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父、割って入る

 バン達と別れ、獣王国への旅を再開したニックとオーゼンだったが、その姿は街道ではなく、何故かまたしても深い森の中にあった。と言うのも、別れ際にバン達からいくつかの古代遺跡の場所を教えてもらい、それを巡っている最中だからだ。


「ふーむ。この辺のはずなのだが……どうだオーゼン?」


『何も感じぬな。この分だとまたはずれかも知れんな』


 既に三つの遺跡を巡り、その全てがただの遺跡だったことにより、ニック達の期待はそれほど高いものではない。が、元々が「百練の迷宮」への入り口であれば儲けものという程度の心づもりであったため、別段落胆ということもない。


『しても、貴様もなかなかに考えたな。まさか探索済み(・・・・)の遺跡の場所を聞くとは』


「ハッハー! まあな」


 感心するようなオーゼンの言葉に、ニックは得意げに笑う。未調査の遺跡の場所となれば、それは歴史学者にとって何より秘匿すべき重要な情報となる。ニックが聞けば教えてくれたかも知れないが、今回のように下手に踏み込むと倒壊してしまう遺跡もある以上、ニックとしてもそれを強引に聞き出すのは憚られた。


 だが、既に調査が終わっている遺跡であれば話は別だ。内部は調べ尽くし宝の一つも残っているわけではない遺跡の場所など、どれだけ教えても困らない。


 そして、ニックにとってはそこに十分な価値がある。「百練の迷宮」への入り口である転移陣はニックが近寄らなければ……正確にはオーゼンが側になければ起動しない。つまり未調査だろうと調査済みだろうと、迷宮への入り口の存在する確率は同じなのだ。


 結果としてニックはバンとモンディから幾つもの遺跡の場所を教えてもらうことができ、今はその中でも獣王国への道すがらにあるものを巡っていたのだが……今のところその全てに「百練の迷宮」への入り口はなかった。


「まあ、気楽にいけばよかろう。こういうものは見つかるときは見つかるものだしな」


『うむ。歴史学者に新たな知己を得たというのも大きいしな。彼らが頑張ってくれれば、それだけ我もまた真実に近づける。己の力だけで全てを解き明かせると思うほど我も思い上がってはおらぬからな』


「そうか。まあ、それも含めてのんびりいけばいいのだ。意外なところであっさりと情報が手に入ったりもするものだしな。ということで、探索の続きを――」


「キャー!」


 不意にニックの耳に甲高い女性と思われる悲鳴が届く。ただそれだけでニックの体は即座に警戒態勢となり、瞬きをする間には声のした方向にかなりの速度で駆け出していた。


『な、何だ!? どうした!?』


「悲鳴だ! こっちの方で……いたぞ!」


 深い森の木々の間を、風のようにニックの巨体が駆け抜けていく。するとその眼前には、二人組の男に襲われていると思わしき女性の姿が目に入った。





「いい加減観念しやがれ!」


「そう言われて観念する馬鹿なんていないですぅ!」


「へっ。そんな強がり言ったところで、あとどれだけ持つってんだよ?」


 白い体毛に覆われた腕から血を流す女性に、完全武装した男四人が囲むように立ちながら余裕の口調でそう言い放つ。如何に相手が身体能力に勝る獣人とはいえ、ここから状況をひっくり返せるとは思えなかったからだ。


(何とかこの場だけでも切り抜けられれば……でも……)


 そして、その判断は間違っていない。頭頂部に生える長い耳と、紅玉の如く真っ赤な目を持つ獣人、兎人族(ラビリビ)の彼女にとって、ノケモノ(びと)を振り切って森を駆け抜けるなど本来ならば簡単なことだ。


 だが、今はそれができない。攻撃をよけた時にうっかり道具袋を切られてしまい、そこからこぼれ落ちた大事な魔法道具をこの男達に拾われてしまったからだ。


 今奪い返さなければ、きっと二度と己の手には戻ってこない。だが流石に四人を相手に勝つのは無理だ。矛盾する二つの思いが焦りを生み、その結果腕を切られることで状況は更に悪化した。


(どうすれば……どうすればいいですかぁ?)


