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父、山分けにする

「に、ニック君!?」


「ニックさん! よかった!」


「おぉぅ、どうしたのだ!?」


 妙に驚いているバンとやたらと喜んでいるモンディに、ニックは戸惑いの表情を浮かべる。たかだか一〇分程度待たせたくらいでここまでの反応をされるのは、ニックからすれば少々予想外であった。


 そうして戸惑うニックに、モンディが飛びつかんばかりに近寄ってくる。


「だってバンが、ニックさんはもう来ないかも知れないって言って……」


「む? 何故だ?」


 不思議そうに問うニックに、モンディの後ろに控えたバンが苦しげな表情で言う。


「……あの魔法陣の魔力は明らかに限りがあると思ったんだ。それが最後まで保つかどうかは、賭けでしかなかった」


 ニックに魔法陣と仕掛けの説明をしている最中、バンはその内心で激しく思考を巡らせていた。先に行って未知の危険に立ち向かうか、最後まで残って既知の危険に備えるか……考えに考え抜いた結果が「一番対応力の高い自分が先に行くのが全員の生存確率が最も高い」というのが答えだったのだが、そこに「自分が助かる可能性も一番高い」という要因が無意識下に含まれていたことは到底否定できるものではない。


「あの時説明しなかった以上、今更何と言われても仕方が無い。だが私は――」


 厳しい口調で言うバンに、しかしニックは大きな手をかざしてその言葉を遮る。


「いいのだ、バン殿。この遺跡に入ったときに話してくれたではないか、自分が先頭に立って罠を解除するのが一番確実だと。


 誰しも自分の命を一番に思うのは当然だ。だがその上でなお、バン殿は皆が生き残れる最善を示し続けてくれた。そんな男の判断に今更文句などありはせんよ」


「ニック君……」


 笑顔で答えるニックに、バンの胸には熱いものがこみ上げてくる。ほんの数日とはいえ、命の危険のある場所で共に助け合った男達の間には、確かな友情と信頼が芽生えていた。


「あ、でも、こうして戻ってきたってことは、魔法陣の魔力は大丈夫だったってことよね? その割に戻ってくるのが遅かったのはどうして?」


「ふっふっふ、それはな……」


 モンディの言葉に、ニックは意味ありげにニヤリと笑うと、肩にかけた魔法の鞄(ストレージバッグ)から今回の戦利品(・・・)を次々と取り出していく。


「こ、こ、これは……っ!?」


「うそっ、何で!?」


「ハッハッハ、こういうことだ!」


 この数日で一番の驚き顔を見せる二人の前で、ニックが渾身のどや顔を決める。そこに並べられたのは、諦めるしかないと言われた件の宝物庫の宝の数々だ。


「実はな、儂が転……じゃない、魔法陣に入ろうとした時に、宝物の中に見覚えのある石を見つけてな。そいつは砕く事で魔法道具に瞬時に魔力を込めるという効果のあるもので、そいつを使えば宝を取り尽くした後でも魔法陣が起動するのではないかと思ったのだ! そしてその結果は……」


 言いながらニンマリと笑うニックだったが、二人の歴史学者の視線は目の前のお宝に釘付けのままだ。


 ちなみに、当然だがそんな石は存在していない。あの時交わされたやりとりの真実は、これだ。





「なあオーゼン。この宝が転移陣に魔力を注ぐ鍵となっているということだが、『王の発条』であれば直接これに魔力を込められるのではないか?」


『うん? あー、そうだな。ちょっと調べてみよう。我を転移陣の側に置くのだ。直接は触れるなよ?』


「わかった」


 オーゼンの言葉通り、ニックが転移陣のすぐ側の床にオーゼンを置く。するとオーゼンの体から青色の光が走り、すぐにそれが部屋中に広がっていった。


『ふむ、なるほど。わかってしまえば単純な仕掛けだな。詳しいことを説明しても理解できぬだろうから結論だけ言うが、魔力の補充は可能だ』


 そもそもこの転移陣は、アトラガルドの魔導具である「魔導構造体生成装置(ストラクチャー)」によって設置されたものだ。オーゼンからすれば慣れ親しんだ技術であり、これに魔力を通すことなど、人で言うなら「息をするが如し」の難易度だ。


