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帝国宰相、準備をする

「――以上が今回の遠征の成果となります」


「そ、そうかい。あー、あれだよ、お疲れ様」


 帝都オチブレン。ザッコス帝国を統べる若き皇帝の座す謁見の間にて、魔導鎧に身を包みひれ伏す男に対し、皇帝マルデ・ザッコスは一欠片の威厳も感じられないねぎらいの言葉を投げかける。


 だが、それに対して男は反応しない。この場の真の主の言葉を、ただじっと顔を伏せて待つ。


「うむ。よい働きだったぞ将軍。今後も忠勤に励むがよい」


「ははっ! ありがとうございます、宰相様。では、失礼致します」


 ザッコス帝国宰相、カゲカラ・アヤツールの言葉に、将軍は一礼してから謁見の間を去って行った。その場に余人がいないことを確認し、カゲカラは皇帝マルデに改めて声をかける。


「どうやら結果は上々の様子。これならば更に軍備に力を入れるべきでしょうな」


「えっ!? まだ!?」


 重々しいカゲカラの言葉に、マルデが驚きの感情を露わにする。それに対してカゲカラの眉がピクリと持ち上がるが、それは皇帝ともあろう者がみだりに感情を露わにしたことではなく、自分の言葉にマルデが異を唱えるような反応を見せたからだ。


「何か問題がございますか? 陛下」


「だ、だって、この前も軍備予算だって言ってもの凄い額を要求してたよね? そこから更に追加って、それ大丈夫なの?」


「無論です。帝国はこの世界で最も大きく、最も偉大な大国です。この程度の予算でどうにかなることなどありません。むしろこの程度の予算は割いて当然でしょう。自国の民を守るのは結局は自国の軍しかないのですから。


 それとも、陛下はこの国をギリギリス王国のようにしたいのですかな?」


「それは違うけど……でも、ほら、そんなにお金を絞ったら、民衆がお腹を空かせちゃうかなーって。思わない? 思わないかな?」


 王座に座るマルデが、側に立つカゲカラの顔を見上げるようにしながら言う。そんなマルデに対し、カゲカラは一つ大きくため息をついてから答えた。


「はぁ……その辺は万事私が調節しておりますので、問題ありません。そもそも民とて自らを守る兵のために金を惜しんだりはしないでしょう。惜しむようならそれはただの非国民です。そんなものは首をはねるか奴隷に落として強制労働させればいい」


「奴隷って! それはあんまり……」


「お父上……亡き先帝陛下であれば、きっとそうされたでしょう」


 カゲカラの決め台詞(・・・・)に、マルデが一瞬顔を歪めてから俯いてしまう。


「そうか。父上ならば、そうするか……わかった。ではそのようにしてくれ」


「畏まりました」


 恭しくマルデに一礼しつつ、カゲカラは今日も己の調教(・・)の成果に内心で満足げに笑う。カゲカラの長年の教育のおかげで、マルデはほどほどに無能で、だが予想外なことをするほどに愚かではないという理想的な状態に仕上がっている。


 しかも、若くして帝位に就いた……政治の世界では三〇にも満たない男など鼻たれ小僧扱いだ……おかげで、己に対する自信のなさに拍車がかかっている。ならばこそ父の名を出せば適当な理屈をこね上げることなくほぼ無条件で従わせられるのは、カゲカラにとって嬉しい誤算であった。


(屁理屈も理屈。今更余計な知恵を身につけられては操りづらいからな……っと)


「では陛下。私はまだ仕事が残っておりますので、本日はこれで」


「あ、そうなの? わかった。じゃ、またね」


「失礼致します」


 改めて一礼すると、カゲカラは謁見の間を出て自らの執務室へと歩き出す。そうして部屋に辿り着くと、ようやく一息とばかりに大きく立派な椅子にその腰を落ち着けた。


「ふぅ……」


 本当にまだ仕事は残っているのだが、それでも愚か者の相手に多少の疲れを感じたカゲカラは棚からワインを一本取り出し、高価な硝子製のグラスに注ぐ。透明な硝子は血のように赤いワインの色をより一層鮮やかに見せつけ、芳醇な香りと共にカゲカラの疲れた心を存分に楽しませる。


