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盤石学者、気づく

「……草原?」


 先陣を切って玄室へと入ったバンが、目の前に光景にそう呟く。薄暗い(・・・)部屋は見渡すほどに広く、その一面が足首ほどの高さの草で覆われている。


(二〇〇〇年も閉鎖されていた部屋に草が生えている? 一体どうやって……いや、待て。薄暗い……!?)


「バン、上を見て!」


 モンディの声に、バンは慌てて視線を上に……天井に向ける。するとそこには無数に輝く星と、何より白く柔らかな光を讃える大きな月が浮かんでいた。


「夜空、だと……!?」


 そのあり得ない光景に、バンは慌てて背後を振り返る。するとそこにはきっちりと今入ってきた扉が存在しており、その向こうには通路も見える。


「まさか、外に飛ばされたの!?」


 穴を滑り落ちる時、自分が気づかないうちに何処かに跳ばされていたという事実からモンディがそう叫ぶ。だがそれに対してバンは大きく首を横に振って答える。


「いや、それは無いよモンディ。入ってきた扉の向こうが未だに繋がっているし、それになにより……天井をよく見てごらん」


「よくって……あれ? 星の位置が……?」


「そう。星の配置が私達の知っているものとは微妙に違う。瞬きもないようだし、信じられないけどあれ全部が描かれたもののようだね」


「えぇぇぇぇ……」


 ぽかんと口を開けながら、モンディが呆けたように天井を見つめる。予想を遙かに超えて大規模なうえに、次々と見つかる明らかに現代よりも優れた技術の数々は、モンディをしてため息をつかせるほどのものだった。


「はぁ。帰ったらバニライト王国についてもう一度調べ直す必要がありそうね」


「そうだね。今回の調査で得た情報はあまりにも多く、大きすぎる。実に論文の書き甲斐がありそうだけど……とは言え、まずは目の前の調査を終わらせないとね」


 そう言ってバンが歩き出す。向かう先は、草原の中央にある小高い丘だ。土の感触を踏みしめながらなだらかな斜面を一〇メートルほど登ると、そこで一行の目の前に広がったのは、幻想的な白い花畑であった。


「この花は……白幻香かな?」


「そうね。太陽じゃなく月の光で花を開かせる珍しい植物で、特徴はこの強くて甘い香り。ビジョーンズ家で作ってる香水の原料のひとつでもあるから、よく知ってる花だわ」


 しゃがみ込んだモンディが、白幻香の花びらに指を這わせて断言する。花弁の瑞々しさと漂ってくる香りから、この花が作り物ではなく間違いなく生きていることは疑いようが無い。


「白くて月の光で咲く花なら、確かにモナ王の葬花に相応しいでしょうけど……でも、え、まさかそれが?」


 戸惑いの声をあげながら立ち上がったモンディの視線の先には、草に絡まれ苔むした一つの石棺が横たわっている。ここまでものと違って何の装飾も施されていないその石棺は、王が眠る場所としてはあまりにもみすぼらしい。


「場所から考えると、そうだろうね。同じものが周囲に沢山あるというなら従者の棺という線もあるけれど、部屋の中央にこれだけとなれば……」


 モンディに答えながら、バンは室内を見回してみる。月明かりはかなり明るくランタンの光が届かない範囲でもかなりの距離まで見通せるが、そこにこれ以外の棺の存在は確認できない。


