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父、ずらす

「え!? それ、は…………」


 言葉を詰まらせたモンディに、バンはやれやれと首を横に振る。


「バニライトの花……言うまでも無いが、バニライト王国の名の元となった花だ。もっとも何故この花の名を国名にしたのかは不明だが……まあ単にバニライトの花が沢山咲いていたから、とかかも知れないね。国の名前は割とそういうものも多いし。


 まあそれはそれとして、その情報を君が知らないはずがない。国の名の由来なんて歴史学者なら一番最初に調べる情報だ。それでも思いつかなかったのは、現代で関わる白幻香の印象が強すぎたからだろうね」


「っ……つ、続けなさいよ……」


 真っ赤にした顔を背けながら、モンディが小さな声でそう言う。思わぬところで突きつけられた己の未熟を恥じる終生のライバルに、バンは温かい視線を向けつつも話を続ける。


「この草原を見回しても、バニライトが生えているのは棺の周囲だけだ。どうやってそれを二〇〇〇年も保っていたのかはわからないけど、王の棺の周囲にだけ国の名を冠した花を植える。これが全くの偶然であると考えるのはむしろ難しい。


 つまり、この花は間違いなく王への手向けだと考えられる。ここまではいいかい?」


「……いいわ。でも、国の名前である花を王の側に植えるのはそれこそ普通でしょ? それと甘い物好きが関連するとは思えないんだけど?」


「はは。まあその辺は順番にね。では次に、モンディが憤る原因となった石版だ。ここに刻まれている文章……『死したる王は王に非ず』は、確かに一見すると『お前はもう王じゃ無い』と突き放す言葉に見える。でもそれが実際は違うとしたら?」


「どういうこと?」


 問い返すモンディに、バンは石版の表面をそっと撫でながら言う。


「文字通りだよ。王は死ぬまで王だ。この時代の王はそれこそ神に近しい絶対権力者であり、同時に全ての民の畏敬を一身に受ける存在。だからこそ弱みを見せることなどできず、王は人ではなくただ王としてしか存在できなかった。


 だが、死ねば別だ。死という解放を経て、王は王ではなく人になる。王という立場から解放されたモナ王……いや、ヒエ・テンデ・モナは、死ぬことでようやくただの人となり、苦手な辛いものを無理矢理食べる必要がなくなり、大好きだった甘いものを食べることが許される。


 もはや王ではないからこそ、石棺には権威を示すための豪華な副葬品ではなく、甘い菓子か何かを入れたんだろう。とは言え食べ物ではあっという間に朽ちてしまうだろうから、王の永遠の眠りに付き合えるよう、甘い香りのする花で棺を囲んだ。それを維持する仕掛けと一緒にね」


 一気にそこまで話し終えると、バンは小さく息を吐いた。それから石棺に視線を戻せば、そこには物言わぬ骸が骨となって静かに横たわっている。


「王として生き、人として死ぬ……このささやかな石棺とバニライトの花こそが、偉大なる王の最後の願いだったんだろうね」


「……………………」


 バンの話はそこで終わり、一行を沈黙が包む。それぞれの胸にそれぞれの想いが去来するなか、最初に口を開いたのはモンディだ。


「モナ王は、幸せだったのかしら?」


「さあなぁ。それこそ本人にしかわからぬことだが……」


「それを判断してもらうためにも、我々歴史学者は正しい事実だけを伝えていかなければならない。今私が話したことも所詮は推論だ。これからもっともっと調査を重ね、きちんと裏付けを取らねばならないね。


 ということでモンディ。私はこの石版と干からびて何だかわからないコレを持って行くから、君はモナ王の骨を持って行ってくれないかい?」


「えー、石版は私が持って行くから、骨はバンが持って行きなさいよ。そのリュックなら空きがあるでしょ?」


「空きはあるのだが、内容物の関係上骨などは途中で折れたりしてしまいそうでね。君の荷物をこちらに移しても構わないから、それで十分な空きを――」


「待て待て待て! この流れで骨まで持って行くのか!?」


 バンとモンディの変わり身の早さに、ニックが思わずツッコミを声をあげる。


「何と言うか、凄くいい具合に話が終わっていたではないか! 儂はてっきりこのまま静かに死者を眠らせておくのかと思ったのだが……」


「ハッハッハ、何を言っているのかねニック君。それはそれ! これはこれだよ!」


「そうよニックさん。きちんと魔法で鑑定してコレがモナ王の骨かを調べるのは必須よ? バンの説明に一応納得はしたけど、決定的な副葬品が無い以上『実は従者の棺でした』みたいなオチも無いとは言えないしね』