 それと同時に、カゲカラは執務机に据え付けられた小さなベルを手に取り振った。それは如何なる音も立てなかったが、カゲカラがワインを楽しみ終わる前には執務室の扉がノックされる。


「お呼びにより参上致しました」


「入れ」


 誰だなどと名前は聞かない。自分が呼んでもいないのにここに来る者などただの一人としていないとカゲカラは確信しているからだ。実際扉を開けて入ってきたのは、今のベルで呼び出した二〇代前半の男……カゲカラの息子、ウラカラであった。


「ウラカラ、例の件はどうなっている?」


「進捗率はおおよそ七割といったところです。燃料とする魔石の方は資金さえあればどうとでもなりますが、魔導鎧の核として加工できる魔石となると、単純にそれを宿す高位の魔物の数や、それを倒せる冒険者の数が問題になりますので」


「そうか……ならば三倍までは許容する。質を優先して買い取り数を増やせ。半年以内には勝負に出るぞ」


「畏まりました」


 一礼して、ウラカラが部屋から出て行く。そこに当然あるべき親子の会話などというものは彼らの間には存在しない。自分が死んだ後に息子がその権力を引き継ぐのだろうとは思っていても、自分が生きている間にわざわざ何かをお膳立てしようなどというつもりはカゲカラには一切無かった。


 そうして息子が去り、再び部屋に一人となったカゲカラはもう一杯グラスにワインを注ぐ。何もかもが思い通りにいっている今、間近に迫る悲願の時を思えばその一杯の味はまさに格別だ。


「ふふ、半年……そう、半年だ。もう半年で準備が整う。一〇〇年かけても無理だと思っていた準備が、僅か半年……ふふふふふ……」


 魔物の男がもたらし、道化の男が完成させた魔導鎧の効果はカゲカラの期待を遙かに上回る出来だった。魔族領域に隣接し、日々戦いに身を置くような国々に援助の名目で幾度も派兵し試験を繰り返したが、その戦果は目を見張るばかり。今や魔導鎧を身につけた帝国軍は世界中のどんな軍隊よりも圧倒的に強いと確信を持って言える。


 ならば、その最強の軍を以て何を成すか? 人類の先兵として魔族領域に攻め込み、勇者の勝利への最大の立役者となる? 無論それも可能だろう。だがカゲカラはそんなものを望まない。


「魔族と戦い、勝ってなんとなる? 仮に魔族領域が手に入ったとしても、帝国とは地続きにならぬ飛び地のうえに、人の手の入っていない荒れ地など開拓にどれほどの金と時間がかかるか。他国からの上辺だけの賞賛と手間ばかりかかる土地などいらぬ。そんなもの欲しい奴らにくれてやればよい。そんなものより……」


 カゲカラはクッとグラスの中身を飲み干すと、そのままワインの瓶に手を伸ばす。三度満たされたグラスは、尽きることのない栄光をカゲカラに予感させた。


「そう、あるではないか。魔族よりも簡単に勝てて、魔族の地よりよほど魅力的な整備された大地が。魔導兵を用いて周辺諸国に覇を唱える! 今こそ我が(・・)帝国が、再びこの世界で最も偉大な国として返り咲くのだ!」


 手にしたグラスをランプの明かりにかざせば、波打ち揺れるその赤はまるでこれから流れゆく大量の血潮のようだ。ならばこそカゲカラはそれを飲み干し己の力とする。世界制覇の犠牲となる幾万もの貴い犠牲は、全て己の身の内に。


「クックック。見ているがいい、平和ぼけした内地の大国共よ。このカゲカラが無敵の軍を率いて、その全てを平らげてくれよう。人の国を制したならば、改めて魔族を殲滅するのも悪くない。あの小生意気な勇者の小娘も、そうなれば尻尾を振って我が前にひれ伏すことだろう。ハッハッハ。ハーッハッハッハッハ!」


 完全な防音の施された執務室に、カゲカラの高笑いが響く。気持ちよく酔いの回ったその頭には、人も魔もあまねく全てが己の前にひれ伏す幻想がありありと思い浮かべられていた。

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