父、教える
「ワイバーンの解体とは、このようにするんですね……」
馬車から魔法のランタンを運び出し、日の落ちた暗闇の中で手際よくワイバーンから魔石を取り出していく護衛達に近寄り、キレーナが感心したような声をあげる。
「姫様、危ないですからあまり近寄ってはなりません」
「そうそう。それにこんな血がドバーッと出て肉がデロンとなるような光景、見てても楽しくないでしょ?」
「それは確かに……で、でも私が助けていただいたというのに、私だけ何もせずにいるというのも……」
「ワッハッハ! 良いではないか。これもまた経験と言う奴だ」
護衛達の言葉に食い下がるキレーナを見て、森から新たなワイバーンの死体を運んできたニックが笑いながら言う。
「ニック殿! 貴殿には感謝しておりますが、姫様にそのようなことを吹き込むのはおやめ下され!」
「そうか? だが経験というのは積めるときに積んでおいた方が後の為になるぞ? 人生何が役に立つかわからんからな」
「それはそうですが……いえ、しかし姫様にこのようなことを……」
ニックの言葉に、ガドーは手を動かしつつも難しい顔をする。ニックの言うことは間違いないが、かといって王女に魔物の解体などをさせていいものなのか。悩めば悩むほどその眉間のしわが深まっていく。
「なら本人に聞けば良いではないか。どうだキレーナ王女よ、やってみるか?」
「いいんですか!?」
「無論だ。儂が優しく丁寧に教えてやろう!」
「ガドー……」
ねだるような視線でキレーナに見つめられ、ガドーの眉間のしわが極限まで深くなる。そのまましばし動きがとまり、遂にガドーはその視線に負けた。
「あーっ! わかりました。ですが陛下や殿下には内緒ですよ?」
「はいっ! ではニック様、宜しくお願いします!」
「うむ。ではここに座るがいい。そうしたらこのナイフを持って……そうだ、力を入れすぎないようにな」
「はい……わっ、わっ、ナイフが入っていきました!」
ニックは自分の隣にキレーナを座らせると、その手を取ってナイフを握らせ、丁寧に解体の仕方を説明していく。全く似ても似つかない二人だが、その雰囲気はどこか親子のようでもあった。
「隊長、こっちは終わりました……って、何やってるんですか姫様!?」
「マモリア! 今ニック様にワイバーンの解体の仕方を教えていただいているんです」
「何故姫様がそのようなことを!? ちょっと隊長! 何やってるんですか!」
「仕方ないのだ。これは姫様が望まれたこと。姫様のご意志、ご命令であれば私としては従うしか……」
「姫様におねだりされたら断れないよねー。ま、大丈夫でしょ。僕達も見てるし、それに女の子は血に強いってうぉぉ!?」
苦渋の表情をしつつもそっと顔をそらしたガドーはともかく、軽口を叩いたシルダンの鼻先をマモリアが投げたナイフがかすめていく。
「あっぶな!? ちょ、何するのさマモリアちゃん!?」
「今の先輩の発言はセクハラです。次に言ったら軍法会議に事案を提出させていただきます」
「軍法会議!? 前から思ってたけど、マモリアちゃん僕にだけ厳しくない?」
「先輩の気のせいです」
「お前達……口よりも手を動かせ。このままでは深夜までかかってしまうぞ?」
『はーい……』
そんな風に護衛達がじゃれ合っている中、ニックの指導によるキレーナのワイバーン解体は着々と進んでいた。
「ここを……こうっ!」
「おぅ、上手いぞ! なかなか才能がありそうだな」
「えへへ……ありがとうございます」
楽しそうに教えるニックに、キレーナもまた上機嫌だ。初めての魔物解体という普通ならひるみそうな行為に対し、悪戦苦闘することすら楽しむようにその手を動かし、そして遂に――
「取れました!」
「おお、やったな!」
自らの取り出した魔石を手に、キレーナが喜びの声をあげる。思わずその頭を撫でてしまったニックだったが、キレーナはただ嬉しそうに微笑んでいる。
「流石姫様! 見事なお手前で!」
「姫様やるー!」
「大丈夫ですか姫様? 何処かお怪我をなさったりは?」
