父、目の当たりにする
「うっわぁ……」
最後に階段を降りていったニックだったが、その途中でモンディの呻くような声が聞こえてくる。と言っても危機感を煽るようなものではなかったのでそのまま普通に下まで辿り着くと、ニックもまたモンディが声をあげた理由をこれでもかと思い知らされた。
「おおぅ、これはまた壮観だな」
「本当に。私も歴史学者になってそれなりに経つけれど、ここまで驚かされ続ける遺跡は初めてだよ」
ニックの言葉に、バンもまた頷いて答える。目の前にあるのは三メートル四方ほどの小部屋だったが、その室内の中央を除く大半が目も眩むばかりの金銀財宝に覆い尽くされていたからだ。
「にしても、凄まじい量の財貨だな。流石は王と言うべきか」
「いや、王の副葬品としてもこれはあまりに多すぎる。何かの取引に使うというのならまだしも、これほどの宝を王と一緒に埋葬して永遠に葬ってしまうと言うのはいくらなんでもおかしすぎる。と言うことで……わかってるよね、モンディ?」
「うっ……」
ふらふらと宝に手を伸ばそうとしていたモンディの体が、バンの呼びかけにビクッと震える。
「で、でも、ちょっとくらいなら……」
「見えている罠にはまりたいというのなら止めないよ。でもそれは私達が無事ここを脱出してからにしてくれるかい?」
「ん? どういうことだ?」
言葉の意図を図りかねて問うニックに、バンが振り向いて答える。
「簡単だよ。やたら光ってて見えづらいけど、部屋の中央に魔法陣があるのが見えるかい?」
「んー? ……おお、確かにあるな」
宝物庫とでも言うべきこの部屋はどういう仕組みか外とは比較にならないほど明るい光で照らし出されており、外の暗闇に目が慣れていれば文字通り目が眩むほどのまばゆさだ。
無論ニックはその程度ではどうにもならないし、先に来ていたバンやモンディはまぶしさに両目を覆いながらも必死に耐えたのだが、目が慣れたとしてもこの部屋は明るすぎるほどに明るく、その光を周囲の金銀財宝が反射するものだから余計に眩しい。
そして、そんな眩しさに紛れるように、確かに部屋の中央の床にはぼんやりと魔法陣が浮かんでいた。
「一度意識さえすればわかるようになるけれど、部屋の宝に意識が向いていれば絶対に気づけない魔法陣だ。今までずっと暗闇だったところで光の中に光を隠すとは、やはりこの遺跡の設計者はかなりのやり手だと言わざるを得ないね」
「ふむ。それはわかったが、これが罠というのは? 不用意に踏み込めば何処かに跳ばされるというところか?」
ニックの言葉に、しかしバンは首を横に振ってからカイゼル髭を撫でつける。
「いいや、逆さ。魔力探知棒……さっきの魔法道具を使ったところ、この魔法陣は周囲の宝物と繋がっていることがわかった。そして周囲の宝物は、この魔法陣に魔力を供給する機構に繋がっているようなんだ。
触るだけで駄目なのかそれとも場所を動かしたら駄目なのか、元に戻せば再び力が供給されるのか……そういう細かいところはわからないけれど、とにかくこれに手を出すと魔法陣が起動しなくなる。その場合待っているのは上の遺跡が崩れて生き埋めになり、宝に囲まれたままでの緩慢な死だろうね」
「それは何とも嫌な死に方だな」
バンの言葉に、ニックは心底嫌そうな顔をする。人によってはそれを幸せだと感じるのかも知れないが、少なくともニックは財宝に囲まれて死ぬなどという夢は持ち合わせていなかった。
「では、これだけの宝があっても儂等には何も得るものがないということか」
「そうだね。偉大な王の存在を語り継ぐことだけを願う者には慈悲を、宝に手を出すような盗人には死を与えると言ったところだろうか? 冒険者であるニック君にとってはこれこそが目的だったのだろうから、申し訳ないとは思うのだけども……」
「はは、バン殿が気にすることではなかろう。ここがそういう場所だったというだけの話だからな。というかモンディ殿、いつまでそうしているつもりなのだ?」
「うう、だって……」
バンの言葉に苦笑して答えたニックの前では、未だにモンディが未練がましくに宝物の方へ手を伸ばしたり引っ込めたりしている。
