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父、言い分を聞く

「テメェ、どういうつもりだ? ってか、どこから現れた!?」


 三人の中でいち早く正気を取り戻した男が、ニックに向かって抜き身の剣の切っ先を向けつつそう問う。


「むーん? どこからと言われれば森の奥からだな。そしてどういうつもりかと言うのなら……それはこちらの台詞だ。お主達こそ、この娘に何をしておったのだ?」


「それは勿論、職務の遂行だ。俺達はゴーダッツ王国、王都ガメッツィ所属の警備兵。そしてその女には王城にある宝を盗み出そうとした犯罪者だ」


「何!?」


 あまりにも予想外の男の答えに、ニックは思わず変な声をあげてしまう。そのまま足下にへたり込んでいる女性の方に顔を向けると、その女性はぷるぷると凄い勢いで自らの顔を横に振った。


「ち、違いますぅ! 私はただお城にあるお宝の話を聞いただけなのに、その人達がいきなり捕まえようとしてきたんですぅ! しかも倒れて動けない私に嫌らしい手つきで触ってきたり、挙げ句には捕まえて娼館に売り飛ばすとか言われたですぅ!」


「そうなのか?」


「……それはお前がどっちの言い分を信じるか、だ」


「むぅ……」


 兵士の男の答えに、ニックは唸り声をあげて考え込む。思わず殴りつけてしまうほど嫌らしい笑みで女性を弄んでいた男を見ているだけに、状況証拠だけみれば女性の言い分の方が正しそうに思える。


 だが、相手が国の正規兵となると多少話が違ってくる。女性の言い分が本当か嘘かに関係なく、基本的には兵士の証言の方が重視される。国に仕える人物とそれ以外の人物では発言の重さが違うのはどこの国でも変わらない。


 勿論、だからこそ兵士の側が嘘をついていれば厳罰に処されるのだが、それは抑止力にはなっても嘘をつかないという保証にはならない。結果ニックが今頼れるのは、自分の人を見る目くらいのものだ。


「うーむ。先ほどの様子からして、お主達に義があるとは何とも思いづらいのだが……」


「あ、あれは! 俺達だって驚いたんだ。まさかあいつにこんな性癖があるとは……」


「ああ、俺も全然知らなかったぜ。完全に目がイッちゃってたもんなぁ」


「本気で怖かったですぅ」


 ニックの言葉に、男達のみならず獣人の女性までもがしみじみとそう言う。こうなるとあの男の行動すら判断材料として弱くなってしまうため、ニックはほとほと困り果てるのだが……


「あっ! そいつ! そいつが私の魔法道具を盗んだんですぅ!」


「は!? 何を突然!?」


 不意に倒れている女性が男の一人を指さし、男があからさまに動揺する。そんな男にニックが胡乱な視線を向けると、男は慌てて弁明を口にした。


「そうなのか?」


「ち、違う! これは……その、あれだ! 拾っただけだ!」


「拾ったってことなら、返してくれるんですよね?」


「うぐっ……だ、だがこれがお前の持ち物と証明されなければ……」


「ふふーん! その魔法道具は私達兎人族(ラビリビ)じゃないと使えない奴ですぅ! 獣人領域からまだそれなりに離れているこの国で、私以外に兎人族(ラビリビ)の旅人がいて? その人がたまたま大事な魔法道具を落として? それを貴方が都合良く拾って今持ってると? へー、それはまた凄い偶然ですねぇ?」


「ぐぐぐっ……」


 挑発するように言う女性に、兵士の男が悔しげに顔を歪める。するとその様子を見ていた別の兵士が、その兵士の肩に手を置いてゆっくりと首を横に振った。


「なあ、もういいだろ。これ以上遊んでると、また隊長に怒られるぜ?」


「でもよぉ! せっかくの……」


「引き際も肝心だぜ? そりゃ俺だって悔しいけど、これ以上粘っても……なぁ?」


 そう言いながら、兵士の視線が目の前に立つニックの方へと向けられる。見事な装備に身を包んだ巨躯の剣士は、自分が一〇〇回死んでも勝てる気がしない。そんな相手に逆らってまで小遣い稼ぎに拘るのはよほど頭の悪い自殺志願者くらいにしか思えず、兵士の男はそこまで愚か者ではなかった。


