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強奪王、迎え撃つ

「では、今日の会議はこれまでとする……そう言えば、ジュバン卿から何か連絡はあったか?」


 ニックとの商談の日から三日後。ふと思いついたことを口にしたマールゴットに対し、臣下の者達は一様に首を横に振る。


「いえ、特に何もありませんが……何か陛下がお約束をなされたのですか?」


「いや、そうではない。何も無いなら気にするな。もう下がっていいぞ」


 マールゴットがそう言えば、臣下達は皆一様に頭を下げてその場を去る。王の言葉に余計な詮索を入れるような者がこの地位まで生きてのぼってくることなどあり得ない。


 そうして一人になったマールゴットは、顎に手を当て思案に耽る。思い出されるのは当然件の筋肉親父とのやりとりだ。


(アレが偽物だとまだ気づいてないのか? それとも気づいたうえで泣き寝入りを選んだ? あの男がそんな甘いタマだとは思えんが……)


 商談の前半戦、自分をやり込めた手際はマールゴットをして唸らせるほどのものだった。だからこそマールゴットは対帝国用にとっておいた切り札を切ったのだ。


 ニックに渡したそれは、通常のゴツゴツした魔石を球になるまで丁寧に削り、その表面に塗り重ねる厚さを調節することでその色を変えられる特殊な半透明の塗料を塗布することで作り上げた贋作だ。


 と言っても見た目はともかく本物の秘めた莫大な魔力とそれに伴う神秘性まではとても真似できるものではないので、本物を見たことのある者が見ればすぐに偽物とばれる程度のできでしかない。


 が、それでいい。兎人族(ラビリビ)の里で秘宝として隠されていたそれを見たことのある者など世界に数えるほどしかいないはず。ならば「それっぽい偽物」で十分だというのがマールゴットの出した答えであり、実際一時しのぎであれば十分な出来であった。


 ちなみに、この偽物の制作費用は手間賃を入れても金貨一枚ほどなので、マールゴットはあの取引でちゃっかり利益を得ていたりもする――閑話休題。


(あれだけ秘宝のことを調べていた奴が真贋すら見抜けないと考えるのは馬鹿にしすぎだ。だがならば何故何も言ってこない? あの男の狙いは何だ?)


 マールゴットとしては、ニックは翌日にでも抗議に来ると考えていた。だが二度目は密談に応じるつもりはなく、交わした書面を盾に自らの正当性を正面から主張、その上で「偽物だというのなら本物は如何なるものなのか?」と説明を求めたり、あるいは「そこまで言うなら城内を探してみよう」などと適当なことを言ってのらりくらりと時間を稼ぎ、その間に帝国に本物を売ってしまうというのがマールゴットの考えた計画であった。


 だというのに、ニックは依然沈黙を守ったまま。短慮な者なら負け犬が未練がましくこの地に縋り付いていると思うところだが、ゴーダッツの王であるマールゴットはそんなおめでたい頭をしてはいない。雌伏する竜ほど恐ろしいものはなく、表面上は気にしていないつもりでも、マールゴットの心が安まる日々は帝国との取引が終わるまで訪れることはない。


「ふぅ。まあ考えてもしかたねぇか。ここは俺の国で、奪っていいのは俺だけだ。そのおこぼれを拾いたいってんならともかく、俺から奪おうとするなら……」


「へ、陛下!」


 と、そこで突然会議室の扉がドンドンと激しく叩かれ、扉の向こうから焦った声が聞こえてくる。王に呼びかけるには甚だ相応しくない態度だが、それを忘れてしまうほどの何かがあったのかとマールゴットは平坦な声で答える。


「何だ、どうした? いいから入れ」


「し、失礼します。陛下、大変です! こんなものがいつの間にか城内に……」


「んー? 何だそりゃ?」


 城の警備兵が差し出してきたのは、手のひらに収まる程度の大きさに切られた、割と上質な長方形の一枚紙。それを受け取りマールゴットが目を落とすと――


「フフフ……おい、コレはどうしたんだ?」


「それがその、如何にもズルくて抜け目がなさそうな男が門番に渡してきたとのことで……内容に驚いているうちに男が姿を消してしまい、捕らえることができませんでした。申し訳ございません!」


