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父、道に迷う

「ひ、酷い目に遭った」


 泡を食って宿を飛び出し、ひたすら走ること数時間。やっと落ち着きを取り戻してきたニックは、一息入れつつ自分の周囲を見回した。


「さて、ここは一体何処であろうか? 全く見覚えが無いが……」


 ニックの周囲には鬱蒼とした森が広がっている。ごく普通の森林のため魔族の領域ではないだろうが、逆に言えばその程度の手がかりしか無い。


「うーむ。せめて道でも見えれば……とりあえず適当に歩くか? あるいは引き返すのも手ではあるが……」


 それなりに盛大に走ってきたため、来た道を辿るのは難しくない。が、あのやりとりの後で宿に戻ったりしたら今度こそ何をされるかわかったものではない。如何に豪胆なニックであっても、腕力で解決しない問題には無力であった。


「うむ、辞めておこう。しかし着の身着のままで出てきてしまったのは失敗だったな」


 冒険中ならいざ知らず、町中のしかも宿の部屋の中ともなれば身につけているものなど小さな財布くらいであり、携帯食や水袋、着替えなどなど旅立ちのための備えは全てあの部屋に置いてきてしまった。


 無論、無ければ無いで何とかなる。勇者パーティとして行軍した環境は劣悪どころか凶悪を極め、それに比べればただの森など高級宿に等しい。獣を狩れば食料に困ることは無いし、これだけの森なら間違いなく水源もある。


 そう判断したニックは、とりあえず太陽の位置だけは確認し、東の方へと歩くことにした。人の領域は東側であり、まっすぐ歩いて世界の果てまで道の一本にも出会わないとは流石に思わなかったからだ。


「ふふ。そうだな。優秀な仲間に恵まれすっかり忘れておったが、本来旅というのはこういうものだ。ここはひとつ楽しんでいくとしよう」


 フレイと二人で旅をしていたころは、この手のトラブルはよくあった。原因はニックが適当だったからであり、まだ幼かったフレイには対処のしようがなかったからである。当時を懐かしく思い思わず鼻歌など口ずさみながら森を歩いていると……


「助けて! 誰か!」


「むっ!?」


 不意に何処からか声が聞こえた。女性……それもおそらく子供であろう切羽詰まった声に、ニックは全神経を集中して声の出所を探る。


「お願い、誰か!」


「あっちか!」


 二度目の叫びを聞き逃すこと無く、声の方向を目指してニックは地を蹴る。音を超える速度で移動するニックに周囲の木々がビリビリと震えるなか、すぐに声のした場所へとたどり着くと、そこには予想通り怯えて地にうずくまる少女とそれを食べようと大口を開けた巨大な蛇の姿があった。


「大丈夫か?」


 とりあえず蛇の頭を殴り飛ばし、ニックはすぐに少女に駆け寄る。


「へ? えっと……うわぁぁぁ!?」


 が、顔を上げた少女はニックを見るなり悲鳴を上げ、突然ニックに飛びついてきた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「うぉ!? いや、それはこっちの台詞だが……お主こそ大丈夫なのか?」


「私は怪我も何にもしてません! それよりおじちゃんが……」


「何だ? 儂がどうかしたのか?」


「何言ってるんですか!? 全身血まみれじゃないですか!」


「血まみれ……?」


 言われてニックが確認すると、確かに頭から滴った血が全身を濡らしている。だが当然それはニックの血ではない。


「ああ、今倒した蛇の血か。頭を吹き飛ばしたせいで、首から血が噴き出したのだな」


「ヴァイパーの……? うわぁ」


 少女がニックの背後に視線を向けると、そこには頭が綺麗に消し飛んだヴァイパーの死体が横たわっていた。そのあんまりと言えばあんまりな光景に、少女が思わず声をあげる。


「じゃ、じゃあ本当におじちゃんは怪我してないんですか?」


「うむ。かすり傷ひとつ負っておらぬから、心配せずとも良いぞ。お嬢ちゃんこそ怪我はないか?」


「はい! 助けてくれてありがとうございました!」


 その場に跪いて視線の高さを合わせたニックの言葉に、少女はぺこりと頭を下げる。それに合わせて細長い尻尾がゆらりと揺れるのを見て、ニックは小さく呟いた。


「ふむ。獣人か」


「あ、はい。私はこの近くの村に住んでいる、ミミルといいます。あの、おじちゃんは……?」


「儂か? 儂はニックだ。にしても、近くに村……ということは、ここは獣人の領域なのか?」


「そうですね。ノケモノびとの町からそこまでは離れてないですけど、この辺は私達ケモノ人の領域です」


 ノケモノ人とは、ニック達基人族のことだ。人間が彼らを獣人と呼ぶように、彼らもまた独自の呼び方をする。身分が高いものだと自分たちの呼び方に合わせないと不機嫌になったりすることもあるが、一般人で気にするようなものはまずいない。


「そうか。予定より随分北にずれてしまったか……まあそれはいい。それよりミミルと言ったか。お主は一体こんな所で何をしているのだ?」


「私は……その……ちょっと、薬草を探してまして」


「あのような魔物が現れる場所に、お主のような子供が一人でか?」


 ニックの問いに、ミミルはションボリと尻尾を垂れ下がらせながら顔を下に向ける。


「お母さんが……病気なんです。治すにはもっと先に生えている薬草が必要で。でもそこはヴァイパー……さっきおじちゃんが倒した蛇の巣があるんです。だから村の男の人達もおいそれとは近寄れなくて、だから……」


「そういうことか」


 ニックであればこそ瞬殺したが、如何に身体能力に優れた獣人とは言え、ただの村人が魔物と戦うのは難しい。ましてや巣ともなれば生半可な戦力では犠牲が増えるだけだろう。となれば貴重な戦士を危険に晒してまで村人ひとりを助けるかと言われれば、見捨てるという判断は決して責められるものではない。


 だが、ここにいるのはニックだ。強すぎるせいで勇者パーティから追い出されるようなニックにとって、あんな蛇など物の数では無い。それになにより、小さな女の子が母親のために危険を冒すという状況で助けないなどという選択は、ニックの中に最初から存在していない。


「よし、ならばその薬草採り、儂が手伝ってやろう」


「えっ!?」


 ニックの言葉にミミルは目を丸くして一瞬喜びの表情を浮かべるも、すぐに顔を振ってそれを否定する。


「だ、駄目です! ヴァイパーの巣なんですよ!? きっと沢山魔物がいます。凄く危険なんです! だから……」


「だが、お主は行くのだろう?」


「それは……」


「なに、気にすることなどないのだ。子供は大人に助けられて当然。もしもそれが気になるのなら、お主が大人になったとき、困っている子供を助けてやればよい。世界というのはそうやって回っているのだ」


「おじちゃん……」


 下を向いたままのミミルが、キュッと握った小さな拳を振るわせている。そうして長いようで短い葛藤の末、ミミルはキッと顔をあげると、長い尻尾をピンと立ててニックの顔を正面から見た。


「私を、助けてください。お礼は……私にできることなら、なんでもします。だからどうか、お母さんを助けて!」


 意思の籠もった強い瞳に、ニックは思わず笑みをこぼす。誰かのために戦う事を決めた目は、本当に尊く美しい。


(フレイもよくこんな目をしておったな……)


「あの、おじちゃん……?」


 一瞬無言になったニックに、ミミルが不安げに声をかけてくる。するとニックはそんな空気を吹き飛ばすように勢いよく立ち上がると、ちょうど中天にさしかかった太陽に向かって大声で宣誓した。


「よかろう! この儂、ニック・ジュバンがその依頼確かに請け負った!」

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