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歴史学者、尊い犠牲を払う

「ちょっと、これどうするのよバン!?」


「焦っちゃ駄目だモンディ。こういう時こそ冷静になるんだ」


 ゆっくりと、だが確実に降りてくる天井。自分の命の残り時間をここまでわかりやすく見せつけられれば、誰でも混乱するのが当然だ。


 だが、そうやって冷静さを失った時点で本当に死が確定してしまう。幾度も死線をくぐり抜けたバンはそれを骨の髄まで理解しているが故に、あえて貴重な数秒を浪費して大きく深呼吸をする。


「すぅぅ……はぁぁ……よし」


 酸素が行き渡ったことで、狭窄していた視野が広がり思考が鮮明になっていく。ならばまずはとバンは部屋の中をじっくりと見回した。


「三方は壁のみで出口は無し。唯一の入り口は丸石がはまっていて通行不能、完全な密室か……」


 一見すれば、この時点で詰んでいると思われる。だがバンの頭脳は明確にそれを否定する。


(ここに飛び込んだ時点で死ぬしかない仕掛け? その可能性は低い。それならそもそもここに部屋なんて作らずに行き止まりにしておけばよかっただけだ。そうすれば私達はあの丸石に潰される他無かったわけだからね。


 ならば、この部屋は間違いなく通過点(・・・)だ。何か必ず通り抜けられる仕掛けがある。まずはそれを見つけなければ……)


 バンの視線が、せわしなく部屋中を飛び回る。左右の柱の長さは同じか? 壁に不自然なひび割れや隙間はないか? 細かく意識を向けていくが、これといった違和感は見つからない。


「……ねえ、バン。この部屋は他と随分作りが違うわね」


「ん? どういうことだいモンディ?」


 が、そこでモンディが気になる言葉を口にする。彼女もまたプロであり、既に混乱からは立ち直り生き残るためにその知識と知恵を総動員している。


「壁よ。遺跡の他の場所は殺風景だったけど、この部屋の壁には綺麗な壁画が描いてあるじゃない」


「壁画……?」


 言われて始めて、バンはその存在に気がついた。注意しなければ見落とすような差異ばかりを探していたために、大きなものに気づけなかったのだ。


「よくやったモンディ! だが壁画……これに何の意味が?」


「さあ? 多分モナ王の事を表現した絵だと思うけど」


 モンディの指摘通り、部屋の左右と正面の壁にはそれぞれ違う壁画が描かれている。一枚は太陽と月の昇った空を崇める民の絵。一枚は赤と白の石壁を積み上げる民の絵。そしてもう一枚は、冠を頂く二人の王とそれに傅く民の絵だ。


(太陽と月、赤と白……それぞれ対になる色か。と言うことは……っ!)


「なるほど、そうか!」


 言うが早いか、バンは即座に左の壁に向かって走り出す。そこが一番制限時間(・・・・)が短いからだ。


「ヒエ・テンデ・モナ王! ヒエは白い、テンデは月を表す古代ヒャッコイナ文明語だ!」


 靴に仕込んだ『烈風』の魔石を起動し瞬時に跳び上がったバンの手が、落ちてきた天井が重なる直前で月の絵を掴む。するとその部分がすっぽりと抜け落ち、四角い石版がその手に収まる。


「ちなみにだが、対立していたというアル・デンテ・スパ王の方は、アルが赤い、デンテが太陽という意味だ。同一言語で対比するような名付けから、この二国の源流は元々一つの大国だったのではと言われている!」


 そのまま壁を蹴って反転すると、猛然と反対側まで走り抜いたバンが壁に描かれた積み上げられる白い石壁のうち、唯一まだ積まれていない部分に手を伸ばす。するとそこもまた綺麗に外れ、バンの手には石版が二枚。


