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娘、頼み事をする

今回の閑話は2話+3話でお送り致します。

「ハァ…………」


「はしたないわよぉ、フレイぃ?」


 聖都モルジョバ、教会の待合室。憂鬱そうにため息をつくフレイに、ムーナが優雅に紅茶を飲みながら言う。


「フレイ殿がそのような態度を取られるのは珍しいですな。拙僧はお会いしたことはないのですが、聖女様というのはそれほどに気難しいお相手なのですか?」


「あー、違うのよロン。あの子はすっごくいい子なんだけど、アタシとはどうも相性が悪いというか……」


「相性ですか? ふーむ……」


 真面目な顔で問うロンにフレイが慌てて弁明するが、ロンは今一つ納得できないという顔で首を傾げる。種族は違えど聖職者であるロンにとって黄金の聖女は尊敬する偉大な存在であり、勇者として日々活動しているフレイと相性が悪いというのが今一つピンとこなかったのだ。


「お待たせ致しました」


 と、そこで扉が開かれ、廊下から一人の若い女性が室内に入ってくる。言わずと知れた黄金の聖女、ピース・ゴールディその人だ。待ち人が現れたことでフレイ達は全員が椅子から立ち上がり、代表してフレイが頭を下げながら挨拶をする。


「お久しぶりです聖女様。本日は――」


「あらあらあら! 聖女様なんて他人行儀な呼び方はおやめください! あの頃のようにピースと呼び捨てにしてくださっていいんですよ? あ、それともいっそ『お義母さん』と呼んでいただいても……」


「いえ、それは流石に……」


「そうですか、それは残念です……まあ立ち話もなんですから、まずは気楽にお座りください」


 曖昧な笑みを浮かべるフレイに、本気で悲しそうな顔をするピース。だがすぐに気を取り直すと、ピースに勧められるままに全員が再び椅子に腰を下ろした。


「……あの、聖女様?」


「ピースです! ピースとお呼びください!」


「わ、わかりました。じゃあその、ピース?」


「はい、何でしょうフレイさん?」


「えっと……何でアタシの隣に座るの?」


 長方形のテーブルには、三人掛けの長椅子と一人掛けの椅子がそれぞれ向かい合うように設置されている。ロンは一人掛けの椅子に座っており、フレイとムーナは長椅子の方に座っていたのだが、何故かピースは正面ではなくフレイの隣に座っていた。


「え? これ三人掛けの椅子ですし、別に窮屈ではないですよね?」


「いえ、そうではなくてですね」


「あ、敬語もいりませんよ? どうぞ遠慮なく気楽な口調でお話ください」


「うぅ……じゃ、じゃあ言うけど、何で隣なの? 普通こういうときって正面に座るでしょ!?」


「だって、隣に座った方が仲良しっぽいじゃないですか! せっかく女の子三人なのですから、たまにはこういうのもいいかなって……ひょっとして嫌でしたか?」


「そんなことないけど……」


「ウフフ、ならいいじゃないですか。ね、フレイさん?」


「うぅぅぅぅ……まあいいわよ、じゃあ」


 無邪気な視線を向けてくるピースに、フレイが折れた。ちなみにムーナは我関せずと静かに紅茶を飲み続けているし、ロンに至っては想像していた聖女の姿とあまりにかけ離れたピースの言動に絶句している。


 そしてそんなロンの顔を見て、ピースが悪戯っぽく笑いながら話しかけた。


「黄金の聖女と呼ばれる(わたくし)がこんなで、ガッカリしてしまいましたか?」


「い、いえ! そのようなことは、決して……ただ何と言うか、想像していた姿と違ったというか……他者を勝手に思い描き、それと違うからと失望するなど恥ずべき行為ですな。心より謝罪致します」


 真面目な顔をして頭を下げるロンに、ピースは優しく微笑んで答える。


「気になさらないでください、よく言われますから。それに私が聖女らしいかどうかはあまり意味のないことですしね」


「そう、なのですか?」


「ええ。ロンさんがそうであったように、皆の胸の内にはそれぞれの『聖女』の姿があります。そしてそこには誰かを愛し、労り、慈しむ気持ちが宿っている。それこそが重要なのであり、その姿が私に似ているのは今の時代の受け皿が私であるということでしかありません。


 聖女は皆の心の中にいます。正しく、優しくありたいと思う意思が。そういう意味では私もまた聖女に憧れる一人であり、そこを目指して人々を癒やし、救うただの人間でしかないのです」


「……金言、魂に刻ませていただきます」


 その言葉の端々にピースが聖女と呼ばれる所以を感じ、上辺だけで物を見ていた己の不見識をロンは心から恥じた。そんなつもりのなかったピースはロンの態度に少しだけ困った顔をしたが、これ以上何を言うのもロンを追い詰めるだけだと感じ、改めてフレイの方に顔を向ける。


