大怪盗、奪い取る
「さて、では今回の事件にそろそろ片をつけるとするか」
大事そうに秘宝を抱くパクリットを前に、パパンはそう言って立ち上がる。そのまま歩く先にあるのは、壊れた鎧をかき集めてなんとか身につけようとあがいているマールゴットの姿だ。
「いい加減に諦めたらどうだ? 流石にそこまで壊れてはどうしようもあるまい」
「ジュバン卿!? ふざけるな! これにどれだけの価値があるか……いや、百歩譲って価値がなかったとしても、こんな格好では人前に出られないだろうが!」
「そうか? 儂よりは隠せていると思うが?」
「そんなものが何になる! 俺をお前みたいな変態と一緒にするな!」
「ぬぅ……」
追い詰められるだけ追い詰められ、もはや開き直りの境地にあるマールゴットの強い口調にパパンは思わずしかめっ面をする。実際自ら服を破り捨ててしまったパクリットに外套を貸しているため、今のパパンは尻丸出しであった。
「そこまで言うなら、その辺で倒れている兵士達の服か鎧を借りればよいのではないか?」
「そ、そうか! その手があった! よし、すぐに服を着るから、少し待っていろ」
パパンの提案に天啓を得たかのように顔を輝かせ、マールゴットがいそいそと近くで気絶している護衛騎士の鎧を脱がせ、身に纏っていく。下に着ていた服の方に手をかけなかったのは決して優しさではなく、男の汗まみれの服を着るくらいなら鎧の方がまだましだとの考えからだ。
「よし……よし。くっ、重いな……だが裸に比べればずっとマシだ。お前にはこの気持ちはわからんだろうがな」
「随分と言うな、マールゴット王よ。お主、儂が怖くはないのか?」
自分から怯えて逃げたようにしか見えなかったマールゴットの変わりように、パパンが首を傾げて問う。だが、それに答えるマールゴットはどこか達観した表情を浮かべている。
「怖い、か……確かにお前がトリタテスタンを一撃で倒した時は、随分と取り乱したな。その娘に襲われた時も怖かった。奪われる側に回ったのは久しぶりだったからな……まあ、その後のアレも違う意味で怖かったが。
だが、何もかももう終わったことだ。こうまでなっては、もう何も感じぬ。不思議なものだ……俺はもっと生き汚いかと思っていたのだがな」
『ふむ、堕ちても腐っても、王は王であるというところか』
苦笑すらしてみせるマールゴットに、オーゼンがそんなことを呟く。どこかさっぱりしたような様子のマールゴットに、ニックはその場に腰を下ろしてから話を続けた。
「そうか。だが終わったと言うにはまだ早いと思うがな」
「ハッ! 何を言うかと思えば。お前がここにいるということは、城の警備兵は全滅したんだろう? それだけ軍事力が衰えれば、この国がため込んでいることを知っている周辺諸国がこぞって食いちぎりに来るぞ?
奪うだけ奪って最後に残った掃き溜めをどうするのかは知らんが……おそらくは俺の首をはねてから適当な傀儡を後釜にすえるってところだろうな」
「ふむ、如何にもありがちな話だが……そうならぬ道もあるかも知れんぞ?」
「……さっきから何を言いたい、ジュバン卿?」
いぶかしげな表情で睨むマールゴットに、パパンはニヤリと笑って答える。
「これは取引というか提案なのだが、今夜の襲撃そのものを『無かったこと』にするつもりはないか?」
「ハァ!? 何を言ってやがる! そんなことできるわけないだろうが!」
パパンからのあり得ない提案に、マールゴットは吐き捨てるように叫ぶ。だがその感情が爆発するより前に、パパンが次の言葉を続ける。
「できる! と言うか、できるようにしたのだ。そのためにこそ儂は今夜、誰一人として殺していないのだからな。ラビッツ・アイよ、お主はどうだ?」
「へ? あ、はい。ここまでの道中では全然戦ってないですから、ここに倒れてる人達が大丈夫なら私も問題ないと思いますけど……」
突然話しかけられたパクリットが、周囲を見回し倒れている騎士達を確認してから言う。流石に暴走状態の時は手加減する余地などなかったが、幸いにして武器を用いず殴る蹴るで対処したこともあって、倒れている護衛騎士達は全員が気絶しているだけであった。
「なら問題ないな。どうだ? これでも無理だと思うか?」
「それは……………………」
パパンの言葉に、マールゴットは冷静に己の頭を働かせる。小さな町の衛兵くらいならまだしも、城勤めの警備兵や護衛騎士などは一朝一夕に用意できるものではない。不正の横行する町だからこそ甘い汁を吸える立場は競争率が高く、結果として性根はともかくゴーダッツ王国の騎士の実力は意外なほどに高い。
それが大量に失われていたとなれば、その補充は五年一〇年という長期にわたって計画しなければならないことだ。それほどの期間丸裸になる国家を見逃してくれるほど、ゴーダッツは周辺諸国と「仲良く」してきてはいない。