 考えても考えても、この状況を打破する考えなど浮かばない。足が動くうちに走って逃げろという本能と、どうしても魔法道具を取り返さなければという理性がせめぎ合い、獣人の女性はその場を動くことができない。


「どうした、何もしねぇのか? ならそろそろこっちからいくぜ?」


「っ!?」


 そんな風に思考が上滑りしていたためか、気づけば女性は四方を男達に取り囲まれていた。己のあまりの迂闊さに舌打ちをしたい気分だったが、もはやそんな余裕すらない。


「おい、殺すなよ? できれば派手な傷も無しだ。足の腱だけ切って逃げられなくすりゃ、娼館に高く売れるだろうしな」


「おいおい、いくら女とはいえ獣人だぜ? 客なんかつくのかよ?」


「あ? 何言ってやがる。獣人だぞ? いくらでも客がつくだろうがよ」


「は?」


「お?」


 見解、あるいは好みの相違から、女性を囲んでいた四人のうち前方と右側の男が険悪な表情でにらみ合う。そうして生まれた一瞬の隙を見逃すこと無く、女性は己の足に全力で力を込めた。


(死んだら全部終わりなんだから、今は逃げるしかないですぅ!)


 基人族の数倍の脚力を持って、兎人族(ラビリビ)の女性が踏み切る。その爆発的な加速は一気にこの場から飛び退けるはずであったが……


「あぐっ!?」


「逃がすわけねーだろボケ!」


 いつの間にか……本当にいつの間にか、自分の足に縄が結びつけられていた。それに気づかず走り出してしまったため、女性は顔面から思いきり地面に倒れ込む。


「鼻! 鼻が! うぅ、鼻を思いっきり打ったですぅ……」


「まったく油断も隙もねーぜ。おいお前等、いい加減にしろ! この俺の華麗なロープテクニックがなかったら逃げられてるところだぞ!」


「チッ、仕方ねぇな。今は一時休戦ってことにしておいてやる」


「オウ。今度獣人の女の良さをたっぷりと教え込んでやるぜ。例えば……」


「うひっ!?」


 嫌らしい笑みを浮かべた男が、倒れ込んでいた女性の尻に生えている尻尾を鷲づかみにする。ズボンの尻尾穴から顔を出す大人の握りこぶしほどの大きさのそれは、兎人族(ラビリビ)の女性にとって最も敏感な部位のひとつだ。


「おぉぅ、スゲーもふもふだぜ。ああ、たまんねぇな……」


「あうっ!? ちょ、やめ! やめて!」


「このなめらかな毛の手触りに、その奥にある本来の尻尾のコリコリした感触! たまんねぇ、たまんねぇぜ!」


「うぅ、めっちゃ気持ち悪いですぅ! あぅあぅあぅ……」


 敏感な尻尾からの刺激と男に感じる圧倒的な生理的嫌悪感に、女性は地面に倒れたままビクビクと体を震わせている。そして女性を捕らえる絶好の機会を前に、仲間の性癖を目の当たりにして残りの三人はドン引きして動けない。


「ほれほれ、ここか? ここがいいのか?」


「あふんっ! きゃっ!? も、もう駄目! お願い、助けて! 助けてー!」


「へっへっへ、こんな森の奥に助けなんて……げふっ!?」


 下衆な笑い声を上げていた男の姿が、突如として消える。一瞬遅れてバシンと大きな音がしたかと思えば、すぐ側の木に男の体が叩きつけられ、そのままぐったりと地面に倒れ込んでしまった。


「……は!? え、な、何だ!?」


「だ、誰だお前!?」


 そうして仲間の代わりに姿を現したのは、身長二メートルを超える巨漢の筋肉親父。


「さあお主達。今何をしていたのか、きっちりと説明してもらうぞ?」


 男を殴り飛ばしたポーズのまま顔を上げたニックは、そう言いながらギロリと男達を睨み付けた。

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