父、自慢する
「静かだな……」
町を囲む防壁の外。大量のかがり火によって照らされた地にて、シドウは呟く。ニックが出ていった後戻ってきた斥候がもたらした情報によりワイバーンの接近が確実になったことから、今この場には何十人もの冒険者が完全武装で待機していた。
「全くだ。こんなことなら俺も単独行動すりゃ良かったかなぁ」
そんなシドウに横に、足音どころか気配すら感じさせずに着流しの男が立つ。もっともシドウにすればそれはいつものことなので、驚きすらせず振り返り……その顔を見て改めて驚いた。
「キョードーさん!? アンタひょっとして酒飲んでるのか!?」
「あー? そりゃそうだろ。こんな夜中にボーッと突っ立ってるだけなんざ、酒でも飲まなきゃ体が冷えちまうぜ」
「これから戦いだってのに……まあキョードーさんなら平気なんだろうけどさ」
「あったりめぇだろ! この俺が戦いを前にヘマをするとでも思うか?」
肉食獣のような笑みを浮かべるキョードーに、シドウは苦笑しながら首を横に振る。現役を退いて尚この町では最強を誇り、強者との戦いに飢えていたキョードーがこの機会を見逃すはずがないからだ。
「相変わらずだねぇキョードーさんは。でも、単独行動って?」
「ほれ、さっきギルドで揉めてた時、帰っちまったアンちゃんがいただろ?」
「あぁ、オッサン……ニックさんか。それがどうかしたのかい?」
「あのアンちゃん、やけにあっさり退いたが……あの顔は諦めた奴の顔じゃなかった。むしろもっと面白そうな事を思いついたって感じだったからな。ひょっとしたら一人で狩りに行ったんじゃねぇかと思ってよ」
「一人で!? そりゃあのオッサンは強かったけど、ワイバーンは無理でしょ? 弓か魔法が使える後衛がいなかったら勝負にもならないって」
ニックの強さには一目置いているシドウだが、それでも空を飛ぶワイバーン相手にニックが単独で戦えるとは思えなかった。だがそれでも、ほんの僅かとはいえ言葉を交わして強者の気配を感じ取ったキョードーは空を仰ぎ見て呟く。
「まあ、普通に考えりゃそうなんだけどよ。でもあのアンちゃんなら何とかしそうな気がするんだよなぁ…………っと、どうやらお客さんみたいだぜ?」
「っ!?」
キョードーの言葉に、シドウは咄嗟に体を緊張させる。すると程なくして暗闇の向こうに光が見えた。
「光? ワイバーン……じゃないよな?」
「馬車じゃないか? でも何でこんな時間に?」
時を告げる最後の鐘が鳴ってから、もう大分立つ。月は天頂に差し掛かり、まともな存在であればこんな時間に馬車を走らせたりはしない。それでもワイバーンに追われて必死に逃げてきた……というならわかるが、馬車に特別急いでいる様子も無い。
「っ!? 馬車の後ろ、ワイバーン!?」
「でかい!? オイ、弓と魔法を――」
「待ちやがれヒヨッコ共!」
謎の馬車がこちらに近づいてきたことで、その背後に巨大なワイバーンの姿が見える。それに焦って攻撃しようとした冒険者達を、キョードーが鋭く一括することでその動きをとめた。
「良く見ろ、ありゃ死体だ。頭がねぇだろうが! 馬鹿共が!」
「そ、そう言われてみれば……」
「待ってくれ! 我々は魔物ではない!」
ざわめく冒険者達に、馬車の方から声が飛んでくる。それを聞いてほとんどの者が警戒を緩めるなか、それでもシドウは万が一を考えて意識を集中し続ける。だがそうやって馬車とその一行がかがり火の光が届く場所へと踏み込んでくると――
「オッサン!?」
「む? おお、シドウではないか!」
馬車の最後尾にて巨大なワイバーンを背負って歩いていたのは、ニックであった。
「何やってんだオッサン! てか、そのワイバーンは?」
「これか? 儂が殴り飛ばしたワイバーンの王だ。なかなかに殴り甲斐のある相手であったぞ!」