「いい加減にしないかモンディ! ……っと、これはいよいよ本格的に危ないかな?」
バンが呆れ声でモンディを叱責したのとほぼ同時に、遺跡全体がひときわ大きく揺れる。遺跡の崩壊がかなり進んできている証拠だ。
「さあ、もう行こう。宝に手を出さなかったとしても、この魔法陣に魔力を供給している大本が壊れてしまえば脱出できなくなる……まあ、これが絶対に外に繋がっているという確証もないわけだけど」
「嫌なことばっかり言わないでよバン! ここまでやって実は脱出路がありませんでしたーなんて、洒落にならないわよ!?」
「侵入者に荒らされた墳墓をまるごと潰して、王と一緒に眠らせる……という思想がないことを祈るだけだね。さ、じゃあ今回も私が先陣を切ろう! 外で!」
言うが早いか、バンが中央の魔法陣へと飛び込む。するとその姿は一瞬にしてかき消え、魔法陣が僅かな時間明滅し……だが程なくしてその輝きが戻ってくる。
「うぅ、金銭的なものはともかく、歴史的価値が凄くある文化財ばっかりなのにぃぃ!」
次いでモンディが、後ろ髪を断ち切る勢いで魔法陣へと飛び込む。その体もやはりかき消え、先ほどよりも長い時間明滅した魔法陣だが、それでも何とか光を取り戻した。
『さて、では貴様だが……どうするのだ?』
「ん? どうとは?」
突然オーゼンに話しかけられ、ニックがそのまま聞き返す。
『言葉通りの意味だ。貴様であれば生き埋め程度でどうにかなりはしないだろう? ならばこの宝を全て回収し、地面を掘って脱出するという手もあるのではないか?』
「まあできなくはないが……ふむ」
可能か不可能かで言えば、ニックにはそれができる。さっきまでそれを言い出さなかったのは、流石にバンとモンディの安全を確保しながら頭上の地面を掘り返していくのは現実的ではなかったからだ。
だが、二人が消えた今ならば別だ。ニックの目からしても相当な価値のあると思われる宝の山を前に、ニックは少しだけ考える。
「……ん? なあオーゼン。儂もふと気づいたことがあるのだが」
『む? 何だ?』
「ちょっと聞きたいのだが――」
「ねえ、なんでニックさんはなかなか来ないの!?」
宝物庫の魔法陣にて跳ばされた先は、遺跡の入り口のすぐ側だった。日暮れ間近ということもあり、たき火を焚いて先にそこにいたバンと共にその場で待っているモンディだったが、なかなかニックが現れないことに段々とその語気が荒くなる。
「……………………」
「バン?」
「こういう可能性も、考えてはいた……」
「……どういうこと?」
強く唇を噛みしめているバンの様子に、モンディが真剣な表情で問う。それに答えるバンの顔は、今にも血を吐きそうなほどに苦悶に満ちている。
「どの仕掛けもしっかり動いてはいたけれど、それでもあの遺跡は二〇〇〇年前のものだ。どうやって魔力を供給し続けていたのかわからないけれど、それは決して無限ではないだろう。
そして、人を遠くに跳ばすような魔法陣はそれこそ莫大な魔力を消費するはず。それが二度三度と保つ保証は――っ!?」
そこまで言ったバンの襟元を、モンディが思いきり掴みあげる。
「何でそれをあの場で言わなかったの? そうまでして自分が助かりたかった!?」
「勘違いしないでくれモンディ。危険はどちらも同じだ。跳んだ先に致死性の罠があることだって十分に予想出来たのだからね。そしてそれらの選択がよかったかどうかは、結果論でしか語れない。
今回は先に跳ぶことが正解だった。だから私も君も助かったが、ニック君は……」
「……………………っ」
バンの襟元から手を離し、モンディもまた厳しい顔のまま視線を落とす。バンの言っていることは正しく、強いて言うならニックが戻れないことは「運が悪かった」としか言い様がないことはモンディにもわかる。
だがそれでも、見知った相手が帰らないことはモンディのまだ柔らかな心に酷いささくれを生み出していく。
「モンディ……」
そんなモンディに、バンは優しく声をかけようとして……
「む?」
「あ」
「ええっ!?」
「おお、バン殿にモンディ殿! どうやら二人とも無事に帰れたようだな」
突然虚空からその姿を表した筋肉親父は、その場の空気を一切無視してにこやかに挨拶をした。