捕り兎、主張する
「兎人族の秘宝、ねぇ……ああ、悪いけどちょいと一服させてもらうよ」
パクリットの話を聞き終えたメッタは、テーブルに置かれた小箱から煙管を取り出し火をつける。深く吸い込み吐き出すと、ニック達のいるのとは反対方向に細く長い煙が尾を引いた。
「ふぅ……ま、話はわかったよ。要はその秘宝とやらが王城のどこにあるのかを調べればいいってことかい? まさかアタシ達に盗ってこいとは言わないんだろう?」
「無論だ。正確にはどこにあるかまではわからなくてもよいが、誰がそれを手にしているかの情報は間違いなく欲しい。できれば入手した経緯……偶然というのはできすぎだろうから城の誰がそれを盗む指示を出したのか、具体的に盗み出した奴らの名前や依頼主との関係性などもわかれば最高だな」
ニックの言葉に、メッタは大きくため息をついてみせる。その悩ましげな表情は並の男なら一瞬で虜にできる自信があったが、一切そんなそぶりを見せないニックに対し、メッタは更に追加でため息をもう一つ。
「ハァァ……そりゃまた随分と欲張りなことで。わかってるのかい? この国の王はまっとうな人間じゃない。いや、王や貴族なんて大抵どこも裏じゃ酷いモンだけど、この国の王は更に輪をかけて酷いよ? 流石に公言はしないけど、自分が悪人であることを全然隠してないからねぇ」
「そうなのか?」
末端どころか一番上までその調子なのかと驚いたニックに、メッタはもう一度煙管を吹かせると疲れた表情を浮かべて言う。
「そうなんだよ。先代の王はその辺上手くやってたんだけど、今代のマールゴット王は欲望に忠実らしくてねぇ。アタシ達への仕事の依頼も派手なのが増えてて、正直ちょっと困ってるくらいなんだよ。そりゃアタシ達だってかなり手広くやってるけど、だからって何でもかんでも欲しがるのはねぇ」
「えぇ、それで何でこの国は大丈夫なんですか? 私達ケモノ人だったら、周りの部族から袋だたきに遭いそうですけど」
「ふふ、それはねぇお嬢ちゃん。この国が『掃き溜め』だからさ」
耳を傾げる純朴そうなパクリットの顔に、メッタが楽しげな笑みを浮かべる。手にした煙管をゆらゆらと振れば、それに合わせてパクリットの耳も無意識のうちにピコピコと揺れる。
「どこの国だって自分の所は綺麗に保ちたいだろう? でも世の中に悪党がいなくなることはないし、時には悪党の力を利用したいこともある。だからこの近辺の国はみんな揃ってゴーダッツのことを『見ないふり』してるのさ。
ゴーダッツに……とりわけこの王都ガメッツィに逃げ込んだ犯罪者はよっぽどの事がなければ追われない。ここから出ればすぐに捕まるだろうけど、逆に言えばここに留まりさえすれば悪党のまま生きられるってわけさ。
自分たちがいつでも使えるよう、足枷じゃなく免罪符で悪党共を閉じ込める。ゴーダッツ王国は後ろ暗い奴らの楽園にして監獄。そしてそこに君臨するのがアンタ達から秘宝を奪った相手、マールゴット・ゴーダッツ国王陛下ってことさ」
「うぅ、そんな凄そうな相手から秘宝を取り戻さないといけないんですね……」
「そう気落ちするな。儂が力を貸してやるから、大丈夫だ」
「ニックさん……ありがとうございます」
しょんぼりと耳を垂れ下がらせたパクリットの肩に、ニックが笑顔で手を添える。そんなニックの姿に、メッタは三度煙管を吹かせてから感慨深げに呟いた。
「アンタなら何とかなりそうなのが怖いねぇ。まあそうなってくれればウチの面子も保てるだろうさ。たった一人に三度も煮え湯を飲まされたんじゃ今後この界隈が荒れるだろうと思ってたけど、そいつが王城の警備を突破して秘宝を盗み出したってことなら話は別だ。そんな奴他のどの組織だって太刀打ちできないだろうからね」
「待て待て。別に盗むとは言っておらんだろう? 最初は正面から交渉するつもりだぞ?」
その言葉を手を振って否定するニックだったが、そのあまりの意外さにメッタは思わずぽかーんと口を開けてしまう。
「……は? アンタ腕っ節だけで頭はカラッポなのかい? あの王様とどんな交渉するつもりだい? というか、そもそも交渉に持っていけると思ってるのかい?」
「少なくとも会って話はできると思っておるぞ。それだけの手札は持っておるからな。だが、逆に言えばそれだけだ。知らぬ存ぜぬを通されてしまえば打つ手が無い。
だからこそお主のような者に情報を集めて欲しいのだ。言い逃れを許さぬような確たる情報、証拠をな」
「なんとまぁ……なんとなく予感がしたからコスッカライには穏便に対処しろって指示したけど、それがそっち方面でも当たりだったとはねぇ。せめて一週間滞在してくれりゃきちんと調べてから対応したってのに」
「ははは、早いというのはただそれだけで力だからな。とは言え即断と熟考は両天秤だ。今回はたまたま儂が勝ったというだけのことだろう」
「たまたま、ねぇ……わかった。その仕事は受けるよ。期間は……最低でも一週間は欲しいねぇ。あとは予算だ。アンタのせいで大損をした直後だからね。負けた立場としちゃ言いづらいが、流石に自分の首を絞めてまで協力する気はないよ?」
「わかった。なら――」
「はいはいはい! 私が! 私が出します!」
ニックの言葉に割り込んで、パクリットが大きな声でそう言いながら手を上げる。ニックとメッタがそちらに顔を向ければ、そこにはスピスピと鼻を鳴らしながら高速で手を上げたり下げたりしているパクリットの姿があった。
「ここまでニックさんに頼りっきりですし、そのくらいは私が出さないと私としても立場がないですぅ!」
「そりゃいいけど、お嬢ちゃん、アンタ金持ってるのかい?」
「それは…………ちょ、ちょっとくらいなら……」
慌てて自分の財布を確認し、パクリットの声に勢いがなくなる。様々な事態を想定して里から出るときにはそれなりの額を託されたパクリットだったが、半年以上にわたる調査の旅の間に路銀の大半は使い果たされていた。
「銀貨……じゅ、十枚くらいでなんとかならないです、か?」
「銀貨十枚って……」
伺うようなパクリットの言葉に、メッタは思わず呆れた声を出す。個人としてならそれなりに大金だが、人を動かし危ない情報を集めるならそんなはした金では何一つできやしない。
「っ……ふっ、わかった。じゃあそれでいいよ」
「あ、ありがとうございますぅ!」
だが、メッタはその依頼を受けた。嬉々としてパクリットが取り出した銀貨を受け取ると、それを懐にしまい込む。
「じゃ、アタシはすぐに仕事にとりかかるから、アンタ達はもう帰りな。何かわかったら宿に使いをやるからね」
「わかった。ではよろしく頼む」
「お願いします、メッタさん」
堂々とした様子で頷くニックと、何度も頭を下げるパクリット。二人が地下の隠し部屋を出て行くと、メッタは手の中に握り込まされた小さな袋を開いて見た。
「まったく、過保護な男だねぇ。でも、そういうの嫌いじゃないよ」
中に詰まった金貨を一枚一枚テーブルの上に積み上げつつ、メッタはやるべき事を一つずつ頭の中で組み立てていった。