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強奪王、取りに戻る

「はぁ……はぁ……」


「陛下! お待ちください、陛下!」


 護衛の騎士が呼び止めるのも聞かず、マールゴットは一心不乱に城の通路を駆ける。その体を動かすのは、偏に怪盗パパン……ニックに対する恐怖だった。


(何だ、何だあの力は!? 我が国の至宝を身につけたトリタテスタンが、ただの一撃!? 一体どういうことなのだ!?)


 最後の瞬間トリタテスタンが発揮した力は、マールゴットをして予想を遙かに超えるものだった。本人が言ったとおり、あれだけの力を発揮するなら魔族だろうが帝国の軍だろうが恐るるに足らず。忠実なる無敵の騎士があらゆる敵を蹂躙する様をマールゴットはほんの僅かな時間で夢想した。


 だが、結果は違った。信じられない強さを発揮したトリタテスタンを、ニックはまるで赤子の手を捻るかのように倒してしまった。口ぶりからするとあれでも本気ではないらしいが、そんなことはもうどうでもいい。あそこまで強ければ上限がどこであろうが関係ない。


(町で暴れたと聞いた時から、相応の強者だとはわかっていた。だがそれでもあそこまで、あそこまで非常識な強さなど……父であれなら、娘は、本物の勇者はどれほど強いというのだ!?)


 マールゴットはニックが娘より弱いことを疑わない。勇者が基人族のみならず獣人族、精人族の全てを含めた人類のなかで最強なのは常識であり、だからこそ勇者は魔王を倒せる唯一の存在として伝えられているのだから。


 だからこそマールゴットの中で恐怖はドンドン強くなっていく。勇者とて人間だ。父に手を出せば激情して自分に襲いかかってくるかも知れない。もしそうなれば……


「はぁ……はぁ……アレだ。アレがいる……アレさえあれば……」


「陛下! 陛下!」


 まるで何かに取り憑かれたかのように走るマールゴットに、護衛の騎士達は必死になって追いかける。見失うよりはマシと金属製の大盾を適当に投げ捨て、そうしてやっと守るべき主に追いついた時には、マールゴットはこの城でもっとも警備が厳重な扉の前まで辿り着いていた。


「へ、陛下!? どうされたのですか!?」


「開けろ! 今すぐ宝物庫の扉を開けるのだ!」


「わ、わかりました! おい、手伝え」


 息を切らせる王の命令に、宝物庫を守っていた衛兵二人が扉の開放作業にかかる。当たり前だが宝物庫の扉はそう簡単に開くようにはできておらず、物理的、魔法的な方法により施錠されているため、開くにはおおよそ三分ほどの時間が必要なのだ。


 三分。それは平時ならばこの先にどれほどの宝が眠っているのかと期待する同行者の姿を眺め、優越感に浸るのに丁度いい時間だ。あるいは一人で来たとしても、持ち出す宝の使い道を考えたり、新たにこの部屋に加わるに相応しい宝を愛でる時間として存分に楽しむことが出来る。


 だが今のマールゴットにとって、三分はあまりに長い。今にも背後から城の警備を跳ね飛ばしながらあの男が追ってくるのではという思いが絶えずマールゴットの精神に負荷をかけ続け、今か今かとまるで丁稚のような落ち着きのなさで扉の開放を待ちわびる。


「お待たせしました陛下。まもなく扉が――」


「遅い! 邪魔だ、どけ!」


 全ての手順を追え、あとは重く分厚い金属の扉がゆっくりと開いていくだけというところになって、マールゴットは待ちきれずに開いてきた扉の細い隙間にその体をねじ込む。そうして宝物庫に入り込むと、いつもならばうっとりと眺める眩いばかりの金銀財宝を一切無視し、最近この宝物庫に運び込んだばかりのソレの側まで駆け寄った。


