父、開け放つ
三人が無事に合流を果たしたことで、力と知恵の揃った一行は危なげなく遺跡の罠を攻略していく。魔物を蹴散らし罠をかいくぐり、更に一日を費やして辿り着いた先にあったのは、精緻な彫刻の施された巨大な扉の前であった。
「おぉ、何と素晴らしい!」
「これは見事ね。この扉だけでどれだけの歴史的価値があるのかしら……」
感嘆のため息をつくバンとモンディの横では、ニックもまた腕組みをして扉を見つめる。大きな神殿らしき建物の上には柔らかな光まで再現された大きな三日月が彫り込まれ、神殿の周囲には祈りを捧げる無数の民の姿もある。
職人の手による荘厳な芸術品は、何を語ることもなくただ在るだけで見る者の心を捕らえて放さない。
『実によい出来だ。魔導構造体生成装置にも装飾扉は存在しているが、人の手で加工された一点物というのはやはり違うな。無骨なれど精緻にして華美。墳墓の基礎建築を魔導構造体生成装置に頼った分、こういうところには惜しみない手間をかけているのだろうな』
無機物であるオーゼンさえも賞賛するできばえの扉を前に、しばし感慨に耽っていたバンが徐に口を開く。
「これほどの扉が設置されているとなれば、この向こうは玄室でほぼ決まりだろう。一応聞くけど、この先に進むのに反対する人はいるかい?」
ニヤリと笑いながら問うバンに、モンディとニックも笑顔で答える。
「まさか! ここで引き返したら何のためにここまで頑張ってきたのよ!」
「そういうことだ。なに、大抵の危険はこの儂が殴り飛ばしてやろう」
「はは、それは頼もしいね。なら入るのは確定として、問題は……」
「この扉をどう開けるかね」
バンとモンディが、改めて扉を見る。周囲の壁からへこんだ位置に設置されている石製の合わせ扉は、高さが五メートル、幅は左右共に二メートルほどもある。形状からして横にずらせばいけそうだが、扉の表面には彫刻のへこみ以外に指をかけられそうな場所はない。
「通常ならば扉の側に開閉装置の一つもありそうだけど……ああ、これは駄目だ」
バンが扉の側に近づくが、扉の合わせ目はピッタリと閉じており、バンの指先ですら入り込む余地が無い。それでも掘られた彫刻の部分に僅かに指を引っかけて力を入れてみたが、そんなものでこれほど巨大な扉が動かせるはずもない。
「うーん。やっぱり何も無いわね」
そして、モンディも壁や床に顔を近づけ詳細に調べていくが、やはりそこには何も無い。諦めてその場で立ち上がると、同じく扉を直接どうにかするのを諦めたバンと目が合った。
「となると、可能性が高いのは内側からしか開閉できない仕掛けか……」
「内側?」
バンの呟きにニックが首を傾げると、少しだけ悲しげな顔をしてモンディが補足する。
「ほら、ここって玄室……要は王様のお墓でしょう? 文明によっては王の死に付き従うってことで、生きている人をそのまま一緒に埋葬するのって割とあるのよ。二度と開ける必要の無い扉だから、内側で扉を閉めて後は王の棺の側で死を待つって感じかしら?」
「ぬぅ、それはまた……」
独特の価値観に、ニックが思わず言葉を詰まらせる。仮に自分が王であったなら誰かに一緒に死んで欲しいなどとは微塵も思わないし、また先に逝く誰かのために己も一緒に死のうとも思わない。生きていればこそ想いが繋がるのだと考えるニックが難しい顔をすれば、モンディが肩をすくめて言葉を続ける。
「この辺は王の権威の他にも文化、宗教的なものも関係するから、一概に悪い風習だったとは言えないのも難しいところね。それはかなり専門的な話になっちゃうから今は説明しないけど、とにかく今重要なのは、この扉を開く手段が存在しないってことよ」
「ニック君の話では穴の途中で空間に作用する魔法陣があったようだし、そういうもので外と内が繋がっている可能性もあるけど、少なくともこの周囲には魔力反応は無い。となると現状では完全にお手上げだね。さてどうしたものか」
