父、ぼったくられる
「まったく酷い目にあったな」
「ですぅ……」
無事ガメッツィの町へと入ることのできたニックとパクリットであったが、二人の表情は妙に疲れていた。それというのも町に入る段階でもめ事があったからだ……
「銀貨一枚!? それは流石に高すぎるのではないか!?」
「いーや、正当な金額だ。嫌なら諦めて帰るんだな」
町へ入るための門。一〇人ほどの順番待ちの列に並びやっと呼ばれたニック達に提示されたのは、入町税としてはあまりに高額な金額だった。
「で、でも、ちょっと前に私が町に入るときに取られたのは銅貨一〇枚だったですよ? それが何で突然銀貨に?」
「それはあれだよ。天気が悪かったとか気分が乗らなかったとか、そんな理由さ。ま、上がどんな考えで入町税の額を決めてるのかなんて俺が知ったことじゃないしな」
抗議の声を上げるパクリットに、門番の兵士は横柄な態度でそう答える。
ちなみにだが、一般的な町の入町税はおおよそ銅貨三枚から五枚ほどだ。なので一〇枚ならギリギリ許容範囲内でも、銀貨一枚となるとおおよそ常識的な額ではあり得ない。
「ほれ、どうするんだ? 払わないならさっさと次の奴に順番を代われ。ちなみに、明日以降は金貨になるからそのつもりで」
「金貨!? そんなの払えるわけがないですぅ!」
門番の男の言葉に、パクリットが悲鳴の如き声をあげる。その隣ではニックが周囲を見回してみるが、明らかにこのやりとりが聞こえているはずなのに、他の兵士達がこの門番の男を咎める様子はない。
「つまり、これが常ということか。何ともはや……まあいい。ならばこれでいいな?」
「おっ? わかってるじゃないか。通ってよし!」
小さくため息をついてから、ニックは腰の鞄から銀貨を二枚取り出して門番の男に渡す。すると門番の男は嬉しそうに顔を歪め、碌な審査をすることもなくすぐにニック達を門の向こう……町の中へと押しやるのだった……
「申し訳ないですニックさん。完全に私のせいですぅ」
「まあ気にするな。お主が悪いわけではないからな」
『慌てて出て行く様を見られていて、すぐに戻ってきたことからどうしても町に戻りたい理由があると踏んで足下を見られたというところか。この国の兵士は小銭を稼ぐ目端だけは随分と優秀なようだ』
頭を下げるパクリットをニックが慰め、その腰からはオーゼンが呆れた声を出す。その意見にはニックも全く同意であり、だからこそ少しばかり頭を捻ることになった。
「ふーむ。しかしこの様子だと、冒険者ギルドなどで情報を集めるのも危ないかも知れんな。城に近づきさえしなければいけるかと思ったが」
「調べてるってわかっただけで、絶対難癖をつけられそうですぅ。でも、それならどうするですか?」
「決まっておろう。まともな相手に聞くのが駄目なら、まともでない相手に聞けばいいのだ! ということで、まずは宿だな」
「え? 何が『ということ』なのかが全然わからなかったんですけど!?」
「まあまあ、すぐにわかる。では、行くぞ!」
「ちょっ、待ってくださいニックさん!」
パクリットを引き連れ、ニックは大通りを進む。そうして少し奥まった所にある安宿に二部屋を取ると、ニックはパクリットを宿に残して一人町の暗い方へと足を運んでいた。
『おい貴様よ。何故あの娘を宿に残したのだ? 情報を集めるというのなら人手は多い方がいいと思うが』
「ははは、それもまた仕込みだ。っと、この辺がよさそうだな」
オーゼンの問いを軽く笑ってかわしたニックが足を止めたのは、貧民街の入り口とでも言うべき浅暗い場所。そこには適度に人通りがあり、道には幾人かの物乞いが座っている。
『ん? また情報屋を探すのか?』
「いや、今回はその必要はない」
そう小さくオーゼンに答えると、ニックは物乞いの一人に近づき、その前に置かれたボロボロの木箱の中に銅貨を一枚放り投げる。ニックの他にも施しをした者がいたのか木箱の中からはチャリンと言う音が聞こえ、それに合わせて物乞いの男がフガフガと口を動かした。
