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取り立て騎士、力を得る

「これで……三撃目!」


「むっ」


 大ぶりの切り落としと見せかけた攻撃を途中で止め、突きに変じたトリタテスタンの剣がパパンの体に突き刺さる。だがその攻撃に大した力は込められておらず、パパンの裸身に刺さってなお薄皮一枚を切り裂くことすらできない。


「お返しだ!」


「ぐはっ!」


 逆に、パパンの拳はいとも容易くトリタテスタンの体を吹き飛ばす。今回は周囲を囲んでいる兵士達の方に飛んでいき何人もを巻き込んで床に倒れ伏したが、トリタテスタンはすぐに立ち上がり再び剣を構えてくる。


「まだまだぁ!」


「うーむ。やはり驚嘆に値する耐久力だな。だがその攻撃……我を傷つけるというよりは、切っ先を当てることの方が目的か?」


「ふふん、それはどうだろうな?」


 パパンの言葉に、トリタテスタンは余裕の表情でとぼけてみせる。もっともそれは強がりであり、トリタテスタンはかなり一杯一杯だった。


(くそっ、何だこの男!? 三撃目なのにまだこれほど力を持っていかれるのか!? しかも強化されているとはいえ、この攻撃力……だが、だからこそ……ククク)


 この先に待っている展開を想像し、トリタテスタンは持続する弱い痛みに耐えながら笑う。それこそがトリタテスタンの不死身の秘密、マールゴット王より下賜された王国の秘宝の一つである、魔鎧リボルビングアーマーの力だ。


 その効果は至極単純で、受けたダメージを一単位一〇秒として任意の回数に分割して受け続けるというもの。これにより例えば通常なら即死するようなダメージであっても、一〇〇分割することで二〇分弱手足が軽く痺れ続けるくらいの被害にすり替えたりすることができる。その程度であれば戦闘に大した支障はなく、理論上は無制限にダメージを無効化できるというまさに無敵の鎧だ。


 と言っても、勿論運用には問題もある。例えば分割回数は事前に設定しておかねばならず、少なくとも最初の一回目の払いは設定してある比率でダメージを食らうことになる。パパンの初撃で大きくひるんだのは、パパンの攻撃が予想以上に強かったためいつもの分割回数ではとても対処できなかったからだ。


 また、受けたダメージを完済するまでは鎧を脱ぐことができない。金属鎧を着込んだままでは眠ることもままならないし、汗を拭うことも背中を掻くこともできないのは割と深刻だ。この効果のせいで「常に莫大な分割回数を設定しておく」という方法が取れないのがこの鎧の唯一の欠点だが、逆に言えばそう言う不自由を背負う覚悟を決めさえすれば、パパンの強力無比な攻撃すらこうしてしのぎきることができる。


(何日……いや、何週間か? この先どれだけこの鎧が脱げないのか……だが今は目の前の勝利こそ全て!)


「まだまだ行くぞ変態怪盗! フゥゥ……ハッ!」


「ぬぉっ!?」


 トリタテスタンの軽い(・・)剣戟に、パパンの回避がまた遅れてその切っ先が触れる。これはトリタテスタンの技量とパパンの指摘通り「当てることだけ」を考えた攻撃がかわしづらいというのもあるが、何よりパパンの身体能力が一撃ごとに狂わされているのが大きい。慣れる間もなく力が増すため、パパンの身のこなしが安定しないのだ。


「ふぅ……これはもうやむを得まい」


「何っ!?」


 回避をやめ素手で剣を受け止めたパパンに、トリタテスタンは警戒の意味を込めて一歩後ろに下がる。


「どういうつもりだ?」


「なに、こうも頻繁に身体能力を狂わされたのでは動きづらくてかなわんからな。ならばお主の思惑に乗って、それを正面から叩き潰すのもいいかと思ったのだ」


 そう言ってニヤリと笑うパパンに、トリタテスタンもまた笑みを返す。


「ははは、何たる傲慢! だがいいぞ! 私はそう言う相手をこそ屠ってきたのだ。その報いを身を以て味わうがいい!」


 ここぞとばかりにトリタテスタンの剣がパパンを襲う。五回、六回とパパンの裸身をトリタテスタンの剣がかすめ、それが一〇を数えたところでトリタテスタンの動きが止まった。


「ん? どうした? もう終わりか?」


「ああ、終わりだ……貴様のな! 魔剣トイチよ、貸した力を回収せよ!」


 トリタテスタンの掲げた剣が、ひときわ強い紫の光に包まれる。するとパパンの体からも紫色の煙が立ち上り、それがトリタテスタンの剣へと吸い込まれていく。


「おおお? これは!?」


「凄い、凄いぞ! これほどの力! まだ、まだ来る! うぉぉ、漲ってきたぞぉぉぉぉぉ!!!」


 トリタテスタンの全身に、かつて感じたことの無いほどの圧倒的な力が滾る。


 ゴーダッツ王国のもう一つの秘宝、魔剣トイチ……それは斬った相手に強制的に自らの力を貸し付ける剣。一度斬るごとに相手の実力の一割を上限として使い手の力を貸し与え、一〇度斬ることで相手の力は強化限界値となる元の倍にまで膨れ上がる。


