父、ネタバレを聞く
「おお、これは爽快だな!」
底の見えない穴の中。その体重もあって勢いよく滑り落ちていくニックが気持ち良さげに声をあげる。体重差もあって他の二人の倍近い速度で移動しているのだが、ニックが恐れを抱くような速度にはほど遠い。
『む?』
「……っと、もう終わりか。で、どうしたのだオーゼン?」
と、不意にオーゼンが声をあげる。だがそれに反応するより早くニックの巨体が穴から飛び出し、華麗に着地を決めつつ室内の様子を確認してから、ニックが改めてオーゼンに問う。
『ふむ。さっき貴様が通った穴だがな、途中で転移陣が発動していたぞ』
「そうなのか!? 全く気づかなかったが……」
オーゼンの言葉に驚くニック。いつもならば転移陣を通れば軽い酩酊感が襲ってくるのだが、さっきは何も感じなかったからだ。
『貴様が何度も使ったものとは仕組みが違うのだ。貴様自身を跳ばすのではなく、離れた二つの場所を繋ぐ扉のような……貴様の持つ「王の鍵束」で開いた扉をくぐり抜けたのと同じだと言えばわかるか?』
「なるほど。儂自身に何かあったわけではないから感じなかったということか」
『そうだな。そのためにこそあの暗く長い穴が必要だったのだろう。高速で滑り落ちている時に高度な魔力感知を働かせている余裕のある者などそうはいないだろうからな』
オーゼンの言葉に、ニックは大きく頷いてみせる。実際オーゼンが指摘しなければ、ニックがそれに気づくことはなかっただろう。
「ということは、この後ろの穴を登っても元の場所には戻れないということか?」
『おそらくはな。あの転移陣は常時発動型ではなく、明らかに貴様に反応して発動していた。そしてどう考えてもこの穴を登って戻ることは想定していないだろうから、こちら側から入れるようにはしていないだろう』
「そうか……儂に反応していたというのは?」
『そこまでは何とも言えぬ。単純に通り抜ける人間に反応して自動発動するのか、貴様が知らぬ間に何らかの条件を満たしていたから跳ばされたのか……どちらであっても今更調べる方法は無いし、まあ貴様ならどんな場所に跳ばされようと何の問題もあるまい?』
「まあ、それはな」
オーゼンの言葉に苦笑して答えつつ、ニックはふと壁の穴に視線を向ける。
「バン殿達は大丈夫であろうか?」
『心配か?』
問うオーゼンに、ニックはゆっくりと首を横に振る。
「いや。幼い子供というのなら別だが、バン殿もモンディ殿も立派な大人……というか、遺跡調査という意味では儂よりもずっと詳しい専門家だ。戦うことしかできぬ儂が二人を心配しても仕方あるまい。正式に護衛として雇われているというのなら探すがな」
『うむ。貴様の言う通りだろう。ならばあの二人のことは一応気にしつつこのまま進む、ということでいいのではないか? 我の目的であったこの建物の魔力の正体は、さっきの転移陣でおおよその見当がついたしな』
「そうなのか!?」
元々ここにやってきたのは、オーゼンが不思議な魔力を感じ取ったからだ。ここに至るまでにもこっそりとオーゼンを壁に押しつけたりして色々と調べていた成果がやっとでたのかと、ニックが嬉しそうな声を出す。
『うむ。絶対とまでは言わんが、おそらくは間違いないだろう。これはアトラガルドでよく使われていた「魔導構造体生成装置」と呼ばれる魔導具を用いて造られた建造物だ』
「すとらく……何だ?」
『魔導構造体生成装置だ。貴様にわかりやすく言うなら、魔法の力で床や壁、天井からそこに付随する家具などの基本的な構成物を簡単に作り出せる魔導具だな。アトラガルドにおける建築では一般的に使われていたものだ』
「それは凄いな!」
オーゼンの説明に、ニックは驚愕の声をあげる。現代であれば木こりが木を切り職人が加工し、それを組み立ててやっとできるようなものが魔法で簡単にできるというのは、ニックからすればまさに奇跡の御技であった。