「……チッ。ほらよ」


「うわっ!? ちょ、投げないでくださいよぅ!」


 腰の鞄から取り出した魔法道具を兵士の男が乱雑に放り投げ、倒れていた女性は素早く身を起こすとそれを空中でキャッチする。自らの手に大事な魔法道具が戻ってきたことにホッと胸をなで下ろすと、女性はそれを大事そうに懐へとしまい込んだ。


「よかった……本当によかったですぅ」


「じゃ、俺達はもう行くぜ。だがオッサンはともかく女! お前がまた変な事を聞いて回るようなら、今度こそ捕まえるからな! ほれ、行くぜ」


「ちょっ、待てよ! てかコイツどうするんだよ!」


「知らねーよ! 適当に担いでいけばいいだろ?」


「お前馬鹿か!? 鎧着た男を担ぐとか、どんだけ重いと思ってんだよ! 待て、待てって! くっそ!」


 悪態をつきつつも、兵士の男達が去って行く。その背が見えなくなるまでその場で立ち尽くすと、ようやくにして獣人の女性がニックの方へと向き直り、深々と頭を下げてきた。


「ありがとうございました。おかげで助かりました」


「うむ。まあ無事で何よりだが……結局の所あの男達の言っていたことはどこまでが本当だったのだ?」


「それは……」


 まっすぐなニックの問いに、獣人の女性は長い耳をピコピコと振りながらそっと視線を逸らす。


「私の言い分もあの人達の言い分も、大体全部本当ですぅ。魔法道具はあの人達から逃げる間に私が落としたものですから、拾ったっていうのもまあ嘘ではないですしね」


「なるほど、屁理屈も理屈というところか。では、お主が城の宝を盗み出そうとしているというところもか?」


「……そうです」


 普通ならば、こここそが視線を逸らす場所だっただろう。だが獣人の女性はこの言葉をこそニックの目をまっすぐに見て告げる。


 だからこそ、ニックは待つ。そこに続く言葉、彼女がどんな思いを抱えているのかを聞くべく、無言のままで待ち続ける。


「あのお城には、私達兎人族(ラビリビ)の里から盗まれた秘宝があるはずなんです。だから私は、どうしてもそれを取り返したくてここにやってきたんです」


「盗まれたからといって、盗み返せば犯罪だ。それは理解しているのか?」


「勿論です。たとえ汚名を被っても、どんな手段を使ってでも取り返したい物がある……その覚悟を持って私はここにやってきたんですぅ」


 そこで女性が言葉を切ると、しばし無言で二人の視線がぶつかり合う。その均衡を崩したのは、フッと小さく笑ったニックの方であった。


「わかった。ならばもう少し詳しく話を聞かせてくれぬか?」


「何故ですか? 確かに助けてくれたことには感謝してますけど、それ以上に話を聞いたりしたら貴方も巻き込まれちゃいますよ?」


「そうなのだろうが、そんな話を聞くだけ聞いて別れるのもなぁ。気になって仕方がないではないか」


「えっ!? それはひょっとしてこの私に惚れちゃったってことですか? うーん、この魅惑の耳と尻尾はノケモノ(びと)すらたぶらかしちゃうんですねぇ。ふふふ、罪作りな女ですぅ」


「そんなことは言っておらんぞ!?」


 突然体をクネクネとくねらせ始めた女性に、ニックは慌てて否定する。だがその声がまったく聞こえていないのか、女性の言葉は止まらない。


「でもでも、私の体は未来の旦那様のために清いままでとっておきたいんですぅ。だからお礼といっても耳と尻尾を触るくらいで許してくれれば……あ、でもどさくさに紛れてちょっとお尻を触るくらいなら……」


「触らぬ! 儂は何も触らぬし、そんな気はないと言っておろうが!」


「またまたぁ! 我慢しなくてもいいんですよ? 減るものでもないですし」


「減るのだ! 儂の心がなんかこう、減るのだ!」


『はっはっは。まさに類は友を呼ぶという奴だな』


「ぐぅぅぅぅ……」


 腰の相棒からの言葉にツッコミを入れる暇すらなく、ニックはやたらとくねってくる女性の対応にしばし追われることになった。

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