 だが、この剣の本質はそこではない。使い手が力を発動することで貸し付けた力の倍の力を相手から強制的に吸収し、使い手にそれを還元する能力があるのだ。


 勿論、この剣にもリスクはある。まず単純に最初の段階では相手を強化し、その分自分を弱体化させるという効果があまりにも凶悪だ。普通であればこんな剣使い物にならない。


 また、一度力を取り立ててしまうと同じ相手には三日の時を空けなければ魔剣の力が使えなくなる。つまり貸し出してすぐに回収を行い、一旦弱体化させてから本格的に攻める……というような使い方はできない。


 だが、どちらもトリタテスタンにとっては些細な問題だ。急激に自分の力が増し、かつトリタテスタンが弱くなることで相手を増長させ攻めさせる。その攻撃をリボルビングアーマーの効果で凌ぎ、相手が最高に調子に乗ったところで魔剣トイチの力を発動、絶望に顔を歪める相手を圧倒的な力で叩きのめすのがトリタテスタンのいつもの戦い方。


 ましてや今回は一〇度切りつけた。相手の力は倍となり、その倍を取り上げるとなれば……


「何だ、ちょっとだけ力が抜けたぞ?」


「チッ、まだ立っていられるのか……」


 一見平然として見えるパパンの姿に、トリタテスタンは思わず舌打ちをする。魔剣の力は決して無制限ではない。貸し付ける量も取り立てる量も当然上限があり、パパンほどの強者であればその全てを奪い取ることはできなかったのだ。


「だが、もうそんなことどうでもいい。全身に溢れるこの力……今の私は王国最強どころではない。世界……そう、世界最強だ!」


 トリタテスタンが地を蹴れば、その姿が残像を残してかき消える。そのまま床を、柱を、天井を蹴り、トリタテスタンの残像が縦横無尽に城の広間を駆け巡る。


「ハハハ! どうだ? もはや貴様には私の姿を捉えることすらできまい! 下らぬ怪盗ごっこに興じた罰だ! その愚かさと傲慢のツケを払って――」


 広間の至る所からトリタテスタンの声が響く。マールゴットやその場にいる城の兵士達の目では、輝く何かが猛烈な勢いで跳ね回っているというくらいしか理解できない。


「死ねっ!」


 轟音と共に風を切り裂き、トリタテスタンの放つ最後の一撃がパパンの首に吸い込まれていく。そうして勝利を確信したトリタテスタンの目に映ったのは――


「なんだ、お主なかなか強いのではないか。これならあれほど加減する必要はなかったな」


「な……んだと……?」


 今までの当てるためだけの攻撃とは違う、絶対不可避の必殺の一撃。全力を込めたその剣の切っ先を、パパンの指先がそっと摘まんでいる。


(なんだ? 何だこの光景は? 加減? え、強がりではなく、本当に手加減されていたのか?)


「うむうむ。ならば確かにあれしきの攻撃では通じぬのも道理。そういことなら今度は少し強めにいくぞ?」


 呆けたようなトリタテスタンの耳に、死神の声が囁く。視線の先ではパパンの拳が握られており、それが向かう先はきっと、既に床に降り立ち動きを止めている無防備な自分の腹――


「り、リボルビングアーマー! 分割、いっ――」


「食らえ! パパンパーンチ!」


『がおーん』


「がっ!?」


 トリタテスタンの体がとんでもない勢いで飛んでいき、マールゴットの顔のすぐ横をかすめて背後の壁に人型の穴を穿つ。その冗談のような光景に誰もが言葉を失うなか……


「……あっ!? しまった、ここは怪盗っぽく武器を奪って無力化とかするべきだったか? ぬぅ、何たる失態……っ!」


『がおーん』


 場違いな悩みに頭を抱えるパパンと、やる気の欠片も無い獅子頭(レオーゼン)の呆れた叫び声だけが静かな広間に木霊していた。

※はみ出しお父さん 魔剣トイチ


魔剣トイチには自分の力を押し貸しする、相手から力を徴収する能力の他に、力を徴収している状態でその相手を殺すと徴収した力を「原資」として剣の内部に蓄積する効果があります。これは小出しに引き出して自分を強化したり相手に力を押し貸しするときに自分の力の代わりに消費することができますが、使い切りのため普段からコツコツ貯めておくことが重要になります。


リボルビングアーマーもそうですが、ご利用は計画的に。

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