「傅く民は王に捧げる! ここは王に拝謁する資格があるかどうかを試す試練の間ということか!」


 元々は一〇メートル以上の高さがあったと思われる天井も、今はもう二メートルを切っている。それでもバンは諦めることなく、靴底の『烈風』の魔石を発動させる。すぐに魔石の使用限界が訪れパリンという固いものが割れる音が響いたが、既にバンの手は届いている。


「ここだ!」


 王に傅き何かを差し出すようにしていた民の手の上に、バンは両手で持った石版を押しつける。すると二枚の石版が吸い込まれるように壁にはまり込み、赤い王の描かれた壁画部分が軽い音を立てて床の下に消えていった。正しき答えを捧げた者に、正しき道が示されたのだ。


「モンディ! ……何っ!?」


 バンはすぐさま振り返り、モンディの名を呼ぶ。だが察しのいいはずの彼女は、何故か自分のすぐ側ではなく部屋の中央で倒れ込んでいた。


「どうしたんだモンディ!? 早く来るんだ! 走れ!」


「ごめんなさいバン。私もう足が……」


 バンの呼びかけに、モンディは苦笑しながらそう答える。ずっと痛みを誤魔化しながらやってきたが、あの長い階段を駆け下りたことで遂に限界が来ていたのだ。


「何だと!? 何故今更!? どうして先に言わなかったんだ!」


「もし言ったら、間に合わなかったでしょう?」


「それは……っ」


 モンディの足が限界だと伝えられていたら、バンは迷わず彼女の足を最初に治療しただろう。それはおそらく一〇秒もかからなかっただろうが、その一〇秒の遅れがあったら、あの「月」の石版は入手は間違いなく間に合わなかっただろう。


「仕方ないわ。全ては自己責任……何もバンが悪いわけじゃないわ」


「そんな事関係あるか! さあ、早くこっちに! 這ってでも来るんだ!」


 背負ったリュックを部屋の外に放り投げると、開いた出口のすぐ側でバンが腰をかがめながら必死に手を伸ばす。既に天井はバンが腰をかがめなければならないほどに落ちており、今更モンディのところまで戻ることはできない。


「わかってるわよ。私だって最後まで諦めない……でも、もし駄目だったら……」


 モンディは匍匐前進の要領で、腕を使って床を這う。だがその進みは遅々としており、どう考えても間に合わない。


 故に、モンディは笑う。自分が目指したライバルに見せる最後の顔は、笑顔であって欲しかったから。


「ごめんね、バン。私、歴史学者になって幸せだったわ」


「モンディーーーーーーーーー!!!!!!」


 ズシンという音を立てて、天井の落ちる動きが止まる……止まっているというのに、モンディの意識はまだ現世に残っている。


「……あれ? 何で?」


 どうしても恐怖に耐えきれず目を瞑ってしまったモンディが、いつまでもやってこない終わりを不思議に思って目を開ける。するとそこには、必死になって床を這いずりこちらにやってくるバンの姿があった。


「バン!? 貴方何やってるのよ! っていうか、なんで天井が止まってるの!?」


「ふ、ふふふ。君は私を誰だと思っているんだい? あらゆる事態を想定し準備に準備を重ねるのがこの私、バン・ジャックだぞ! こんなこともあろうかと、備えているに決まってるじゃないか!」


 必死に匍匐前進をしながら、バンがニヤリとカイゼル髭を釣り上げる。見れば彼の体の左右には、二本の金属の棒が床と天井の間に突き立っていた。


「私の愛用の手槍は、特別製でね。かつて古代遺跡から発掘したもので、特別な効果があるわけじゃないが……」


「バン……くっ……」


 バンが進む。モンディが進む。今にも落ちてきそうな天井の下で、二人の歴史学者が無様に、だが必死に床を這いずり進む。


「なんとあれ、魔鋼(アダマンティア)で出来ているんだよ。世界最硬の金属だ。どうだい、凄いだろう?」


「ええ、本当に凄いわね……一体金貨何枚になるのかしら?」


「さあね。一〇〇枚か二〇〇枚か……だがたとえそれが万や億であったとしても」


 バンの手が伸びる。モンディの手が伸びる。二人の伸ばした指先が絡み、そしてがっちりと握り合う。


「終生のライバルの存在には、とても釣り合わないさ」


「バン……っ!」


「さあ、急ぐぞモンディ。石の重さ如きで魔鋼(アダマンティア)は砕けないだろうけど、下の床は別だ。床が割れてめり込んでしまったら、私達も一緒に潰されてしまうからね」


