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父、合流する

「お、これは?」


 無数の魔物と致命の罠をかいくぐり進むニックとオーゼン。そうして辿り着いた幾つ目かの分岐路にて、ニックは遂に蝋石による矢印を見つけた。


『ようやくか。割と時間がかかったな』


「だな。二本あるということは、二人とも一緒ということか。どれ、少し急ぐとしよう」


 そう言って、ニックは矢印の示す先の通路を進む。すると程なくして前方に光を見つけ、ニックは大きく声を出して呼びかけながらそちらに向かって近づいていった。


「おーい、バン殿!」


「ん?」


 背後からの呼び声に、バンとモンディが振り返る。その視線の先では筋肉親父が元気に手を振っており、二人がその場に立ち止まって待つとすぐに側まで追いついてきた。


「おお、ニック君!」


「やっぱり無事だったのね。まあニックさんなら大丈夫だとは思っていたけど」


「ははは。モンディ殿も……む? 怪我をしたのか?」


 無事を喜ぼうとしたところで、ニックの視線がモンディの足に向かう。バンによって丁寧に手当をされたモンディの足はもうほどんど普段と変わらないが、戦いを生業とするニックの目でみればその違いは一目瞭然だ。


「あら、わかっちゃうのね。みんなと別れた後で、ルインスネークに噛まれちゃったのよ。それだけならまだマシだったんだけど、その後に丸石が落ちてくる階段を走らされたり、天井が落ちてくる部屋に閉じ込められたりで悪化しちゃって……もう手当をしたから平気だけど」


「なんと! そちらも同じようなことがあったのか!」


 苦笑しながら言うモンディに、ニックは思わず驚きの声をあげる。似たような仕掛けが複数用意されていることはオーゼンが可能性として語りはしたが、仕掛けの規模の大きさから本当にあるとは思っていなかったからだ。


「……同じ? ニック君、同じとはどういう意味だね?」


 そして、その言葉に反応したのがバンだ。再会を喜ぶ顔がにわかに引き締まり、カイゼル髭を撫でつける手にも思わず力が籠もる。


「情報は共有しておいた方がよいだろうな。儂が穴に入ってからだが……」


 興味深げな視線を向けてくるバンとモンディに、ニックは自分が体験したことを話していく。


「何だと!? あの穴の中で別の場所に転移させられていたのか! くっ、この私としたことが。魔力系の罠を感知する魔法道具も準備していたというのに、何と言う迂闊……っ!」


「えぇぇぇぇ? 丸石を壊したっていうのはまだわかるけど、あの天井を上に投げ返して壊したの……?」


 そうして語られた内容に、バンはひたすら自らの見逃しを悔やみ、モンディはあまり女性がするべきではない感じに表情を歪める。どう考えても嘘だとしか思えないが、ニックがこんな子供でも言わないような嘘をつく理由がひとつも無いため、逆説的に本当だと信じるしか無いという状況に表情筋がついていかないのだ。


「いや、最初から壊すつもりはなかったのだぞ! お主達が調べているとわかっているのだから、ちゃんと加減はしたのだが……」


「いえ、それは仕方ないと思うけど……」


「そうだぞニック君。確かに故意に破壊行為を行ったなら思うところが無いでもないが、致死の罠を壊して止めるのは当然のことだ。むしろ落ちる天井が無くなったというのなら、あの壁画をしっかり調べるチャンスだしね! いや、それともひょっとして違う壁画になっていたりするんだろうか?」


「バン……それはまた次に来た時にしてちょうだい」


 すかさず考え込んでしまったバンに、モンディが苦笑して言う。だがその言葉に反応し、ニックがクイッと首を傾げる。


「次? お主達、またここに潜るつもりなのか?」


「そりゃあそうだよ。遺跡の調査は根気のいる作業だからね。むしろ今回みたいにドンドンと奥に入っていく方が異例さ」


「そうそう。ニックさんがいなかったら、多分今回は予備調査だけで終わってたわよ? 一階をざっと見て回って、正味三日か四日くらいかしら?」


「なんと! そうだったのか……ということは、ひょっとして儂のせいで無理をさせてしまっていたのか?」


 明かされた事実にニックはまずは驚き、次いでやや申し訳なさそうな顔をする。そうして身長二メートルを超える筋肉親父が肩をすくめる様に、二人の歴史学者は顔を見合わせ思わず吹き出す。