「殴り飛ばしたって……じゃ、じゃあ他のワイバーンはどうなったんだ? まさか……」
「フッフッフ。見るが良い! ……あー、馬車から魔石を出してもらえるか?」
「わかりました」
大見得を切った後、証拠が手元に無いことを思いだして振り向いたニックに対し、ガドーが苦笑しながら馬車の扉をあける。
「ひ……お嬢様。大丈夫ですか!?」
「大丈夫ですガドー。大丈夫ですので、早く魔石を外に出して下さい。大丈夫ではありますが、可及的速やかに……」
「か、畏まりました! おい、お前達も手伝え!」
『はい、隊長!』
口元を押さえ顔を土気色に変えるキレーナに、護衛達は慌てて魔石を馬車の外に運び出す。内部に籠もった生臭さは血の臭いになれているガドー達をもってしても顔を背けたくなるくらいであり、王族としての矜持で耐えてはいるものの、キレーナの諸々は割と限界に近かった。
「終わりました」
「ああ、外の空気が美味しい……あ、待って! もうちょっとだけ扉を開けていても……」
「そういうわけにも……失礼致します」
「ああっ!」
泣きそうな顔のキレーナが閉じる扉の向こうに消えていく。そうして扉が閉じたならば、馬車の前にはうずたかくワイバーンの魔石が積み上げられていた。
「フッフッフ。見るが良い! これが儂がワイバーン共を仕留めた証だ!」
「こりゃスゲぇ……まさか本当に……?」
馬車の中の娘の存在が猛烈に気になったが、それには触れずにシドウは積まれた魔石の一つを手に取る。鑑定の専門家ではないシドウには見ただけで何の魔石かまでは判別できなかったが、少なくともそれがワイバーンと同等程度の魔物の魔石であることは理解出来た。
「カッカッカ! 何だアンちゃん、本当にやってやがったのか!」
そこに歩み寄ってきたのは、上機嫌で笑うキョードー。着流しの裾に片手を突っ込みながらも、鋭い視線はニックに向けたままだ。
「嘘だろ!? おい、嘘だって言えよ! これじゃ俺の活躍の場が……」
更にその背後からやってきたのは、トゲトゲ鎧のカマッセだ。こちらもまた恨みがましい視線をニックに向けたまま早足でやってくる。
「あれだろ? その馬車の護衛が強かったんだろ!? オッサンはちょっと手伝っただけだよな? そうだろ? 正直に言えば今なら怒られないぜ?」
「おいテメェ……カマッセだったか? テメェの活躍の場は永遠に来ねぇからいい加減にしとけ。とは言えそれは興味があるな。どうなんだ? 実際アンちゃんはどのくらい戦ったんだ?」
愕然とするカマッセを余所に、キョードーがガドー達に視線を向ける。
「どのくらいと言われても……ワイバーン共に馬車を襲われた時、我々は追い返すのが精一杯で、それすらままならなくなっていたところでした。それをニック殿がお一人で撃退してくださったのです」
「ほぅ! 協力してとかですらなく、本当に単独でか! どうやって飛んでるワイバーンを撃ち落としたのかわからねぇが――」
「あ、何か空中で飛び跳ねてましたよ?」
「…………あー、どうやってやったのか本当にわからねぇが、とにかくアンちゃんが強いってのはよーくわかったぜ」
さりげなく入ったシルダンの台詞を聞き流しつつ、キョードーがギラリとした視線をニックに向け……そしてそのまま馬車の方へと動かす。
「で、ワイバーンに襲われてたってことだが……何処のお貴族様か知らねぇが、コイツらが今回の騒動の元凶ってことでいいのか?」
「……っ」
好戦的な意思を隠そうともしないキョードーに対し、護衛達の体に緊張が走る。にわかに高まる一触即発の空気に対し、その中央に立ち塞がったのは――
「だとしたらどうするのだ?」
余裕の笑みすら浮かべるニックの、身長二メートルを超える巨体であった。