「これだ、これを使えばあんな男など……くそっ、これはどうやって着るんだ?」


「やっと開いた……陛下!? え、それをお使いになるんですか!?」


 マールゴットが身につけようとしていた見たこともない形の鎧に、しっかり開ききった扉から宝物庫に入ってきた護衛の騎士が驚きの声をあげる。


「そうだ! 帝国の奴らが自慢していた最新兵器。この『魔導鎧』の力があれば、あんな男など……っ! 見てないでお前も手伝え!」


「ハハッ! ですが陛下、この鎧は欠陥品だとおっしゃっておられましたが?」


 マールゴットが鎧を身につけるのを手伝いながら、護衛の男がそんな疑問を口にする。それは以前にマールゴット自身が言っていた言葉であり、最新兵器が戦場ではなく宝物庫に眠っている理由でもある。


 この魔導鎧は、帝国が『赤い月』購入に関する手付けとして置いていったものだ。だが実はこれは魔学者を名乗る道化がやってくる前の段階で作られた試作品であり、反魔剣は言うに及ばず、魔力の刀身を具現化することすらできない。


 正確にはできるのだが、必要な魔力量が改良後の一〇〇倍近いのだ。なので莫大な量の魔石を消費する覚悟がなければとても実用になる代物ではなく、それをもってマールゴットはこの鎧を「欠陥品」だと断じた。


 他者から奪うことを是とするこの国に研究機関などというものがあるはずもなく、結果として宝物庫にしまい込むしかなかった……そう結論づけた己の言葉を思い出し、マールゴットは小さく笑う。


「はは、確かにこれは欠陥品だ。こいつをまともに運用するにはとんでもない量の魔石が……金が必要だからな。だが……フフフ」


 何とか魔導鎧を身につけ終わり、マールゴットがその力を解放するべく側にあった魔石を鎧の胸についている穴から炉心にくべる。するとそれなりに上物であった魔石があっという間に溶けてなくなり、代わりにマールゴットの全身に溢れんばかりの力が満ちあふれてきた。


「金を力に変えて戦う……それこそこのゴーダッツ王国の王として相応しい姿だとは思わんか? 今まで蓄えた俺の財宝が、そっくりそのまま力となる! そうとも、俺が奪いに奪ってきた(チカラ)で、あんな男など蹴散らしてくれる!」


 沸き上がる魔導鎧の力が、マールゴットに全能感を与えてくる。トリタテスタンはいつもこの気持ちを味わっていたのかと少しだけ羨ましくなり、そんな臣下を倒したニックに強い恨みの念が募る。


「そうだ。あいつの欲している宝……兎人族(ラビリビ)の秘宝をあいつの目の前で砕いてやったら、一体どんな顔をするだろうか? ククク、何だか楽しくなってきたぞ」


 上機嫌な声を出しながら、マールゴットはすぐ側にあった金属製の箱を手に掴む。それこそ正真正銘本物の『赤い月』が入っている鉄箱であり、それを手にマールゴットは宝物庫を後にした。


(これであいつに吠え面をかかせてやれる! 待っていろジュバン卿、この俺を敵に回したらどうなるか、すぐに思い知らせてやる!)


 不敵に笑うマールゴットの頭は、追い詰められた恐怖と降って湧いた全能感に完全に煮え立っている。もしもう少し冷静であればニックに『赤い月』を差し出すことで問題の解決を図ることもできたし、そもそも帝国に売るはずの『赤い月』を自らの手で破壊するという矛盾にも気づけたはずだ。


 だが、ここにはマールゴットを諫める者はいない。護衛の騎士は王の行動に疑問を感じてはいたが、だからといって余計な忠告などしない。ここで余計なことを王に告げて機嫌を損ねたりすれば、自分がもらうのは感謝の言葉や報奨ではなくすぐ隣にいる同僚騎士からの剣撃だけだとわかっている。


「フハハハハ! そうだ、俺が! この俺こそが! 偉大なるゴーダッツ帝国の王、マールゴット・ゴーダッツこそが常に一方的に奪うことを許された存在なのだ! お前の希望も命も、すぐに俺の手で奪い取ってくれる!」


 高笑いをあげながら、マールゴットが手にした鉄箱を頭上に掲げ……そして不意にその重みが消える。


「何、消えた!?」


「捕ったですぅ!」


 手から秘宝が消えたことに一瞬唖然としながらも、マールゴットと周囲の兵士達が一斉に声のした方をみる。するとそこには全身に黒い布を巻き付けて姿を隠しつつも、立派な耳で自己主張する一人の獣人が立っていた。

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