと逢い引きって」


「ふふ、羨ましいですか? でしたら私が母となった暁には、親子水入らずで三人一緒にお出かけを――」


「それはもういいから! ハァ……ピースって本当に父さんのこと好きなのね」


 初めてピースと出会った時、彼女はごく普通の清楚な女性だった。だが一緒に旅をする内に急速にその態度が変化していき、二週間もする頃には、今のような感情を隠すことなくニックに向けてきていた。


「正直よくわかんないんだけど、何でそんなに父さんがいいわけ? こう言ったらなんだけど、大分歳だって離れてるわけだし」


「あら、ニック様はとても素敵な殿方ですよ? それこそ年の差なんて気にする余地がないくらいにあの方は魅力的です。フレイさんから見ると、ニック様は素敵な方ではないのですか?」


「えぇぇ……」


 ピースの言葉に、フレイは思わず考え込む。理想の父親を挙げろと言われれば、フレイは迷う余地なくニックの名を告げるだろう。理想の男性であってもその答えが変わることはない。


 だが理想の恋人と言われると話は別だ。父はあくまで父であり、そこに恋愛感情など覚えたことは一度もない。精々ごく幼い頃に「大きくなったらお父さんと結婚する!」と言ったことがあるくらいで、流石にそれは恋愛とは違うだろう。


「まあ、うん。いい男……なんだろうけど。ごめん、アタシには父さんは父さんとしか思えないから」


「なら、フレイさんはどんな殿方が理想なんですか?」


「理想の恋人……!?」


 更なるピースの言葉に、フレイはより一層考え込む。改めてそう問われると、これといったイメージがこれっぽっちも湧いてこない。


「理想の恋人ねぇ。その辺の町娘とかだと、白馬に乗った王子様が理想って聞くわよぉ?」


「王子は……無いわね」


「ええ、王子様はありませんね」


 ムーナからの無難な言葉に、フレイとピースは揃ってしかめっ面になる。勇者と聖女、立場は違えど王族に言い寄られる経験は何度もあり、そこによい思い出がなかったからだ。


「思いつかないのなら、少しずつ詰めてみましょうか。自分を守ってくれる強い方と、守りたくなるような弱い方ならどちらがお好みですか?」


「その二択なら、強い人かなぁ?」


 無いとは言いつつも、言葉として出てきたために頭に浮かぶのは白馬に乗った人物。そのうち気弱そうな少年が馬に蹴られてイメージの外に飛んでいき、残ったのは精悍な成年男子の方だ。


「では、スラリと痩せている見目麗しい方とガッチリと体を鍛えている武人のような方であれば、どちらが?」


「うーん…………ガッチリの方で」


 フレイの脳内で如何にもナヨナヨした男が馬に蹴られて飛んでいき、大きな体で豪快に笑う戦士が残る。


「頭のよい方と腕っ節の強い方では?」


「え、それどっちかじゃないと駄目なの? できれば両方がいいんだけど」


「頭でっかちと力だけのお馬鹿は嫌よねぇ」


「では、両方ということで……あ、これを聞くのを忘れておりました。年上と年下でしたら、どちらが宜しいですか?」


「年齢には拘らないけど、今の要素を満たす相手がアタシの年下っていうのは想像がつかないかなぁ」


「なるほど。ではまとめてみると……フレイさんの理想の殿方は自分を守ってくれる強さと逞しい体つきを持つ方で、知にも力にも富む年上の方……やっぱりニック様のことなのでは?」


「えぇぇぇぇー!?」


 ピースの出した結論に、フレイがあからさまに嫌そうな顔をする。


「あら、フレイはニックのこと大好きでしょぉ? なのにニックみたいな男を恋人にするのは嫌なのぉ?」


「嫌っていうか、さっきも言ったけど父さんは父さんだから、なんか違うっていうか……あと、もし父さんみたいな男の人と結婚したら、きっと高確率で生まれてくる子供も父さんみたいになると思うのよ」


「それに何か問題があるのですか? ニック様に似たお子様なら、とても素敵な大人に成長されるかと思いますけど……」


「そうかも知れないけど……想像してみて。私の家に、まず父さんは普通にいるでしょ? そのほかに父さんみたいな旦那がいて、父さんみたいな子供もいるのよ? 買い物して家に帰ったらそっくりの三人が裸で筋トレとかしてたら……」


「ブフォッ!?」


 フレイの言葉にその光景をありありと思い浮かべてしまったムーナが勢いよく紅茶を吹き出す。


「汚っ!? 何やってるのよムーナ!?」


「げほっ、えほっ……貴方が変な事想像させるからでしょぉ!? ニック……ニックが、大中小と揃ったニックが裸で筋トレ……くく、ふふふふふ……」


「夢のような光景ですわね。私も一緒に体を鍛えたいですわ!」


「ぐはっ!? ちょっ、やめて! 本当にやめてちょうだぁい……ふぐっ、ぐふふふふ……」


 夢見る乙女の表情で言うピースに、ムーナの腹筋が限界を超える。遠くを見るようなピースと腹を抱えて蹲るムーナに、ただ一人残されたフレイは憮然とした表情でテーブルの上の紅茶を飲む。


「なんなのよもうっ! 二人して……はいはい、この話題は終わり! これで終了でーす!」


「ええっ!? そんな、もっとお話しましょうよ! 私こうして同じ年頃の娘が集まってする『コイバナ』というのに憧れていたのです!」


「駄目です。終了でーす! それに同じ年頃って、アタシとピースはともかくムーナは……っ!?」


 不意にフレイの前髪を鋭い銀閃が揺らす。勇者の力をもってしても感知出来なかった攻撃の出所に顔を向ければ、そこにはドラゴンも裸足で逃げ出しそうな眼力を発揮するムーナの顔があった。


「私がどうかしたかしらぁ?」


「イエ、ナンデモナイデス」


「そう言えば、ムーナさんっておいくつなんですか?」


「この流れでそれ聞くわけ!?」


「ちなみに、私は二二歳ですわ」


「えっ、嘘、ピースって年上だったの!?」


 小柄で童顔、しかも自分に対して敬語を使うことからてっきり年下だと思っていたピースが年上だったという事実にフレイが驚愕の声をあげる。


「貴方が勝手に教えたからって、私は答えないわよぉ?」


「そんな! でも、私より年下ということはないですよね……なら、大人の恋のお話とかはありませんか? 私そういうのも聞いてみたいです!」


「あら、それならいいわよぉ? ふふふ、どんなお話をしてあげようかしらぁ?」


「ちょっ、やめなさいよムーナ! 聖女様相手に何を話そうとしてるのよ!」


「いいじゃなぁい。遅かれ早かれ知ることだし、初体験を迎えるにあたっての知識とかは大事なのよぉ?」


「初体験! 何でしょう、凄くドキドキします! ああ、私とニック様との初体験……っ!」


「ピースもボケたこと言わないの! いや、年上……ピースさん?」


「ふふ、今まで通り呼び捨てで構いませんわ。もしどうしてもということであれば、やはり『お義母さん』と――」


「だーかーらー!」


 姦しい乙女達の声が、厳粛な教会の一室に響き渡る。ほんの一時使命も運命も忘れた女性達の会話は、呆れ顔のモレーヌに日暮れを指摘されるまで延々と続くのだった。

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