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強奪王、襲われる

「申し訳ありません陛下。これ以上は……うぐっ」


 小さなうめき声を漏らして、最後の護衛騎士がその場でぐったりと倒れ伏す。大盾のみならず鎧までベコベコにへこまされたその姿は哀れの一言で、パクリットが武器を使っていないため命に別状はないが、それでもこれ以上戦えないのは誰が見ても明らかだった。


「チッ、最後の盾が……だが、まあいい。余にはまだこの鎧があるからな」


 だが、臣下を人と思わぬ様子でそう言うマールゴットの声には、まだ余裕がある。少し前に一撃食らったときは僅かな衝撃を感じただけですんだため、護衛達の惨状を見てもなおマールゴットにはパクリットがそれほどの脅威には思えなかったのだ。


「下賤な獣の血でこの鎧を汚すのは嫌だったが、こうなれば仕方がない。余が直々に相手をしてやろう」


 魔導鎧には武器が付属していなかったため、護衛騎士の落とした剣を拾ってマールゴットが構える。王になる過程で幾つもの修羅場をくぐってきただけあり、マールゴットの剣の腕は冒険者で言えば鉄級上位程度はある。正規の騎士には一歩及ばないが、通常の(・・・)パクリットであれば十分に戦えたことだろう。


「こ……だ……うぅ、駄目です。意識が……」


 そんなマールゴットを前に、パクリットはふらふらと頭を揺らし、苦しげな声を漏らし続ける。おぼつかない足取りを見れば今にも勝手に倒れそうだが、マールゴットの直感はパクリットの力が未だ尽きていない……それどころか今になってもなお増していることを知らせてくれる。


「ふむ、体より先に魂を消耗し尽くすような効果だったのか? それなら持続時間が長く力が衰えないのも理解できるが……その手の魔法道具なら使い切れば魂が燃え尽きて廃人となるはず。


 なら、自我の消えたこいつを余が護衛として支配するのもありか? これだけの力、上手いこと躾けられれば随分と有用そうだ。ああ、パパンに対してぶつけるのも面白そうだが、それは流石に間に合わなそうだな。残念残念、ククククク……」


「こぉぉ……こぉぉぉぉ…………っ!」


 不意に、パクリットの体の輪郭がぶれて目にもとまらぬ速さでマールゴットの胸に拳打を叩き込んでくる。だが魔導鎧は正常に稼働し、その衝撃のほぼ全てを光の粒子に変えて無効化してしまう。


「ははは、余を殺したいのか? 無駄だ無駄だ! 獣は獣らしく這いつくばれ!」


 お返しとばかりにマールゴットが剣を振るう。魔導鎧の力により数十倍に加速されたその動きはパクリットの肩をかすめ、すっかり乾いて固まっていた血の上から新たな血しぶきを追加する。


「凄い、凄いぞ! 何と素晴らしい力だ! ただ金を……魔石を使うだけで、何の修練も必要なくこれほどの力が得られる! これぞまさに余のためにあるような力ではないか!


 ふふ、帝国との商談では金貨より魔導鎧の追加を要求するのもいいか? そのためにもお前の腹をかっさばいて、そこにある秘宝を返してもらおう!」


「こぉぉぉぉ…………だぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


「ヌハハハハ! 効かん! 効かんぞ! そんな攻撃まるで……ん?」


 嵐のようなパクリットの乱打を、マールゴットは哄笑しながら受け止める。が、突然ビービーと魔導鎧からけたたましい音が鳴り響き、マールゴットが視線を向けると肩の部分にある宝玉から急速に光が失われているのがわかった。


「何だと!? あの魔石の魔力をもう使い果たしたのか!?」


 その事実にマールゴットは思わず目を見開く。宝物庫に置いていたくらいなので、先ほど鎧に食わせた魔石はなかなかの上物だった。流石に魔族領域の奥にいるような魔物の物ではないが、それでも金貨で取引される代物であり、一般的な魔法道具ならそれこそ年単位で稼働されられるほどの魔力が内包されていた。


 だというのに、それだけの魔力がもう尽きかけている。マールゴットは慌てて予備の魔石を取り出し炉心にくべることで魔力を補給したが、品質的には先に食わせた魔石と同程度の物であったが故に、今度は長く効果を発揮してくれるなどと楽観視はとてもできない。


