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父、釣りに興じる

「な……に……?」


 それは一瞬の出来事だった。攻撃の号令を出した次の瞬間、自分の仲間達が潰れた蛙のように地面に横たわる。その事実が上役の男の頭に認識されるより前に、件の元凶たる筋肉親父はまったく平常な口調で呟いた。


「ふむ、まあこんなところだな」


「こんなところ!? お、俺の部下を一瞬でのしておいて、こんなところだと!?」


「まあ、それだけ実力差があったということだ」


 そう言いながら、筋肉親父が足を一歩踏み出す。それに合わせるように一歩後ろに後ずさった上役の男は、震える体を鼓舞して必死に叫び声をあげる。


「お、俺は闇蜘蛛のコスッカライだぞ! 俺に手を出したらどうなるかわかってんのか!?」


「無論わかっておるさ。故にこれは、教訓その一だ。儂にこの程度の戦力では太刀打ちできん。それをしっかり覚えたなら……眠れ」


「うっ……」


 腹部を襲った衝撃と共に、コスッカライの意識が急速に闇へと落ちていく。そうしてその場にいる全員を無力化すると、筋肉親父は気絶した男達をその肩に抱え上げ、最後に遠く離れた場所からここを監視しているであろう人物にニヤリと笑いかけるとその場を後にした。





「おーい! 誰かおらんかー?」


「……チッ、なんだよ一体」


 ガメッツィの町に幾つもある衛兵詰め所の一つ。入り口からの呼びかけに、今日の当番であったパイセンは小さく舌打ちをして答えた。もうすぐ昼の交代時間だっただけに、面倒くさそうに腰を上げて詰め所入り口へと歩いて行く。


「はいはーい。何の用……って、うぉ!?」


 そうして目の前に現れた光景にパイセンは驚きの声をあげる。詰め所の入り口には身の丈二メートルを超える筋肉親父が立っており、しかもその肩には左右二人ずつ、計四人の男が抱えられていたからだ。


(うわぁ、死体か? 面倒くせぇ)


「何だオッサン、どうしたんだそれ?」


 内心で悪態をつきながら、それでもパイセンは職務を全うすべく目の前の男にそう声をかける。いくらガメッツィが緩い町だとはいえ、必要最低限の仕事すらサボれば流石にクビになってしまう。


「いや、それがな。儂が通りを歩いていたら、突然この者達に襲われたのだ。とりあえず気絶させておいたから、後はこちらで処理してくれると助かるのだが」


「襲われた? 何で……って待て。そいつの顔……っ!?」


 形式だけの調書を作ったらあとは適当に流そうと思っていたパイセンだったが、ふと男に担がれた人物のひとりに知った顔があることに気づき、自分に訪れた幸運に思わずニンマリと笑ってしまう。


「わかった! じゃ、そいつらは俺が預かる。一応確認だが、全員生きてるんだよな?」


「ああ、気絶させただけだからな」


「なら問題ない。町の治安維持に協力感謝します! ってことで、もう行っていいぞ」


「うむ。ではよろしく頼む」


 僅かばかりの作り笑いの後ぞんざいに手を振ると、男は特に何かを言うこともなくそのままその場を立ち去っていった。後に残った男達をパイセンが留置所の中に運ぶ最中に、昼食休憩に出ていた後輩が詰め所へと戻ってくる。


「ただいま戻りましたーって、何してるんスか先輩?」


「おお、帰ったかニコシタ。へへへ、こいつは俺の臨時収入よ」


 いつもやる気のなさそうな後輩のニコシタに、パイセンは自慢げに言いながら作業を続ける。だがパイセンが喜んでいる理由がわからず、ニコシタは不思議そうに首を傾げる。


「臨時収入って何スか?」


「こいつら、多分全員闇蜘蛛の一員なんだよ。あそこは生きてる奴は全員助けるだろ? こうしてきちんと手続きして捕まえときゃ、そのうち保釈のための賄賂がガッポリって寸法さ」


「うわ、先輩ズルッ! それ俺にも一口噛ませてくださいよ!」


「うるせぇな、先輩である俺をおいて暢気に飯なんか食いにいったお前が悪いんだよ。諦めろ」


「ズルい! ズルいッスよ先輩! 飯は交代なんだから仕方ないじゃないッスか!」


「しょうがねぇなぁ。なら調書作るの手伝ったら今夜の酒は奢ってやるよ」


「やった! 流石パイセン先輩! 俺一生ついていくッス!」


「お前がついてくるのなんてタダ飯、タダ酒、タダ女の時だけじゃねぇか! いいからさっさと手伝え!」


「ウィーッス!」


 ニコシタの調子のいい返事と共に、ガメッツィの詰め所がにわかに騒がしくなる。その後パイセンの予想通りやってきた組織の人間により、パイセンとニコシタは無事美味い酒にありつくことができた。





