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学者達、浪漫罠にはまる

「シャドウウォーカーは片付けた! 残りはそっちのルインスパイダーだけだ!」


「わかったわ!」


 無事にバンと合流を果たしたモンディ。だが二人になったことで気配や物音なども二倍になり、その代償として今現在二人は魔物の群れに襲われていた。


 と言っても、それは悪いことだけではない。互いをよく知る二人の存在は個々の戦力を倍以上に高めており、襲ってきた魔物の大半は既に倒されている。バンの発した言葉通り、残っているのは全長一メートルほどの巨大な蜘蛛の魔物ただ一匹だ。


「いい加減倒れなさい!」


 モンディの振るう鞭が、ルインスパイダーの前足に絡みつく。体重差の関係で引き倒すことこそ出来ないが、それによって動きを阻害されたルインスパイダーの巨体が僅かにぐらつき……


「今よバン!」


「任せたまえ!」


 その一瞬。靴底の「烈風」の魔石を発動させ高く跳んだバンが、携えた短槍に全体重をかけてルインスパイダーの上に落下する。それは見事にルインスパイダーの甲殻を貫き、その体内に宿る魔石を粉々に打ち砕いた。


 そうしてルインスパイダーの痙攣が治まったのを確認すると、やっとバンとモンディは大きく息を吐いて互いの顔を見合わせた。


「お疲れバン」


「お疲れ様、モンディ。相変わらずいい腕だ」


「まあね。バンも相変わらず用意周到だこと」


 少し皮肉げに言うモンディの視線の先には、シャドウウォーカーの死体がある。確かにシャドウウォーカーは鋭敏な嗅覚を持っているが、遺跡などの暗くジメジメしたところに生息しているだけあって、腐敗臭などの通常の悪臭には極めて高い耐性があり、ほぼ反応しない。


 なので、単に嗅覚が鋭いという情報だけを頼りに一般的な臭気玉などを使えば、悶絶するのは使用者だけなのだ。


 だが、バンが使っている臭気玉はシャドウウォーカーに効くように調合された特殊なもので、辺りには場違いな甘い花の残り香が漂っている。こんな物を準備している歴史学者は、モンディの知る限りバン以外には存在しない。


「はっはっは。何を言うかと思えば。この私があらゆる事態に備えて入念に準備を済ませているのは当然だろう! 完全! 万全! 完璧にして鉄壁の備え! それがこの私、バン・ジャックのやり方だからね!」


「知ってるわよ。もう長い付き合いだもの」


 自慢げにカイゼル髭を撫でつけるバンに、モンディは肩をすくめて苦笑する。


「それにしても、ニックさんはどうしたのかしら?」


「ふむ。君と合流できたことから考えても、そう遠くにいるとは思えないんだが……まあニック君であれば問題ないだろう。魔法の鞄(ストレージバッグ)持ちなら迷ったとしても食料は十分に持つだろうし、戦闘に関しては我々が心配するのも烏滸がましいくらいだからね」


「まあ、そうね。そのうち会えるでしょ」


 ある意味突き放したようなバンの言葉に、モンディもまた同意する。探して見つかるものでもないし、探すほどの弱者でもない。ならば今は信じて進むだけだとばかりに、二人の歩みは止まらない。無数の罠を解除し、幾度もの戦闘をくぐり抜け、そうして二人が辿り着いた先には――


「待てモンディ。ここには多分、アレがあるぞ」


 不意に立ち止まったバンの言葉に、モンディもまた動きを止める。真剣な……だが何処か楽しそうなバンの表情にモンディは周囲を見回し、そのうってつけ(・・・・・)な状況に思わず声をあげる。


「え、嘘でしょ!? アレが本当にあるっていうの?」


「ああ、間違いない。この私の勘がここはアレがあると言っている」


「えぇぇ……」


 二人の目の前にあるのは、急勾配の下り坂。あまりの深さに底は見えず、光の届く範囲には脇道も無い。こんな所に仕掛けられる罠と言えば、世界一有名でありながら実物にはまずお目にかかれないアレだ。


丸石落とし(ローリングストーン)……まさか実物を見る日が来るとは思わなかったわ」


 細くて長い下り通路を歩いていると、背後に巨大な丸石が落ちてきて追いかけられる。娯楽作品のなかではよくある罠だが、実際にそれが存在する可能性は極めて低い。


 理由は言うまでもない。でかくて丸い石なんて運ぶだけでも大変だし、それを生かすために長い下り坂を作るのも大変だ。しかも一度発動してしまえば再設置には途轍もない労力が必要になるだろうし、発動する度に通路全体が痛むだろうから補修も必要になる。


