父、平然と進む
早いもので、今回で300話となりました。これからもまだまだ頑張っていきますので、引き続き応援よろしくお願い致します。
「よっ! ほっ!」
何とも軽いかけ声と共に、ニックの拳が宙を舞う。するとその度に蜘蛛やら蛇やらの体が宙を舞い、あっという間に屍の山が築かれていく。
「ふむ、こんなものか」
『貴様にしては随分時間をかけたな?』
「ん? ああ、不用意に腕を振り回すと、壁も一緒に壊してしまいそうでなぁ」
『あー、それはあるな。是非とも今後も注意していくべきだ』
ひと振るいして手から魔物の体液を払い落としつつ言うニックに、オーゼンは重々しい声で同意を告げる。アトラガルドの技術で造られた遺跡とはいえ、材料そのものはごく普通の石であり、とてもではないがニックの拳に耐えられるはずもない。
「まあ、この程度の相手で加減を間違えることなどないがな……矢印もよし、と」
またも現れた三叉路に、ニックは今度もしっかり矢印を描き込んでから右に曲がる。バン達の残しているはずの矢印は未だ以て見つからないが、だからといって困ることもない。
「むーん?」
そうして適当に魔物を倒しつつぶらついていると、不意にニックの前に長い下り階段が現れた。縦横三メートルくらいの道幅は他に比べると明らかに広く、急な階段は底が見えないほどに長い。
『階段か……これまた深そうだな』
「ふーむ。如何にも奥に続いているという感じだが、にも関わらず目印が無いということは、バン殿達はここまで辿り着いておらんのだろうか?」
『何とも言えんな。「魔導構造体生成装置」を使っているなら、こういう階段を造ること自体は別に難しくもなんともない。複数箇所に同じような階段があり、最終的に一つの部屋に辿り着く……ということもなくはないだろう』
「そうか。ならまあとりあえず降りてみるか。いざとなれば戻ればいいだけだしな」
気軽な口調そのままの足取りで、ニックが階段を降り始める。すると少し進んだところで背後からガタンという大きな音が聞こえ、振り返ったニックの視線の先では落下してきた巨大な丸石が自分の方に向かって勢いよく転がり落ちてきた。
「おお?」
『ほぅ、これは大がかりな』
普通の人間であれば、ただ走って逃げることしかできない罠。だがニックはその場で無造作に手を前に出し、当たり前のように丸石を受け止める。すると丸石はまるでここが平地であるかのようにピッタリとその動きを止めた。
「こんなものが転がってくるとか、割と危ないのではないか?」
『そうだな。貴様で無ければ致命的であったろうな』
「ふーむ。別に放置でもいいが、手を離すと落ちてくるだろうな……なら壊しておくか」
わざわざ石を支えたまま階段を降りるのはどう考えても煩わしい。そう考えたニックの拳が丸石に炸裂すると、ほんの僅かな振動と共に直径三メートル近い丸石が音も無く砂のようになって崩れ去った。
『なっ!? 貴様、今一体何をしたのだ!?』
「ん? この手の石というのは見た目よりずっと脆いからな。こう、いい具合に衝撃を叩き込むと周りに飛び散らせずに砕く事ができるのだ!」
『できるかっ! いや、実際できているのだが……まあ貴様だしな、うむ』
「そういうことだ。できるのだから気にするな……むっ?」
まるで喉に刺さった小骨を無理矢理飲み込んだような声を出すオーゼンに、ニックは笑って答え……だが次の瞬間、今壊したのと同じ丸石がもう一度落ちてくる。
「二つ目か? ふんっ!」
勿論、それも即座に粉砕される。だがその最後を見届けるよりも早く、更なる追加の丸石が落ちてきた。
「三つは多くないか!?」
『一応破壊されることも想定していたということか。どうやら次のは変わり種のようだぞ』
オーゼンの言葉通り、落ちてきた三つ目は石ではなく明らかに金属の玉であり、しかもその表面にはトゲまでついている。通路の石壁をガリガリと削りながら落ちてくるそれは凶悪の極みだが――