「それで、本日はどのようなご用なのですか? 私としてはただ会いに来て下さったというのでも大歓迎なのですが、お忙しい勇者であるフレイさんなら、目的があって来られたのですよね?」


「あ、うん。そうなの。実はピースの作ってくれる聖水が必要になって、だからいくつかもらえないかなぁって」


「聖水ですか? 差し上げるのは構いませんけど、何にお使いになるんですか?」


「いやぁ、それがアタシにもよくわからないんだけど、何か魔導船を改造するのに必要らしくって……」


「魔導船の改造!? 何ですかそれ!? 凄く楽しそうなので、詳しく聞かせてくださいませ!」


「うん、いいわよ。実はね……」


 目をキラキラさせて問うてくるピースに、フレイは自分達の旅の話をする。天空城ウイテルで謎の地図を見つけたこと、それが海の底を示しているらしいこと、そこに行くために巨人族(ジガンテ)に頼んで魔導船を改造してもらっていること……


「で、その改造にピースの聖水がいるらしいのよ。歯車だか回路だか何かに使うと魔力の伝達効率が凄いとか何とか……アタシにはさっぱりだけどね」


 巨人族(ジガンテ)達の技術を持ってしても、魔導船の改造は容易ではなかった。そのためフレイ達は時々彼らの要求に従って素材を集めたりしており、その時に一瓶だけ持っていたピース謹製の聖水が極めて高い魔力伝達効率を発揮したことから、今回はそれをもっと大量にもらいにきたのだ。


「天空城に、海の底! 素晴らしいですわ! ああ、私も行きたいですけど、流石に長期間この町を離れるわけにはいきませんものね」


「そりゃそうでしょ。アンタがほんの一ヶ月いなかっただけで、この町大混乱だったじゃない」


 勇者と聖女、二人が共通して思い浮かべるのは、彼らが一緒に旅をした時のこと。森で倒れていたピースを保護し、それが聖女だと判明してモルジョバに送り届けるまでの僅か一ヶ月の大冒険。


 ピースを町に連れ戻した時、聖女の喪失に大混乱に陥っていた町は一気に大歓声に包まれ、その後は六日に渡ってお祭り騒ぎが続いたほどだった。


「あれ、もしアタシが勇者じゃなかったら絶対無事じゃ済まなかった気がするわ。ピースを連れてたアタシ達のこと、すっごい目で見てたもん」


「その節はご迷惑をおかけしました。でも、どうしても私は町の外を見てみたかったのです。話に伝え聞くだけではなく、この目で見て、この手で触れたかった。その夢を叶えてくださったフレイさんやニック様には、本当にどれだけ感謝してもしきれませんわ」


「ま、気持ちはわかるけどね。特に今は……アタシも勇者として世界を回って、色々なものを自分で確かめなきゃって凄く思ってるし」


 当時のフレイからすると、ピースの行動は酷い我が儘にしか思えなかった。だが世界を巡り「敵」の真実を知る旅を続ける今のフレイには、その気持ちが痛いほどわかる。


 誰かにそう言われたからと、全てを鵜呑みにしてはいけない。本当に大切なことは自分で確かめなければならない。見えない線を一歩越えれば敵と味方が反転してしまうこの世界で、『知る』ということは力を持つ者が責任を背負うために必要不可欠な行為なのだ。


「わかりました。聖水の方は問題なく提供させていただきますが、それに際して対価というか、ご喜捨をいただきたいのですけれど……」


「勿論払うわよ。金貨がいい? それともお金じゃ買えないような素材とかの方がいいかしら?」


 そう言ってフレイが魔法の鞄(ストレージバッグ)に手を突っ込むと、見る者が見れば一も二もなく飛びつくような稀少な素材が取り出される。だがそんな宝の山を前に、ピースはゆっくりと首を横に振った。


「それも魅力的ですけれど、他にいただきたいものがあるのです。フレイさんの旅のお話を聞かせていただけませんか? 勇者としての貴方の旅路こそが、私にとってかけがえのない財となると思うのです」


 本人の口から語られる、如何なる脚色もない本物の物語。どんな失敗も凄惨な結末も誤魔化されることなくその話を聞けるならば、人を癒やすことを至上の目的とするピースからすれば金貨の山より価値がある。


 その意味をきちんと理解し、その上でなお旅に憧れるピースの想いもくみ取り、フレイはニンマリと笑う。気軽に旅することなどできない黄金の聖女、ならばその心にだけでも、あの日の続きの旅を一緒に。たとえ普段は離れていても、間違いなく仲間で友であるピースの願いを断る理由などフレイにはこれっぽっちもありはしない。


「いいわよ。それじゃ毎日ここに通って、色々話してあげる。でも、あんまり凄くて毎晩興奮で寝られなくても知らないからね?」


「まあ、それは凄い! 楽しみにさせていただきますね」


 ドンと胸を叩いて請け負うフレイに、ピースが笑顔で答える。こうしてしばらくの間、勇者が聖女の元に通う日々が始まった。

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