「ふぅ。戻ったぞー」


「あ、お帰りなさーいですぅ!」


 部屋の扉をノックされ、その向こうから聞き覚えのある声が聞こえると、朝からずっと宿に閉じこもったままだったパクリットは嬉しそうな声をあげてニックを部屋へと迎え入れた。


「ただいまだパクリットよ。何か問題は起きなかったか?」


「なーんにも! 何にもなさ過ぎて退屈で退屈で仕方がなかったですぅ」


 バタバタと手足を動かし、如何に自分が退屈だったかを訴えるパクリット。一九歳、兎人族(ラビリビ)の女性の愛らしいその仕草に、しかしニックは軽く苦笑して答える。


「はは、そうか。まあ今日は初日だからそんなものだろう。もう何度か似たようなことを繰り返せば、おそらくお主にも出番が回ってくると思うが……」


「そうなんですか? というか、結局ニックさんは何をしているんですか?」


「ん? そうだな。一言で言えば釣りだ。餌を撒きかかった獲物を釣り上げ、ついさっき放流してきた。これで親元に魚が帰れば、次はもっと大きな獲物がやってくることだろう」


「?」


 ニックの話に、パクリットは口をへの字にして首を傾げる。中程でぺこりと折れ曲がる長耳がその混迷を表しているようだ。


「と言うことで、今日はもうやることがない。あとは明日の朝まで宿でのんびりしていることにしよう」


「うぅ、私何もしてないんですけど……でもいいです。そういうことなら私もちょっと気分転換にお買い物でも――」


「いや、パクリットは外に出てはいかん」


「へあっ!? 何故に!? 私ずーっとこの部屋にいて相当に飽きてますよ!?」


「気持ちはわかるが、しばらくは我慢してくれ。煽るのは必要だが、焦らせすぎるのはよくないのだ。万が一追い詰められたと勘違いして乱暴な手に出た場合、儂ならともかくパクリットでは自分で対処できんだろうからな」


「むぅ? 私こう見えてもそれなりに強いですよ? ノケモノ人なんかに負けません!」


 シュッシュッと拳を振るって見せるパクリットだが、ニックはゆっくりと首を横に振る。


「駄目だ。確かに獣人であるお主の身体能力が優れているのは認めるが、それでも武器を持った四人に囲まれたらどうにもなるまい?」


「普通の人はその状況まで追い込まれたらどうにもならないですぅ! むしろそれをどうにかしちゃうニックさんがおかしいんですぅ!!!」


「そう言われてもなぁ。とにかくその程度の自衛能力がないのでは外には出ない方がいい。儂とて今日はもう出かけないからな」


「ぶー……わかりました。私のためにやってくれていることですし、大人しくしてるですぅ」


 不満そうな口調で答えるパクリットだが、その不満は決してニックに向けられたものではなく、何もできない自分に対する不甲斐なさの表れだ。


 そしてそれは、当然ニックにも正しく伝わっている。だからこそニックはその気持ちを少しでも軽くできないかと、魔法の鞄(ストレージバッグ)から鮮やかなオレンジ色の野菜を取り出した。


「何ですかそれは?」


「見ての通り、人参だ! 兎人族(ラビリビ)はこれが好きだと聞いたのでな。これでも食って元気を出すのだ」


「……いやいや、確かに好きか嫌いかで言えば好きですけど? でも馬じゃないんですし、生の人参をそのまま囓ったりしないですよ?」


「そうか。これは旅の途中で手に入れたウサチュール農場の特選人参だったんだが、駄目だったか……」


 ポソりと漏らしたニックの呟きに、ジト目だったパクリットの耳が強烈に反応する。


「ウサ……え、嘘ですよね? あれ一〇年先まで予約が一杯だったはずですけど?」


「そこはちょっとした伝手があってな。まあいらんというなら何か別の物を――」


「ウサチュール! ウサチュールの人参が欲しいですぅ! 生野菜はダイエットに最高なんですぅ!」


 獣人としての身体能力を全力で発揮し、ニックの手からパクリットが人参を奪い取る。その後は一口囓るごとにその味にうっとりと耳を垂れ下がらせ、パクリットの退屈な一日は気づけばあっという間に過ぎていくのであった。

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