「むぅ」


『何とも世知辛いな……まあ学者というのはそういうものなのかも知れんが』


 微妙な顔をするニックに、オーゼンは軽く達観したような言葉を述べる。もっともニックにしても遺跡……墓ではないにしてもかつて誰かが暮らしていたであろう場所から魔法道具を見つけて持ち帰ったりするのはごく普通のことなので、本気で咎めたりするつもりはないのだが。


 と、目の前でどちらが何を運ぶかを相談するバンとモンディを眺めていたニックの耳に、遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。それはすぐに大きくなり、バン達もまた話し合いを辞めてその音に耳を傾ける。


「何の音だ?」


「地響きみたいな感じだけど……っていうか、ちょっと地面も揺れてない?」


「うーむ。これは……崩れているな」


 何気ないニックの言葉に、バンとモンディが真剣な顔でニックを見る。


「崩れている? 一体何が……?」


「うわ、私今凄く嫌な予感がしてるんだけど……」


「うむ。どうやらこの遺跡が少しずつ崩壊していっているようだな。ほれ、ここもそろそろ崩れ始めるぞ?」


 そう言ってニックが天井に顔を向けると、それに合わせたかのようにパラパラと上から小石が振ってくる。顔に当たるその感触に、バンとモンディの表情が一気に青くなっていく。


「ちょっ、冗談じゃないわよ!? どうするのバン! まだ退路の確保だってできてないのに!」


「待て、落ち着くんだモンディ。このタイミングで崩れ始めたということは、この玄室に侵入する、あるいはモナ王の棺を開けるのが遺跡崩壊のきっかけになっていたはず。であれば脱出する術はきっとこの近くに……」


 まるで自分に言い聞かせるようにバンがそう喋りながら、地面に降ろしたリュックの中を激しくまさぐっていく。そうしてすぐに取り出したのは、直角に折れ曲がった二本の金属の棒だ。


「これだ! これは周囲にある魔力反応を検知する魔法道具でね。これを使えば魔法陣や魔法による隠し扉なんかの探知が――」


「説明はいいから早く使ってよ! 私は一応目視で探すけど……うぅ、ここ広すぎ!」


 草原の広がる王の玄室はおおよそ直径二〇〇メートルほどの円形の部屋であり、月明かりのおかげでランタン無しでもそれなりに見えはするが、当然それは草の影までつぶさに調べるには全く足りない明るさであり、何より急いで調べるにはあまりにも広すぎる。


 それでもやるしかないとモンディが慌ててその場を走り去ろうとしたが、それよりも早くバンの手にした魔法道具の棒が、起動するなりその場でクイッと広がった。


「待てモンディ! ここだ、この下に何かある!」


「下って、この盛り上がってる地面の下ってこと? 確かに何かありそうだけど、そんなのどうすれば……」


「つまりこういうことだな?」


 バンの言葉に即座に反応したニックが、モナ王の石棺を横から押す。すると石棺がズズッとずれて、その下に地下へと続く階段が姿を現した。


「これは!? 凄いぞニック君!」


「この下なら天井が崩れても……いえ、結局生き埋めになるだけ? でも……えーい、迷ったら実行!」


 まずはバンが喜び勇んで階段を降りていき、次いで僅かに逡巡していたモンディが階段を駆け下りていく。


『なあ貴様よ、今のは何だ? まるでここに階段があることを知っているような躊躇いの無い動きだったが……』


 そしてニックも階段を降りようとした時、不意にオーゼンがそんな質問を投げてくる。


「何だオーゼン、知らんのか?」


『何をだ?』


「王座の後ろ、押せそうな柱、動かなそうな棺の下には、大抵隠し階段があるものなのだ! 冒険者なら常識だぞ?」


『そうなのか!? いや、それが常識であるなら、もはや「隠し」では無いのではないか!?』


「はっはっは、細かいことは気にするな! では儂等も行くとしよう」


『むぐぅぅぅぅぅぅぅ???』


 オーゼンの蛙が潰れたような声を聞きながら、ニックもまた階段を降りていった。

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