「プッ、ハッハッハ! そんなわけないじゃないか! 私もモンディもいっぱしの歴史学者だよ? 無理などこれっぽっちもしていないし、駄目ならきちんとそう言うさ!」


「そうよニックさん。これは私達が自分で選んだ行動の結果なのだから、ニックさんに責任なんて何もないわ。それにこういうチャンスを逃さないためにこそ、私達はいつでも準備をしているんですもの。特に何処かの誰かさんは、下手したら一ヶ月くらい籠もっても平気なんじゃない?」


 そんな事を言いながら、モンディがジト目でバンの方を見る。モンディ自身の保存食は精々一〇日分程度だが、バンの備えが自分と同じ程度しかないとは思えない。


「フッ。甘いなモンディ。私の備えがその程度だと? 見たまえ!」


 そう言ってバンが背負ったリュックから、小さな縦長の木箱を取り出す。ただそれだけでモンディが顔をしかめるなか、ニックは物珍しさから木箱に注目し……その蓋が開かれた瞬間、強烈な悪臭が周囲に漏れ出す。


「ぐぉっ!? 何だそれは!?」


「閉めて! 早く蓋を閉めなさいバン!」


「この程度でそんなに顔をしかめるとは、二人ともまだまだだな」


 思わず鼻を押さえてのけぞったニックと思いきり顔を背けるモンディに、バンは笑いながら木箱に蓋をし、もう一度リュックの中に戻す。


「バン殿、今のは……?」


「あれは学者の間では有名な保存食でね。一食につきこれを一粒と後は水さえあれば、とりあえず生きられるという便利な代物なんだよ」


「あの大きさの丸薬三粒で一日分か……それは確かに凄いな」


 丸薬の大きさは小指の爪ほどで、通常の食料を持ち運ぶのであれば、同じ面積で持ち運べる量は何倍にもなることだろう。もっとも大きな場所を取る飲み水は、多少金に余裕があれば水を生成する魔法道具を使うのが基本なので、むしろそちらの使用限界の方が先にやってきそうだ。


「騙されちゃ駄目よニックさん。あれは寝る間も惜しんで研究してるような頭のおかしい学者や研究者が、ずっと部屋に引きこもったまま過ごせるように開発されたトンデモ食料なんだから!


 いいえ、あれを食料なんて言うのは食への冒涜ね! 餌よ! あれは餌だわ!」


「モンディ殿!?」


 得意げに言うバンとは対照的に、モンディはまるで親の敵を見たような顔でバンの背負ったリュックを……その中にしまわれた丸薬を睨み付ける。


「栄養のあるものを片っ端から混ぜて潰して固めたら、そりゃ栄養は取れるんでしょうよ! でもどんなに綺麗な色だって全部混ぜたら真っ黒になる。味も匂いも最悪で、一度口にしたらその後三日は何を食べても同じ味しかしないの。


 そのあまりの酷さに、ついた名前は『最後の晩餐』……本当に追い詰められた人だけが食べる悪魔の保存食よ」


「おおぅ、それはまた……」


『そこまでいくと逆に興味が湧くな。なあ貴様よ、一つ食べてみる気はないか?』


「ぬぐっ!?」


「ほら見なさいバン! 熟練の冒険者であるニックさんだってそんなもの食べたくないって言ってるわよ!」


 オーゼンからの不意打ちに、ニックが思わず言葉を詰まらせる。それを勘違いしたモンディの猛烈な責め苦に、しかしバンは余裕の表情だ。


「フフフ、いつかモンディもこれに頼る日が来るさ。具体的にはこの遺跡の調査が終わった後とかね。これだけの発見、体験をして、簡単に報告書を書き上げられると思ってるのかい……?」


「だ、大丈夫よ! 私はバンと違って簡潔に要点だけをまとめた報告書を書くもの! それならきちんと寝て起きて、美味しい食事をするくらいの時間は……」


「甘いなモンディ。歴史学の深淵は、まだまだ君の知らないところにあるんだよ?」


「嫌! 絶対に嫌! そんな深淵は私には一生無縁だわ!」


「ふふふふふふふふふ……」


 怪しく笑うバンと、両手で耳を塞いで激しく頭を振るモンディ。そんな二人を前に、ニックは自分が魔法の鞄(ストレージバッグ)を持っている幸運を心の底から噛みしめるのだった。

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