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美女学者、華麗に進む

「きゃんっ!?」


 長い長い穴を滑り抜け、強かに床に尻を打ち付けたモンディが思わず悲鳴をあげる。だがすぐに立ち上がると、お尻をさすりつつも油断なく部屋の中を見回した。


「……とりあえずは安全みたいね。全く、何なのよこの穴」


 周囲に魔物の気配が無いことを確認してから、モンディは自分が出て来た穴を恨めしそうな目で見る。何処にも引っかかりの無い通路はモンディの体を強制的にドンドン加速させていき、本来の目論見であった「飛び出す瞬間に鞭で何処かに捕まる」という行為すらさせてはもらえなかったのだ。


「穴は一つ……と言うことは、やっぱりはぐれちゃったのね。まあいいわ。ならさっさと進みましょう」


 モンディもまた、バンと同じく自分の行動を言葉として発していく。思考をまとめるという点で有効な行為だが、それとは別に人は人の声を聞くことで心が落ち着くという効果もある。学者や研究者など、自分一人で作業をする者にやたらと独り言を言う人が多いのはそのためだ。


「っと、いきなり分かれ道……そうね……」


 忘れずに蝋石で矢印を描き、部屋を出たモンディの前にはすぐに三叉路が現れる。これが十字路であればモンディは迷わず中央を行くのだが、左右どちらに進むべきかしばし考え……


「……左にしましょう。こういうとき、バンは何故か左を選ぶものね」


 そう呟き、モンディは左に矢印を描いてから進む。


 互いの位置がわからないのだから所詮は机上の空論だが、それでも合流だけを考えたならば右に曲がった方が早い気はする。だがそれを選ばないのは、そうするとバンの先を行くことができないからだ。


「フフッ、見てなさいバン。モナ王の墓所は私が必ず先に見つけてあげるんだから!」


 少しだけ声を弾ませながら、モンディは遺跡を進んでいく。その原動力の根底は、バンとの初めての出会いにあった――





 モンディがバンの姿を初めて見たのは、今から一五年前(・・・・)だ。ザッコス帝国の遺跡発掘にやってきていたバンを、当時一〇歳だったモンディは遠くからこっそり見ていた。


 何だか怖そうな穴蔵に進んで潜り、出てきた時には凄く楽しそうな顔をしている人。その印象が当時のモンディの頭に強く残り、彼女はバンという存在に、ひいては歴史学者という職業に強く惹きつけられた。


 その結果、彼女は貴族家の子女という立場を捨て、歴史学者になるという道を志す。幸いにして家の方は長女であるワンディが「一日限りの女神様」という触れ込みで売り出した化粧品類が爆発的な人気を誇っていることで問題なかったし、モンディ自身にも歴史学者の才能があったのか、事態はトントン拍子に進んでいく。


 そうして独学で勉強を重ね一五の時に正式に家を出ると、歴史学の大家であったカコトカ・シラベルン名誉男爵に師事。歴史学者として必要な知識や技術を叩き込まれたモンディは一八歳という異例の若さで独り立ちを許され、最初に向かったのが異国で遺跡の調査に従事していたバンのところだったのだが……自分のことをこれっぽっちも覚えていなかったバンに腹を立て、その場で終生のライバル宣言をしたというのが本当の二人の経緯だ。


「貴方には本当に感謝してるのよ? バン。だって貴方に出会ったからこそ、私はこんなに面白い世界を知れたんですもの」


 入り口は羨望。バンのあまりにも眩しい笑顔が、モンディをこの道へと誘った。そうして足を踏み入れてみれば、歴史学の世界は黄金の林檎のように魅力的だ。


 調べれば調べるほど知識と謎が増えていき、知れば知るほど世界が広がっていく。その楽しさは他のどんなものよりも上で、今やモンディにとって歴史学は正しく人生そのものだった。