「こぉぉ……こぉぉぉぉ……っ!」


「ええい、さっさと倒れろこの死に損ないが!」


 もはや自分が言った言葉すら忘れ、マールゴットは一気に勝負を決めるべく攻勢に出る。だが「斬る」必要のあるマールゴットの攻撃は当たりはしても浅く切り裂く程度が精々で、逆に「殴る」だけでいいパクリットの攻撃はマールゴットによく当たるが、魔導鎧がその攻撃を全て無効化してしまう。


 それだけを見るならば、状況はマールゴットが若干有利。僅かずつとは言え血を流すパクリットはやがて動けなくなることは明白で、やはり当初の考え通り時間はマールゴットの味方をするかに思えたが……勝負の終わりは実にあっけなくやってきた。


「ぐおっ!?」


 全ての魔力を使い果たし、力を失った魔導鎧の重さが突如としてマールゴットの体に襲いかかる。かろうじて前のめりに倒れることだけは避けられたが、代わりに盛大に尻餅をついたマールゴットはそのまま立ち上がることができない。


「くそっ、クソッ! 何なのだこの燃費の悪さは!? 動け、このガラクタが!」


 最初からわかっていた欠点に、マールゴットは今更悪態をつく。だが宝物庫から持ち出した魔石は最初の一つと予備の二つ、その全てが既に使い果たされている。


 これが城の保管庫であれば魔石の予備は十分にあったが、宝物庫にそんな雑多な魔石を置いているはずがない。おまけに一人で着ることすら困難だった魔導鎧はその重量を持ってマールゴットの体を縛り付け、彼の眼前には真っ赤な目をした獣人の娘の姿がある。


「こぉぉ……こぉぉ……」


「ま、待て。話を……そうだ。取引をしようではないか。お前を余の側近に取り立ててやろう! 一国の王の側近だぞ? 田舎くさい獣人の里の者達にいくらでも自慢できるのではないか?」


「王……王様……こ……うぅぅぅぅ……」


「き、給料も弾む! 金貨! 月給で金貨を出そう! これがどれほど破格な誘いか、お前にだってわかるだろう!? ひっ!?」


 パクリットが思いきり手を突き出し、マールゴットの顔のすぐ横を豪風が吹き抜ける。その勢いでマールゴットが仰向けに倒れ込むと、パクリットの顔がマールゴットの顔のすぐ側まで迫ってきた。狂気に揺れるその瞳には、銀色の半月が煌々と輝いている。


「秘宝! 秘宝も……余に貸し出せばいい金に……ぬあっ!?」


「もう、もう駄目です。そんなこと言われたら、もう押さえが……」


 自身の上で馬乗りになったパクリットの手が、マールゴットの鎧を次々に剥ぎ取っていく。元々通常の金属鎧よりも細かく分割できるようになっていたとはいえ、ベキリベキリと音を立てながら鎧を……己の身を守る最後の砦が奪われていくことに、マールゴットは恐怖で顔を歪める。


「こ……こ…………」


「殺すのか!? 余を、このマールゴット・ゴーダッツを!? 余を殺せば基人族と獣人共の全面戦争となるぞ! その覚悟があるというのか!?」


「だから、押さえがきかないって……うぅぅ……こぉぉぉぉ……」


「やめ、やめてくれ! 頼むから! わかった、返す! 秘宝は返す! だからその手を――」


「こぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 遂に鎧が剥ぎ取られ、マールゴットのむき出しの胸にパクリットの手が届く。超重の鎧が脱がされ、乗っているのは小柄な獣人の娘だけだというのに、マールゴットの体は恐怖のあまりピクリとも動かない。


 そんな怯えるマールゴットを見てパクリットはニヤリと笑うと……不意に自分の服に手をかけ、それを力任せに引きちぎる。


「は!? お、お前何を……?」


「お前を、お前の! こ……」


「こ……?」


「こ……だね……を……っ! 子胤(こだね)をよこすですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


「何だそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 暴走……発情(・・)しきった獣人の娘に組み敷かれ、齢五〇を数える中年親父の絶叫が響き渡った。

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