「甘い!」
触れることすら憚られる鋭いトゲも、ニックの拳の前には何の意味も無い。少し強めに殴り飛ばされると金属の玉が表面のトゲごとベッコリとへこむ。そのへこみが階段にひっかかることで、トゲ玉はその場で動かなくなった。
「ふぅ。壊さなければ次が落ちてきたりはしないであろう……しないよな?」
『我に言われても知らぬ。この遺跡の創造主も、貴様ほどの非常識は想定していないだろうからな』
微妙に嫌そうな顔で上を見上げるニックに、オーゼンが達観した声で答える。もしニックの来襲を想定していたのなら、あの転移陣の先は遺跡の外であったことだろう。
そのまま少しの時間待ってみたニックだったが、これ以上何も落ちてこないことを確認して再び階段を降り始める。そうしてしばし進むと、最下段の先には割と広めの部屋があった。
「やっと階段が終わったか。で、ここは何の部屋だ?」
『見事な壁画が描かれているようだが……っ!? おい、貴様! 上だ! 天井を見るのだ!』
「うん? ……おお!」
オーゼンの言葉にニックが見上げれば、天井が音を立てて下がってきているのに気づく。入り口が塞がっているわけではないので出ようと思えば出られるのだが、ニックはそれを気にすることなく部屋の中を観察し続けた。
「凄いなオーゼン。これは一体どういう仕組みでゆっくりと天井を降ろしてるのであろうか? ただ落とすだけなら繋いでいる縄を切るとかでできそうだが、ゆっくり降ろすというのは……まさか人が引いているわけでもないだろうしな」
『ふむ? 順当に考えれば滑車と歯車、あとは縄……いや、二〇〇〇年という時を考えれば金属製のワイヤーか? そういうものを組み合わせているのだと思うが……あるいは重力制御の魔法? いや、そんな大がかりで大量の魔力を消費する手段をこんな原始的な罠には使わんか』
ドンドンと落ちてくる天井を眺めながら、ニックとオーゼンはのんきな会話を繰り広げる。程なくして天井はニックの頭の高さまで落ちてきたが――
「よっ」
『……ああ、やはり支えられるのだな』
片手で巨大な天井を支えるニックに、オーゼンが乾いた声を出す。
「当たり前ではないか! というか、そうでないのにこんなところでのんきに話していたらただの馬鹿であろう」
『まあな。本来なら塞がっているはずの入り口が開いているのだから、ここで待つ意味など皆無だからな』
「とは言えこれも持ったままでは邪魔だな……そぉい!」
改めて天井に両手を添えたニックが、軽く腰を落としてから天井を投げ返す。するととんでもない勢いで打ち上がった天井が、暗闇の果てで轟音を響かせて砕け散った。
『貴様、何をやっておるのだ!?』
「いや、違うぞ!? 元々落ちないようになっていたのであれば、いい具合に投げ返せばまたはまるのではないかと思ったのだ! 決して壊そうと思ったわけではないぞ!」
『はまるって……想像したことはわかるが、そんなわけないではないか!』
降ってくる瓦礫の山を拳で砕き続けるニックに、オーゼンは思いきり怒鳴りつける。確かに仕掛けの構造上一旦落ちきった天井を再び引き上げて固定しているのだろうとは思うが、思いきり上に放り投げたら何とかなるというのは、いくら何でも雑すぎる。
『貴様という奴は! 本当に貴様という奴は!』
「ま、まあまあ。とりあえずこれでもう天井も落ちてこないであろうし、後はゆっくりこの部屋を探索しようではないか! こんな絵が描いてあるくらいなのだから、きっと何か仕掛けがあるのであろう?」
『……そうだな。あるだろうな。主にこの天井の落下を止める仕掛けとかがな』
「ぐっ……さ、さあ探すぞ! ここからは知的にいくのだ!」
『知的!?』
ニックの発言に、オーゼンが素っ頓狂な声をだす。なお、結局どれだけ考えても仕掛けを解くことはできず、最終的に先が空洞になっている壁をニックが殴り壊すことになるのは、これから一時間後のことである。