「大丈夫です! これがワイバーンの魔石……」
「なんだ、まさか魔石を見るのが初めてだなどとは言うまい?」
「それは勿論見たことがありますが、ですが初めて自分の手で取りだしたとなれば、特別に感じて当然ではありませんか!」
「ハッハッハ、そうだな。ふーむ、ならばその魔石はキレーナ王女に進呈しよう」
「えっ!? 良いのですか!?」
「うむ。王女に贈るほどの品ではないが、まあ記念だからな」
ワイバーンの魔石の冒険者ギルドでの買取額は銀貨一枚だ。普通の銅級冒険者であればかなりの金額だが、普通では無いニックにとってはさしたる出費ではない。
「ありがとうございますニック様! 大切に……大切にしますね! 見てマモリア! これを私が取り出したのですよ!」
元気よく立ち上がったキレーナが、瞳を輝かせながら女性の護衛の方へと走っていく。その姿を懐かしそうな瞳で見送るニックに、ガドーがそっと近寄ってきた。
「感謝します、ニック殿。まさかかようなところで姫様の笑顔を見られるとは……」
「儂は大したことはしておらぬよ。強いて言うなら昔娘に教えた経験が生きたというだけのことだ。な? 人生何が役に立つかわからぬであろう?」
「はは、確かにそのようですな」
ニックの言葉にガドーが笑顔で返し、そうしてしばし沈黙が満ちる。
「……して、何故このようなことになったのだ?」
「何故、とは?」
「決まっておろう。何故王女などという人物がこんな所にやってきたのだ? 冒険者ギルドに依頼が出来なかったのはわかる。王女やその側近たる護衛の名で依頼を出せば、どんな輩が群がってくるかわかったものではないからな。
だが、そうであっても普通であればお主達護衛だけが卵を取りに来るのが当然ではないか? そこに何故王女本人がいるのだ?」
それはニックが当初から抱いていた疑問だった。今まで聞いた情報のなかに、「王女がわざわざワイバーンの卵を取りに行く」理由が無い。であれば何故そんなことになったのかがニックには気がかりだった。
「それを聞いてどうされるおつもりで?」
「ふーむ。どうと言われると困るな。何かするかも知れぬし、何もせぬかも知れぬ。そもそも何も出来ぬということだってあるであろう? 殴って解決するのであればそうしてやっても構わんが」
「いえ、それは流石に……というか、何故そこまで姫様に肩入れを? 二つの願いのうちもう一つは、一体何を願うおつもりなのですか?」
真剣な表情でニックを見つめるガドーには、感謝と共に警戒心も満ちている。ガドーにとってのニックは、王女を助けた恩人であると同時に恩を売って王女に近づく正体不明の存在でもあるのだ。
「もう一つの願いは……別に隠す理由は全く無いのだが、すぐに言うことになるからその時で良いであろう。そして何故にキレーナ王女を助けたいと思うかだが……」
そこで一旦言葉を切ると、ニックは空を見上げた。月は大分高く昇っており、数え切れないほどの星が瞬いている。
「ちょっと前まで、儂は娘や他の仲間達と一緒にパーティを組んでいたのだが……娘に『お父さんは大雑把過ぎる』と怒られて追い出されてしまってな。他の仲間にも『お前は娘に構い過ぎる』と言われ、やむなく娘と別れたのだが……そのせいで何というか、娘分が足りないのだ」
「む、娘分ですか? えっと……父性愛というか、庇護欲の様なものでしょうか?」
「まあ、そんなものだ。そこに気を張って頑張っている王女を見てな。何となく助けたいと思ったのだ……内緒だぞ?」
「わかりました。私の胸の内にだけしまっておくことにしましょう」
ニックの言葉が真実かどうか、ガドーには判断がつかない。それでも「父親」の顔を見せたニックに、ガドーは少しだけ信頼を寄せてみることにした。
(この御仁ならば、姫様の力になってくれるだろうか……?)
「さあ、いつまでも話していては作業が終わらんぞ! 儂は残りのワイバーンを運んでくるから、解体の方は任せたぞ!」
「お任せ下さいニック殿」
照れくさそうな顔をして森に消えていくニックの背を、ガドーは淡い期待を込めて見送った。