「ふふっ、そうね。ここまできたら、私だって助かりたいもの!」


 一人は来た道を後ろ向きで戻り、一人は光指す未来へとただひたすらに邁進する。やがて男が部屋の外にその身を解放すると、すぐに力を込めて女の体を引っ張った。


「くっ、重いな……モンディ、君はもう少し痩せるべきじゃないか?」


「失礼ね! 重くないわよ! ちょっと胸がつかえてるだけで……くぅぅ」


「まったく、いくら魅力が詰まっているとはいえ、困りもの……だっ!」


 バンが体重をかけて思いきり引っ張ると、遂にモンディの体が部屋の外に飛び出した。それと同時に天井が落下し、床と天井の隙間がピッタリと合わさってしまう。


「ふぅぅぅぅ……まさか自分の小さい体に感謝する日がくるなんて、思ってもみなかったよ」


「バン……」


「ああ、別に礼なんていらないさ。これは私が好きでやったことだからね。全ては自己責任……だろう?」


「違うわ。そうじゃなくて」


「ん? じゃあ何だい?」


 気の抜けた声で問うバンに、モンディはニンマリと笑う。


「私の胸、魅力的だったの?」


「っ!? いや、違うぞ!? それはあれだ、言葉の綾というか、不安定な精神状態で漏れ出した不確実な情報というか……」


「今ならお礼に好きなだけ揉ませてあげるわよ?」


「いらん! そんなものに興味は無い!」


 顔を背けて断言するバンに、モンディは更にニヤニヤしながら言葉を続ける。


「あらそう? じゃあこれもいらない?」


「だから……何!?」


 モンディが振って見せたのは、天井に潰されたはずのバンの短槍。


「どうして、いや、どうやってそれを!?」


「体が抜け出す瞬間に、鞭で絡めて抜き取ったのよ。流石に二本共は無理だったけど……いらないなら私がもらってもいいかしら?」


「駄目だ! それが幾らすると思ってるんだ!」


 思わず伸ばしたバンの手を、モンディの手がひょいっとかわす。


「さあ? 詳しいことは知らないけれど、でも終生のライバルには変えられないんでしょ?」


「前言撤回だ! 君が潰れることでもう一本も返ってくるなら、私は喜んで見捨てよう!」


「ひっどーい! そんなこと言うバンには、これは返してあげないわ」


「何だそれは!? 私は君の命の恩人だぞ!」


「それは自己責任なんでしょ? ならこれを返してあげることで、バンには貸しひとつね」


「ぐっ、やむを得まい……?」


 どうにも腑に落ちないものを感じながら、バンは魔鋼(アダマンティア)で作られた短槍をモンディから受け取る。本来ならば繋げて一つにするはずの片割れを失い相当に短くなってしまったが、それでも愛槍の感触はバンの心に安らぎをもたらす。


「はぁ……まずは君の手当からだ。ほら、足を出したまえ。こんなこともあろうかと、傷によく効く薬は何種類も持っているからね」


「ふふっ、ありがとうバン」


 モンディが大人しく足を差し出すと、どっと疲れた様子のバンが近くに放り出されていたリュックから回復薬やら包帯やらを取り出して手際よく治療していく。そしてそんなバンの姿を、モンディは幸せそうな笑顔でジッと見つめる。


 バンの尊厳や高価な短槍と引き換えに、終生のライバル関係はまだまだ当分続いていくようだ。

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