「ただ、こういうのはあんまり望んでないのよ……ねっ!」


 不意に、モンディの鞭が遺跡の天井を叩く。すると天井から縄のようなものがボタリと落ちて、そのまま苦しそうに身をよじる。


「ルインスネーク……赤と黒の縞模様なら毒の無い奴よね。でも……」


 床に落ちた蛇が動かなくなっても、モンディは意識を緩めない。この色のルインスネークは毒が無い代わりに、数匹から数十匹の群れで行動するからだ。


 そんなモンディの知識と経験は、良くも悪くも裏切らない。ほんの僅かな思考の間にも、ひび割れた壁の隙間などから次々とルインスネークが姿を現す。無数の蛇が体をうねらせる様に背筋に寒いものを感じるモンディだったが、この程度で尻込みしていては歴史学者はやっていられない。


「さあ、かかってらっしゃい! 私の鞭は、貴方達ほど優しくないわよ?」


「シャァァァァ!」


 モンディの鞭が床を這うルインスネークをなぎ払う。だが先端が当たった蛇以外は致命傷にはほど遠く、壁に叩きつけられてなおルインスネークは動きを止めない。


「鬱陶しいわね! しつこいのは嫌われるわよ!」


 床、壁、天井、縦横無尽に振るわれる鞭が次々とルインスネークを打ちのめしていくが、思ったよりも倒している数が少ない。多勢に無勢のうえ武器の相性があまりよくないせいだ。


「これなら中型の魔物が何匹か来てくれた方が楽だったわね……痛っ!?」


 だからこそ、隙が生まれる。鞭を振り下ろすには当然振りかぶらなければならないため、その攻撃の合間を縫ってこっそり近づいていたルインスネークがモンディの左足首に噛みついた。


 だが、この位置に鞭を振るっては大きな隙ができてしまう。攻撃は正面に続行しつつ左足を振り上げ噛みついていたルインスネークの体を踏みつけるも、その牙が外れる様子は無い。


「あー、もうっ! でも、これで!」


 振るう。振るう。鞭を振るう。倒すのに時間がかかるというだけで、モンディに負ける要素はない。結局五分ほどかけて全ての蛇が動かなくなるまで鞭を打ち据え終えると、モンディはようやく足首に噛みついた蛇を素手で掴み取り、その牙を外してから床に叩きつけ頭を踏み潰した。


「うっ、結構深いわね……」


 噛みつかれたまま足を動かしていたため、刺さった牙が傷口でグリグリと動き回り、モンディの左足首はそれなりの流血と共に赤く腫れ上がっている。足が止まるのは死ぬことと同じだと理解しているモンディは、躊躇することなく貴重な回復薬のひとつを噛まれた傷口に振りかけた。


「……まあ、このくらいよね」


 それにより血は止まり、傷口もほぼ塞がる。とは言えそこまで高級な回復薬ではないのでどうしても傷の奥に疼くものが残ってしまったが、この場ではこれ以上は望むべくもない。


「はぁ、幸先が悪いわね」


 苦々しい顔で己の足首を見つめてから、モンディは思わずため息をつく。そのまま警戒を維持しつつ道を進めば、やがてまたも三叉路に辿り着き……


「前言撤回。どうやら言うほど悪くは無いみたいね」


 壁に描かれた矢印に、モンディの唇が釣り上がる。特徴的なその描き方は、彼女のよく知る歴史学者のものに間違いない。


「あ、でも、これだと私の方が出遅れてる形になるのかしら? 待ってなさいよバン。すぐに追いついてあげるんだから!」


 モンディの頭に浮かぶのは、いつでもあり得ないほどの準備を重ねて余裕綽々に遺跡を巡る先達の歴史学者。得意げにカイゼル髭を撫でつけながら「こんなこともあろうかと!」と背中のリュックから多彩な道具を取り出す男の姿に、モンディは想像の中で鞭を一発くれてやる。勿論、完全な八つ当たりだ。


「さあ、急いで追いつくわよ! バンが通った後なら罠も無いだろうし、すぐに捕まえてやるわ!」


 未だ疼いているはずの足の痛みすら忘れ、モンディは駆け出しそうな勢いで矢印の示す先へと進んでいった。

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