「やはりそうか! であればこのお宝は遠慮無くもらっていくことにしよう。ふふふ、バン殿達の驚く顔が目に浮かぶわい」


『それはいいが、どうやって戻ったのかきちんと言い訳も考えておくのだぞ? 我のことを話すわけにはいかんのだからな』


「うぐっ、と、当然だ! そうだな。ではこんな感じの話でどうだ? お宝の影に――」





『どうやら特に違和感なく受け入れられたようだな。まあ目の前の宝のせいでそれどころではないのかも知れんが』


 はしゃぎ回る二人の歴史学者を前に、オーゼンが呆れたような声を出す。だがそれも無理がないと思えるほどに、二人の大人が子供のように目を輝かせては宝を手に取り話し合っている。


「見てよバン! これ、王家の紋章が入ってるわ! これならあの骨がモナ王本人なのはほぼ確定ね」


「そうだね。こっちにはバニライト王国とは違う国の紋章もある。周囲の国から戦争で勝ち取ったのか、あるいはバニライトの前身となった大国のものか……あっ」


 と、そこでふとニックとバンの目があった。嬉々として宝を調べていたバンだったが、瞬時に気まずげな顔をして頭を下げてくる。


「いや、これはすまなかった。この宝は全てニック君のものだったね。ほら、モンディ。君も手にしたものを離すんだ」


「わかってるわよ……うぅぅぅぅ……」


 一度は諦めたものが手に取れる形で目の前に現れたことで、モンディがあの時よりも更に強い苦悶の表情を浮かべながら大きな宝石のついた指輪を手放す。だがすぐにニックに歩み寄ってくると、潤んだ瞳でニックの顔を見上げてきた。


「ねえニックさん。これ、よかったら売ってもらえないかしら? 歴史的資料としてどうしても欲しい物がいくつもあるのよ」


「あっ、ズルいぞモンディ! そういうことなら是非とも私も買い取りたい! 金額は……現金は持ち合わせが乏しいが、その代わりに冒険者ならば有用な魔法道具を幾つも持っているぞ! 例えばこれは……」


「待て待て待て!」


 ニックの手を両手で包み込むように掴み、己の胸元にたぐり寄せながら懇願するモンディと、大きなリュックを慌てて漁りだしたバンに対して、ニックは慌ててそう口にする。そうして二人が落ち着くのを待つと、ニックは徐に微笑んで言葉を続けた。


「売るも何もないのだ。儂は最初からこの宝を三等分するつもりだったからな」


「えっ!? うそ、いいの!?」


 ニックの提案に、モンディはその場で跳び上がって喜ぶ。だがバンの方は複雑な表情だ。


「いいのかい? あの時私達は君と契約しなかった。それにこれは君が君の実力で手に入れたものだ。君が独り占めしたとしても私もモンディもそれを責める気は一切ないが……」


「野暮なことを言わんでくれバン殿。これはそう……お主達と同じことだ」


「私達?」


 ニックの言葉に、モンディが首を傾げてみせる。バンもまたカイゼル髭を撫でつけながら続く言葉を待ち……楽しげに微笑むニックがその想いを口にする。


「そうだ。お主達歴史学者にとって、過去の事実とは金銀財宝より価値があるのだろう? それと同じだ。儂にとってお主達と冒険したこの調査の旅そのものが、どんな宝よりも価値のある経験となったのだ。


 そんな経験を締めくくるのが、共に苦難を乗り越えた仲間に財宝を売り払うのでは決まりが悪かろう? 最後は気持ちよく皆で宝を山分けにし、笑顔で別れる。それこそがこの冒険の締めくくりに相応しい終わりというものだ!」


 ニックの言葉にバンとモンディは互いに顔を見合わせ、だがすぐに楽しげに笑い出す。


「ふふ、はっはっは……そうか。ああ、その気持ちは非常によくわかる。ならば君の好意を私は全力で受け取ろう。そしてもし君が私の助けを必要とすることがあったなら、いつでも声をかけて欲しい。その時は友としてできる限りの力を貸すことを約束しよう!」


「私もよ。実家にも手紙を送っておくから、もし何かあったらザッコス帝国のビジョーンズ家を訪ねてね。それなりに力になれると思うから」


「ああ、ありがとう二人とも。ならば早速宝を分けて……後は最後に宴会でもするか!」


「いいね! 調査の大成功を祝う宴とは、これ以上ない演出だ」


「あ、じゃあ私また肉を焼いてみたいわ!」


「いいとも! では早速準備するとしよう」


 人も獣も近寄らぬ、深くて暗い森の奥。普段は静かなその場所で、たき火に揺らめく三人の人影が喧噪をあげる。かけがえのない「宝」を手にしたその者達の宴会は、天に輝く真白い月に見守られながら夜遅くまで続くのだった。

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