「ありがとうございます、旦那様」
「構わんとも。ところで一つ聞きたいことがあるのだが、いいか?」
「自分にわかることなら構いませんが……何をお聞きになりたいので?」
「なに、簡単なことだ。この町で一番大きな犯罪組織は何と言う名前なのだ?」
「犯罪組織、ですか……? この辺で一番名を聞くのは、闇蜘蛛ですかねぇ。私みたいな半端な落ちぶれ者じゃ名前を聞くだけの存在ですけど」
物乞いの濁った瞳がふらふらと宙を彷徨いながら答える。特に怯えたり言いよどんだりする様子がないのは、それ自体は別に秘密でもなんでもなく、この町に住んでいる人間ならば誰でも知っているような情報だったからだろう。
だが、続くニックの言葉に対する反応は違う。
「闇蜘蛛か。そこの首領というか頭というか、そういうのに会いたいのだが、どこに行けば会えるだろうか?」
「さぁ? そりゃ何処かに住んではいるんでしょうけど、私には見当もつかないですねぇ」
「そうか。いい話を聞かせてもらった。感謝するぞ」
言ってニックは追加の銅貨を木箱に入れると、少し離れた所に座っている別の物乞いの場所へと歩いて行く。そうしてそこでも銅貨を放ると、闇蜘蛛の首領に会うにはどうすればいいのかという質問を繰り返すが……
「そんなの知らねぇよ。知ってるのなんて組織の幹部くらいなんじゃねぇか?」
「勘弁してくださいよ旦那。俺等みたいな物乞いがそんな偉いさんとつるめるわけないじゃないですか」
「むかーしちょこっとだけ関わったことがありますけど、自分等が顔を合わせられるのは精々集金係くらいでさぁ。首領なんてとてもとても……」
「ふむ、やはり一足飛びにとはいかんか」
返ってくるのは一様に「知らない」という言葉ばかり。結局近くにいた全ての物乞いに話しかけ終わり、ニックはそのままあてどなく薄暗い通りを歩き続けていた。
『組織の首領などそう簡単に会えるわけがなかろう? 答えの分かりきった質問を繰り返す理由は何だ? 一体何をしようとしているのだ?』
「ふふふ、これは『釣り』だ、オーゼン」
『釣り?』
「そうだ。今ので餌は十分に撒いた。そして釣り針である儂はこうして奴らの生息域……暗い道をふらふらと歩いておる。となれば後は……」
「おうオッサン。ちょっといいか?」
不意に路地の向こうから、ニックの進路を塞ぐように男が姿を表す。周囲には更に幾人もの殺気を帯びた気配があり……それを感じてニックはニヤリと笑う。
「ほれ、かかったぞ。くっくっく……」
「何だオッサン、何がおかしい?」
仲間内では強面で通っている自分を前に何故か笑い出した筋肉親父に、男がいぶかしげな視線を向ける。
「いや、予想以上に動きが早くて感心したところだ。で、お主達は闇蜘蛛とやらの人間で間違いないのか?」
「テメェ……自分の立場がわかってんのか?」
「わかっておるとも。組織の名を出し直接情報を嗅ぎ回られたら、お主達のような立場では絶対に姿を表すしかないからな。それでも一日くらいはかかるかと思っていたが、まさか鐘一つ分もかからず現れてくれるとは。随分と手間が省けたわい」
「……どうやら話をする前に、先に少し痛い目をみねぇとわかってもらえねぇようだな。おい、お前等出てこい」
「いいんですかい兄貴? 姉御には最初は穏便にって言われてましたけど」
「俺がいいって言ったらいいんだよ! さっさと出て来やがれ!」
「へ、ヘイ!」
苛立った男の言葉に、路地の影からニックを囲むように追加で三人の男が姿を表す。その全員がナイフを手にしており、その切っ先はニックに向けられている。
「身の程を弁えて大人しくするっていうならちょいと脅して仕舞いにしてやるつもりだったが……恨むんならテメェの馬鹿さ加減を恨むんだな! お前等、適当に痛めつけてやれ!」
「「「ヘイ!」」」
上役の男の号令の下、ニックに向かって三人の手下が一斉に突撃してくる。その一方的な蹂躙劇は、誰もが予想した通りあっという間に片がついた。