父、顔を合わせる
「…………よう」
宿屋の入り口で待っていたのは、ふてくされた顔を隠そうともしないコスッカライであった。顔を背け決してニックと視線を合わせようとしないコスッカライに、ニックは苦笑しながら話しかける。
「コスッカライではないか。わざわざ儂を尋ねてくるとは、今日はどんな用向きだ?」
「あー、ウチの姐さん……じゃない、会長が、オッサン……じゃなくて、アンタ……ニックさん……に、会ってもいい……チッ、会いたいってことだから、俺がオッ……ニックさんを迎えに来たんだよ」
「コスッカライ……お主いい大人なのだから、もうちょっと何とかならんのか?」
「うるっせぇな! 人のこと三回もぶっ飛ばした奴に使う気なんて、これっぽっちも持ち合わせちゃいねぇんだよ! いいから黙ってついてきやがれ!」
「はっはっは、わかったわかった。では連れの準備ができたら――」
「お待たせしましたーですぅ」
ニックがそれを言い終わるより先に、その背後から身支度を調えたパクリットがやってくる。そんな彼女を手招きすると、ニックは改めてコスッカライの方に向き直った。
「ということで、この娘も一緒に行くが構わんな?」
「は? 駄目に決まってんだろ。俺が言われてるのはオッ……ニックさんを連れてこいってことだけだ。他の関係ねぇ奴をアジトに連れて行けるわけねぇだろうが!」
「アジト? あの、ニックさん? この妙に小物臭い悪党面のしょぼくれ親父は一体?」
「お主意外と言うな……この男はコスッカライ。昨日お主を誘拐した奴らの……何だ? まあちょこっとだけ偉い奴だ」
「ええっ!?」
ニックの言葉に、パクリットが素早く筋肉の壁にその身を隠す。そうしてコスッカライとパクリットがにらみ合いを始めてしまうが、ニックはそれを意に介さず言葉を続ける。
「コスッカライよ。この娘は儂の依頼主のようなものだ。今回の件にも大きく関わっておる故、連れていかぬという選択肢はないのだが……」
「だから駄目だって言ってるだろ!」
「本当に駄目なのか? その場合儂も行かないが、それでもお主は平気なのか?」
「うぐっ!? いや、それは……」
問い詰めるニックに、コスッカライは言葉を詰まらせる。三度続けての失敗はもはや挽回がどうとかいう話ではなく、そのうえこんな下っ端の新人がやるような「お使い」さえ失敗したとなれば、いよいよもって自分の首が繋がっている気がしない。
「お主のところの首領……いや、会長か? その者は儂を連れてくるようにと言っただけで、誰かを一緒に連れていってはいかんとは言わなかったのではないか? ならばそこはお主の裁量でどうにでもなるだろう。あれだけの手下を動員できるお主ほどの男であれば、そのくらいは余裕なのではないか?」
「ぐっ、がっ…………そ、そうとも! このコスッカライ様にかかれば、女の一人くらい同行者が増えたってなんでもねぇぜ! わかった、二人一緒でいいから行くぞ!」
「うわぁ、この人想像以上にチョロいですぅ」
「あ? 何か言ったか姉ちゃん?」
「な、何でも無いですぅ!」
「では、早速出発するとしよう」
ニックは勿論、パクリットすら恐怖を感じなくなっていたコスッカライを先頭に、一行は宿を出て道を歩いて行く。
ちなみに、宿の店員は少し離れた所で話を聞いていたが、だからといって何もしたりはしない。高級宿と違って安宿は客を守ったりしない……逆に言えば宿の店員が巻き込まれることがないというのが、ニックがあえて少し奥まった安宿を選んだ理由であった――閑話休題。
「ここだ、入れ」
そうして一行が辿り着いたのは、貧民街の一角にあった何の変哲も無い小さな家。ニック達が入れば窮屈に感じるほどの狭い空間だったが、コスッカライが床板を剥がして現れた隠し階段を降り、その突き当たりにある小さな扉を抜けた先にあったのは、まるで貴族か王族が暮らしていそうな豪華な部屋だった。
「連れてきました姐さん」
「ありがとよコスッカライ。で? アタシはニックだけを呼んだつもりだったんだが、何で獣人の娘が一緒についてきてるんだい?」
「そ、それは……」
そんな豪華な部屋の中央。縦に長いテーブルの一番奥に腰掛けていた女性が、コスッカライを睨み付ける。ただそれだけで身を竦ませたコスッカライに代わり、ニックが女性に向かって話しかけた。