開けることを前提としていない扉の開き方という難題を前に、バンとモンディが顔を付き合わせ相談を始める。
「うーん。ここはやはり扉の隙間に楔を噛ませて、てこの原理で引っ張ってこじ開けるか?」
「却下よ。現実的だけど非現実的すぎる。私達だけでこの扉をこじ開ける力を出すとしたら、どれだけの数の滑車とロープが必要だと思うの? 遺跡に楔を打ち込むのも最低限にしたいし、それなら人を集めて出直した方がいいわ」
「うむ。如何に私の備えが万全でも、流石に人員まではリュックには入っていないからな。だがそうなるとここに来るまでの道のりの問題がある。
凶悪で致死性の罠が多い場所を、そんな大人数で通り抜けられるのか? もしまだ作動する丸石落としや釣り天井の罠が生きている場所があったら、場合によっては全滅するぞ?」
「それは……あらかじめあるって教えておけば大丈夫じゃない?」
「知識があっても実行できるかは別だ。あの状況で冷静に対処できる者ばかりでは――」
「あー、二人とも、ちょっといいか?」
真剣に議論していたバンとモンディに、不意にニックが控えめに声をかける。
「ん? 何だいニック君?」
「話を聞く限り、あの扉を開ければよいのだろう? 仕掛け云々はわからんが、単に手で押すだけで開くなら儂が開けられると思うのだが……」
ニックの言葉に、バンとモンディは一瞬ぽかんとした顔になる。そこからより早く復帰したのは、バンの方だ。
「……え? ニック君、本当に開けられるのかい?」
「まあ、多分な。仮に仕掛けか何かで動かないようになっていた場合も、壊していいなら確実に道を開くことはできるぞ?」
「いや、あれは貴重な歴史的資料だから壊すのはやめてもらいたいだが……じゃあ、ちょっとやってみてもらえるかい?」
「わかった」
いぶかしげな顔をするバンに、ニックは気楽な調子でそう答えると、扉の前まで歩み寄る。
「ふむ。まずはこの合わせ目の隙間をもう少し広げねばならんな……むん!」
そう言いながら、まずニックは扉の表面に手を押し当てた。そのままいい具合に力を加減しつつ手のひらを横にずらせば、それに合わせてゆっくりと扉が動いていく。
「お、いけたな。ならばこれで……ほっ!」
そうして指が差し込めるほどまで合わせ目を広げると、ニックは扉を壊さないよう慎重に横にずらしていった。ゴゴゴゴという重いものが擦れ合う音を響かせながら、不動に見えた石扉が徐々に開かれていく。
「よし、こんなものか……バン殿! 開いたぞ! このくらいで……バン殿?」
「…………はっ!? あ、ああ。開いたね」
「話として聞くのと実際に見るのがどれだけ違うかを、今日ほど実感した日は無いわ……」
その光景に呆気にとられていたバンが、ニックの呼びかけでかろうじて正気を取り戻す。その隣では阿呆のように口を開けていたモンディも正気に戻り、しみじみとそんな呟きを漏らす。
「で、どうなのだ? もっと大きく開けた方がいいか?」
「いや、これで十分だよ。それじゃ準備を整えたら、いよいよ墳墓の主とご対面といこうじゃないか!」
二〇〇〇年の時を超え、閉じられていた扉が開いた。その奥に何があるのかを想像するだけで、バンの知的好奇心は止まらない。
「待っていたまえモナ王。今私が、貴方の歴史の真実をもう一度この世界に蘇らせてみせよう!」
「あら、手柄を独り占めするつもり?」
と、そこでバンの横にモンディがやってくる。ニンマリ笑う終生のライバルに、バンもまた笑顔で答える。
「フッ、君は何も言わずとも持って行くだろう?」
「勿論! 美味しいところを独り占めなんてさせないわよ?」
「はっはっは。相変わらず仲がいいことだ。では……行くぞ?」
ニックの呼びかけに、歴史学者達が頷いて答える。そうして三人が足を踏み入れた先に広がっていたのは、あまりにも意外な光景だった。