「なるほどなぁ……ククク。いや、構わん。今俺は実に機嫌がいいからな。今回だけは不問に処してやる」


 平時ならば何故そんな見るからに怪しい男から目を離したのかと激しい叱責をするところだが、ガクガクと震えながらその場で頭を下げる兵士に、マールゴットは笑いをかみ殺しながらそう答えて立ち上がる。待ち望んでいた獲物が、考え得る限り最も間抜けな方法でやってきてくれるというのだ。これを笑わずして何を笑うか。


 だが、まだだ。勝利は決まったようなものとはいえ、その笑いは勝利が決まったその時にこそ相応しい。ならばこそマールゴットは鉄の心で己を自制し、臣下たる兵士達に大声で指示を出す。


「さあ、我が忠実なる兵士達よ! のこのことこんなものを送りつけてきた身の程知らずの愚か者に、我らの力を見せつけてやろうではないか! 総員に通達! 直ちに城内を厳戒態勢にせよ!」


「ハッ!」


 大きく手を振って指示を出したマールゴットの言葉に、その場にいた者達が一斉に動き出す。そうすればあっという間に城内が騒がしくなり、まるで戦の準備でもしているかのような熱気に包まれ始めた。


「クックック、ここまで俺を楽しませ、そして馬鹿にしてくるとはな! いいだろう、来るなら来てみろ! 俺はマールゴット・ゴーダッツ! この国の王として、お前の挑戦を真っ正面から打ち砕いてやるぞ!」


 そんな臣下達の動きに満足そうに頷くながら、マールゴットは壁の向こう、今も安宿に泊まっているであろう筋肉親父に向かってそう宣言した。





 そして、その日の夜。既に月は天高くに昇っているというのに、王城は今も煌々と明かりに照らされていた。周囲には数えるのも馬鹿らしいほどの衛兵達が立ち並んでおり、そのあまりの物々しさに普段はふてぶてしい王都ガメッツィの住人ですら今夜は皆息を潜めて家に籠もっている。


「ふぁぁ……先輩、本当に来るんスかね?」


「さーな? 俺としては来ない方が嬉しいけどな。そうすりゃ夜に突っ立ってるだけで手当が出るし、上手くすりゃ明日以降もしばらくそうなるんじゃないか?」


「流石先輩! 手をぬいて稼ぐことにかけては天才的ッスね!」


「当たり前だろ! 仕事なんざ真面目にやってもいいことなんてねーんだよ。どこまで手を抜いても怒られねーか、それを見極めて限界ギリギリまでサボるのが楽しく仕事をするコツって奴よ」


「凄ぇッス! パイセン先輩マジパネェッス!」


 町中の兵士が城の警備に総動員されたことで、パイセンとニコシタもまた城の門の辺りに立ち、そんな雑談をしながら時間を潰している。他の城であれば不真面目だと即座に叱責されるところだが、この町の一般兵でそんな事を気にする者はいない。


 実際、他の兵士達も多かれ少なかれ雑談に興じている。流石に王城の警備ということでカードや賭け事にまで手を出す者はいないが、それでも動員された人数の割には緩い空気が辺りを漂い……


「だ、誰だ!?」


 不意に、誰かがそう叫んだ。周囲にいた兵士達が一斉に声を出した兵士の方に顔を向け、そしてその視線の先に目をやると……


「奪う者あれば奪われる者あり! 昨日の勝者は今日の敗者!」


「へ……」


 夜の闇よりなお艶めく、シルクハットと黒外套(マント)。かがり火に照らし出されたその姿は果たして夢か幻か。


「我が奪うは真なる宝! 乙女の頬から涙を奪い、卑しき王から秘宝を奪う!」


「へ…………」


 その巨体は二メートルを超え、その顔には蝶の如き仮面。怪しく誘うその瞳は、果たして人か魔のモノか。


「在るべきモノを在るべき場所に! 罪も悲劇も盗みさる――」


「へ………………」


 そしてその体には、何故か服を纏っていない。煌々と照らされる裸身でははち切れんばかりの筋肉がピクピクと蠢き、唯一その股間に宿るは、絢爛豪華な黄金の獅子頭。


「我が名はパパン! 怪盗、アヤシーヌ・パパンだ!」


『がおーん』


「「「変態だー!!!」」」


 城門前に突如として現れた、ほぼ全裸の筋肉仮面。高らかに名乗りをあげた怪盗パパンに対し、その場に居合わせた何十人もの兵士が見事に心を一つにして叫んだ。

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