 まともな頭があるなら絶対に設置しない浪漫罠。それが『丸石落とし(ローリングストーン)』であった。


「おっと、期待に応えられなくて申し訳ないんだが、実物を見るのは無理かも知れないね。すまないが、ちょっと私を肩車してくれないかい?」


「バンを? いいけど……何をするの?」


「それは見てのお楽しみさ」


 ニヤリと笑ってカイゼル髭を撫でつけるバンを、モンディは口をへの字にしながらも自分の肩に乗せる。するとバンが天井に対して、何やら粘液のような物を塗りたくり始めた。


「……ねえバン。見ても何をしているかわからないんだけど?」


「フフフ。これは接着剤さ。丸石落とし(ローリングストーン)の罠は天井が開いて石が落ちてくるだろう? ならば開く場所をあらかじめ固めてしまえば、石は落ちてこられないじゃないか!」


「あー……まあ、そうね」


「どうだいこの私の用意周到ぶりは! さ、これで五分もすれば固まるはずだ。その後は悠々と階段を降りようじゃないか!」


「ええ、いいけど……」


 今一つ腑に落ちないものを感じながら、接着剤が固まるのを待って二人は階段を降りていく。するとすぐに天井からガタンという大きな音が響き、接着剤を固めたところがひび割れて丸く膨らむ。


 ……が、確かに石は落ちてこない。


「うわ、本当に止まってるわよ」


「当たり前だろう! この私が……何!?」


 得意げに言おうとしたバンを余所に、天井から再びガタンという音が響き、ひび割れが大きくなる。それが二度、三度と続き……そして四度目。


ガッターン!


「ちょっ!? バン、落ちてきたわよ!?」


「ぬぅ、まさか丸石を連装式にしていたというのか! 何と言う備えの厚さだ。是非とも見習いたいところだが……」


「馬鹿なこと言ってないでよ! 走るわよ!」


 感心した表情を浮かべるバンの手を引き、モンディが猛烈な勢いで階下に向かって走り始める。だが背後から追ってくる石の速度はドンドンあがっていき、このままでは巻き込まれるのは必至だ。


「どうするのよバン!?」


「任せたまえ! ていっ!」


 足を止めることなく振り向いたバンが、背後の石に向かってポケットから取り出した小石を投げつける。普通に考えればその質量差で足止めになどなるはずがないのだが、小石がぶつかり割れた瞬間。


ボカーン!


「何を投げたの!?」


「はっは。こんなこともあろうかと用意していた『爆風』の魔石さ! 勢いを殺せれば、再加速するまでの時間が稼げる。あとは魔石の在庫が尽きるか私達が下まで辿り着くかのチキンレースだよ!」


「そんなのやりたくなかったわぁ!」


 得意げな顔のバンを思いきり睨み付けながら、モンディは必死に走り続ける。足の長さの関係上モンディの方が走るのは速いのだが、バンは時々靴底の『烈風』の魔石を使ってブーストしているため、結果的に二人はほぼ横並びで一目散に階段を駆け下りる。


「見ろモンディ! ゴールだ!」


「あーもう! 何でこんなことに! ってか罠があるってわかってるなら他の通路を行けばよかったのに!」


「無理を言うなよモンディ。こんな大規模な罠を仕掛けているのに、他の通路なんてあるわけないじゃないか!」


「わかってるけどぉ!」


「跳べ!」


「えーいっ!」


 最後の最後、まさに滑り込むような勢いでバンとモンディの体が宙を舞い、通路と部屋の境界となる入り口を通過する。するとすぐ背後でドシーンという音が鳴り響き、つい先ほどまで存在していた出入り口は物の見事に壁へと変わってしまった。


「はぁ……はぁ……何なのよもう……」


「ふぅ……落ち着いているところ悪いが、まだ終わりではないようだよ?」


「ええぇ……!?」


 上を見上げるバンに釣られて、モンディもまた天井を見上げる。するととても顔の表面にパラパラと石のかけらが落ちてきて、遠い天井からはゴゴゴゴゴと低くて不快な石の擦れる音が聞こえてくる。


「嘘でしょ!? ここまでやるわけ!?」


「うーん。間違いなく天井が降りてきているね」


 バンとモンディ。二人の窮地は絶賛継続中のようだ。

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