「儂が頼んだのだ。この娘こそがお主に会うことを望んだ発端だからな」
「そうかい? ならまあいいとしようかねぇ。コスッカライ、アンタは下がっていいよ」
「わかりました。失礼します姐さん」
その女性が顎をしゃくると、コスッカライが最後にニックをひと睨みしてから部屋を出て行く。そうして地下の密室に残された三人のうち、この部屋の主たる女性が優雅な手つきでニック達に着席を促した。
「立ち話もなんだ。まずは座りなよ」
「そうさせてもらおう。パクリットは儂の隣に座れ」
「わかったですぅ」
「それじゃ、改めて自己紹介させてもらおうかねぇ。アタシはムセッソー商会会長のメッタ。いや、アンタにはこういった方がいいかね? 裏組織『闇蜘蛛』の首領、メッタ・ヤッタラーニだよ」
「私は兎人族のパクリットですぅ」
「儂は旅の銅級冒険者、ニックだ……二つ名持ちということは、まさか貴族か?」
ニックの問いに、メッタは声を上げて楽しげに笑う。
「ははは、それこそまさかだよ! ヤッタラーニの名前はどこぞのお偉いさんがくれたわけじゃなく、『闇蜘蛛』に所属する全員が名乗る名前だよ。
ウチにくるような奴がまともな人生を送ってるはずもない。世間からはみ出し、見捨てられ、孤独の果てに闇を彷徨う。そういう輩にはこういうわかりやすい寄る辺が必要なのさ。私達はみんな同じ名前を持つ家族だってね。
ヤッタラーニは蜘蛛の糸。地獄の底まで堕ちた奴らがすがる、最後の希望なのさ」
「なるほどなぁ。道理で何度倒しても同じ顔が出てくるわけだな」
納得して頷くニックに、メッタは皮肉を込めた笑みを浮かべて答える。
「そうだねぇ。おかげでこっちは大損だよ。アタシ達は家族を見捨てない。だからこそ生きてる仲間は必ず助け出すけど……たった三日で三〇〇人近くを留置所から出させる羽目になるとはね。
それもアンタの計算の内かい?」
「いや、流石に全員を即日で釈放させるとまでは思わなかったな。儂としては口封じされて騒ぎそのものを無かったことにされるのを防ぐための行動だったのだが」
ニックの作戦方針は、「闇蜘蛛の首領に会いたい」という言葉を相手に確実に伝えつつ、それを無作為に聞いて回ることで自分の存在を主張し、かつ相手が無視できないようにすることで向こうから接触を図るように仕向けるというものだ。
なので、関係者を全て始末して口封じされてしまうのが最も都合が悪い。もし相手がそういう組織であったなら、ニックの取る手段はもう少し物理的なものになっていたことだろう。
「ハ! まあ大概の組織ならそうするんだろうけどね。下っ端一人助けるのに金を積むくらいなら、後腐れ無く始末するか本当の下っ端なら見捨てて放置するかが普通だ。
でも、ウチはそうしない。そういう組織からこぼれた奴すら拾い上げる。それは初代から代わらない『闇蜘蛛』の方針だよ。
だからこそアンタは幸運だ。もしウチの手下を一人でも殺していたら、徹底抗戦するしかなかったからねぇ」
メッタの率いる「闇蜘蛛」は、決して仲間同士で傷をなめ合うための集団ではない。仲間を大事にする反面、仲間以外には辛辣であり、奪い、殺し、欺き、惑わす歴とした犯罪組織だ。
だが、そういうものだからこそ譲れないモノもある。舐められたら終わりだからコスッカライの暴走を見逃していたし、受けた傷と同等の傷を相手に与えるまでは引き下がらない。ニックがあくまで素手で戦い誰も殺さなかったからこそこうして会合を持っているが、もし誰かを殺していたなら、敗色濃厚であっても戦うことを選んだだろう。
「ならば此度の騒ぎはお互いにとって都合がよかったということだ」
「アタシ達にとっちゃいいところなんて一個も無いけどね。それで? これだけの騒ぎを起こしてアタシに会いたかったアンタは、一体にアタシ達に何を求めてるんだい?」
「うむ。欲しいのは情報だ。その内容は……パクリット」
「あ、はい! 実は――」
微妙に会話についていけずボーッとしていたパクリットだったが、ニックに軽く背を叩かれてピクッと耳を震わせる。そのまま耳筋をピシッと立てると、気怠げな表情を浮かべるメッタに向かってこれまでの経緯を話し始めた。