だが、それが全て負傷であるなら。数ヶ月から半年程度ごまかせれば何とかなるというのなら、やりようはある。主力の騎士達にだけは高価な回復薬を用いて即座に現場復帰させ、その後は歩ける程度に回復した者から順次巡回でもさせておけば見た目上は「軍は無傷、あるいは損傷軽微」と見せかけることは十分に可能だ。
「いや、しかしこれだけ騒いで何も無かったなど、誰が信じる? 明日の朝には各国から間諜の類いが山ほど飛んでくるぞ?」
「それこそ心配あるまい。お主なら、部下が『たった一人の男が正面から乗り込んできて城を破り、兵士をなぎ倒して悠々と帰って行った』などと報告を受けて信じるのか?」
「それは……信じねぇな」
ただの一欠片すら嘘の無い情報だが、もし自分の放った間諜がそんな報告を持ってきたら、マールゴットは弁解すらさせずにそいつの首をはねる自信がある。欺瞞情報ですらない子供の言い訳みたいな嘘をつく間諜など、存在することそのものが害悪だからだ。
「知りたい奴には勝手に調べさせればいい。そのうえで我が国の兵が平常通りに警備したりなんだりしてれば、周辺諸国の奴らは混乱するはず……
人は信じたいものしか信じねぇ。勝手に色々な絵図を描いて迷走し、真相に辿り着く頃にはこの国の軍事力は元に戻ってるって寸法か!」
突然差し込んできた光明に、マールゴットは興奮して膝を打つ。だがそんな興奮も目の前に座る全裸仮面の筋肉親父の存在を目にすればすぐに収まってしまう。
「ジュバン卿、まさか最初からこれを狙ってたのか?」
「言ったであろう? 儂は貴国の存在意義をきっちりと理解し、できるだけ穏便に済ませたいと思っている、とな。
あ、いや、違う! そう聞いたのだ! 決して儂が言った訳ではないぞ!?」
「いや、もうそれはいいだろ……いいぜ、その話乗ってやる。だがその場合は、そっちの娘がもってる秘宝は返してもらわねぇとな」
焦るパパンにジト目を返してから、マールゴットは生来の不遜さを取り戻したかのようにニヤリと笑う。そのギラつく視線の先には、パクリットが持つ兎人族の秘宝『赤い月』をしっかりと捉えている。
「馬鹿なことを言うなですぅ! 何でやっと取り戻した秘宝をお前なんかに返さなきゃいけないんですか!?」
「当たり前だろ? 今夜のことが無かったことになるってことなら、その秘宝が俺の手元になきゃおかしいだろうが。それとも何か? 怪盗パパンとやらの正体が誰かは知らんが、そいつに盗まれたって世間に訴えた方がいいのか?」
ここぞとばかりに勢いを取り戻したマールゴットが、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。後ろ暗いところがあるからこそ調べられれば困るのであって、本当に自分が被害者なら堂々と世間に訴え、勇者特別法の名の下に調査団を受け入れてもいいのだ。勿論その場合は片付けねばならない問題が山積しているが、そこで一番困るのは「他国の城に押し入って秘宝を盗んだ」人物なのは間違いない。
今度こそ勝利を確信し、意趣返しに成功したとマールゴットは内心ほくそ笑む。正しく「全てを無かったことにする」マールゴットの提案に、しかしパパンは不敵に笑う。
「ふっふっふ、どうやら忘れているようだな、マールゴット王よ」
「アン? 俺が何を忘れてるってんだ?」
「これだ」
言って、パパンは股間の獅子頭の中から一枚の書類を取り出す。見るからに上質なその紙はアトラガルドの脅威の技術力により汗に濡れることもしわになることもなく、開いて見せたその内容はとある貴族と王とが結んだ正式な売買契約書だ。
「ここにはマールゴット王がジュバン卿に『赤い月』を売ったと書いてある。つまりお主が何を訴えたところで、この書類がある以上ジュバン卿が『赤い月』を持っていることに何の違法性もない! それどころか、下手なことを言えばこう追求されるのではないか? 何故売ったはずの秘宝をお主が持っていたのか、とな」
「ぐっ!?」
それはパパンが手にした最後にして最強の武器。これが入手できたからこその今回の作戦であり、自らの用意した罠が己にとどめを刺す切り札となったことに、マールゴットはこれ以上無いほどに悔しそうに顔をしかめ……そして最後は声を出して笑う。
「クッ、ハッハッハ……ああ、やられたやられた! チッ、悔しいが今回は完全に俺の負けだ。持っていきやがれこの盗人共が!」
「うむ! ではマールゴット王よ。怪盗アヤシーヌ・パパンと」
「怪盗ラビッツ・アイが!」
「「秘宝、確かにいただいた!」ですぅ!」
高らかにそう宣言し、二人の怪盗が宝物庫前の待合室を出て行く。そう言えば警備用の魔法道具はどうなったのかとマールゴットが眺めるが、既に魔力の壁は跡形も無く消えている。
「そりゃそうだ。外から入ってきてるんだから、その時には壊されてるよな……しかし怪盗パパン、ジュバン卿か……何が勇者の父だ、とんでもない疫病神だぜ」
激動の夜は終わりを告げ、マールゴットの周囲を静寂が満たす。久々に味わう敗北の味は、どこか懐かしい苦さだった。