「まあ開けてみればわかるさ。王の棺であれば副葬品もそれなりのものが入っているだろうからね。さ、モンディ。そっち側を持ってくれ」


「いいわよ」


「儂も手伝うか?」


 力仕事と見てニックが声をかけたが、それにバンは静かに首を横に振る。


「ありがたいけど、遠慮しておこう。残念ながらこの瞬間だけは他人に譲る気はないのでね……子供じみた真似だと笑うかい?」


「まさか。そう言う拘り、儂は嫌いじゃないぞ」


 ニヤリと笑うバンにニックがニヤリと笑い返し、それを見たモンディが小さく苦笑する。


「じゃ、いくわよ? せーの!」


「ふんっ!」


 二人の歴史学者が力を合わせ、石棺の蓋が少しずつ開いていく。そうして半分ほど蓋をずらし、一行の眼前に現れた古代の王の姿は……それもまた意外なものだった。


「……え? これどういうこと?」


 石棺の中身は、胸の上に小さな石版をのせた人骨のみ。棺の端に乾ききった何かが落ちていたりはするが、そこには予想していた豪華な衣服や宝飾品の類いは一切存在しない。


「この石版は……文字が刻まれているね。なになに……『死したる王は王に非ず』?」


「何よそれ!」


 バンの読み上げた石版の内容に、モンディが憤慨する。


「死んだら王様じゃないから、もうどうでもいいってこと!? だから副葬品も入れず、こんなしょぼい棺に入れて放置ってわけ!? そんなのあんまりじゃない!」


「まあまあ、落ち着くのだモンディ殿」


 憤りを露わにするモンディをニックがなだめる。だがそんな二人とは別に、バンは冷静に目の前の事実をまとめていく。


(死んだ王を蔑ろにする? 王を唯一絶対のものとし、生きている後継者に王位を継承した時点で先王の存在価値がなくなる? それ自体はあるかも知れないが……だが、それならこんな墳墓を造ったりせず、それこそ地表に野ざらしでもいいはずだ。わざわざこれだけのものを造って埋葬しているのに、王をどうでもいいと思っているはずがない。


 だが、ならばこの状況は何だ? 周囲の環境、歴史的背景、モナ王という人物像……っ!)


「なるほど、そういうことか」


 全ての謎が頭の中で一つに繋がり、バンの口から言葉がこぼれる。思わず小さく笑ったバンは、すぐ側で未だ感情を露わにしているモンディの肩にそっと手を添える。


「どうやら君の予想は外れたようだよ、モンディ?」


「何? 一体何に気づいたわけ?」


 いい笑顔を向けてくるバンに、モンディは落ち着きはしたものの面白くなさそうな声で答える。自分が気づけなかったことにバンが気づいたことが悔しいのだ。


「そうだね……まず質問だが、君はモナ王の好物を知っているかい?」


「当たり前でしょ。『火噴きの実』よね? あのすっごく辛い奴」


 バンの言葉に、モンディは真っ赤な実を思い浮かべる。現代でも料理の調味料などに使われるが、小指の爪の先ほどでも火を噴くほどに辛いことからそう呼ばれている物だ。


「ああ、そうだね。でも、実はそうじゃないという文献があるんだ。モナ王は実は甘い物が好きだったという資料がね」


「えっ!? 嘘よ、私バニライトに関連する文献は全部読んだけど、そんな記述何処にも無かったわよ!?」


 驚き抗議の声をあげるモンディに、しかしバンはチッチッチッと指を横に振る。


「甘いなモンディ。確かにバニライト王国の文献では、モナ王は辛いものが好きだったと書かれている。だが敵国であるパスティアナの文献……正確にはスパ王の残した記述のなかに、『モナ王は幼少の頃から甘味好きであり、大人になってもそれが変わることは無かった』という記述があるんだ。


 そして、これは両国の文化に原因がある。ヒャッコイナ文明期において、甘い物は子供と女性の食べ物とされ、成人男性が食べるのはみっともないと言われていたんだ。故に王であるモナ王はその権威を保つため、本当は好きな甘い物を断ち、周囲には辛いものが好きだと言っていたという推論が成り立つわけさ」


「それは……でも、敵国だったスパ王の文献なら、モナ王の権威を失墜させるための欺瞞情報って可能性の方が高いんじゃない?」


「うん。私も最初はそう考えていた。でもここに来てそうじゃないと確信したんだ」


「……その理由を聞いても?」


 力強く断言するバンに、モンディは問う。確かにこの場は甘い香りで満たされてはいるが、それと王が甘い物好きだったというのを結びつけるのはあまりに短絡的だ。


 だが、そんな短絡的な答えのはずの花に、バンはそっと手を伸ばす。


「ねえモンディ。この花の名前を知っているかい?」


「は!? さっき貴方が言ったんじゃない! 白幻香よ! それがどうしたって言うのよ!」


 再び感情を逆立て始めるモンディに、バンは僅かに苦笑いを浮かべる。


「うーん。君がわからないはずがないんだが……ご実家が関わっている植物ということで、印象が強く根付きすぎているんだろうね。


 確かにこの花の名は白幻香だ。でもそれは今の呼び名で、二〇〇〇年前、この花はこう呼ばれていたんだ……『バニライト』とね」


 白く可憐な花の香りを嗅ぐバンの言葉に、モンディはその場で絶句した。

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