『何を今更驚く? まさか貴様、あの「百練の迷宮」を人が石を積み上げて造ったとでも思っていたのか?』
「いや、それはそうだが……ん? だがここは二〇〇〇年前の遺跡なのだろう? アトラガルドとは時代が合わないのではないか?」
『そうだな。故にこれはアトラガルドの時代に造られたものではなく、アトラガルドの遺跡から発掘された「魔導構造体生成装置」を使って二〇〇〇年前に建設されたものではないかというのが我の予想だ。
実際、本来あるべき機能がかなり失われているようだからな』
そう言いながら、オーゼンは改めて周囲の壁や床、天井などをを魔力感知で調べる。そこには大小のひび割れが確認されるが、基本機能である自動修復が働いているならばこんな風になるはずがない。
それに、魔物が入り込んでいたり致死性の罠が存在していたりするということは、特別な権限がなければ解除できない安全装置も働いていないということだ。アトラガルド時代であっても一般市民には外せなかったそれを二〇〇〇年前の人物に解除できるとは思えなかったので、その当時には既に壊れていたのだろうというのがオーゼンの予想となる。
「ふーむ。確かに地下にこんな規模の建築物があるのは不思議だとは思っていたが、そういうことだったのか……だがオーゼンよ。アトラガルドの人々というのは、こんな石造りの建物に住んでいたのか?」
それはニックにふと浮かんだ疑問だった。石の建物は確かに堅牢だろうとは思うが、日常生活を送るには正直あまり向いているとは思えない。これほどの建造物を容易く生み出せる文明が、こんな単純な構造の家に住んでいるとは今一つ思えなかった。
『それは違うぞ。これは基本の構造物ではなく、追加テーマである「墳墓の侵略者」を使っているのだろうな』
「ぬぅ!?」
また飛び出した新しい単語に、ニックが微妙に顔をしかめる。そんなニックの態度を愉快そうに笑いつつ、オーゼンは言葉を続ける。
『ハッハッハ。そんな顔をするほど難しいことではない。「魔導構造体生成装置」には用途に合わせて建築物の種類を追加する機能があったのだ。民家を造るのに城の部品など使うことはないだろう? これはそういうものの一つで、娯楽用に作成されたテーマが用いられているのだ』
「娯楽!? この薄暗くて罠が満載の遺跡がか!?」
『そうだ。ここを探索する全ての者が、貴様のように何の危険も感じること無くこの遺跡を歩き回っていると考えるがいい。そう考えれば楽しめると思わんか?
ああ、勿論だが本来はこれこのままではないぞ? やや薄暗い程度の照明がついているはずだし、魔物は存在していない。罠ももっとわかりやすい感じで仕掛けられていて、解除に失敗したり発動させてしまったりしても、ちょっとビックリするくらいであろうな』
「むーん。そういうことなら……」
未知の遺跡を探索するのは、ニックにしても胸に沸き立つものがある。完全に安全が保証されているのであれば、確かにそれは楽しそうだとニックにも思えた。
『まあ、とりあえずはそんなところだ。我の気になることは大体知れたから、後は貴様が好きなようにするがいい。最奥まで言って歴史の一端に触れるもよし、引き返して他に行くもよし……貴様がそんな事をするとは思わんが』
今現在は完全に帰路を絶たれた状態だが、ニックがその程度でここから抜け出せないはずがない。とは言えあの二人を残してニックがここを立ち去るなどオーゼンは欠片も思っていなかったし、当のニックもまた同様だ。
「当然だ! と言うことで、まずは適当に歩くか」
今すぐに合流したいなら、「王の羅針」を使うことで簡単に合流はできる。だが目的が半ば以上果たされているなら、そんなことをしては勿体ない。
足下の床に忘れずに蝋石で矢印を描くと、ニックは鼻歌を歌いながらゆっくりと遺跡の奥へと足を踏み出した。