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父、振る舞う

「ふむ、こう来たか……」


 幾度かの小休止を挟み、そろそろ一日目の探索は終了しようかという頃合い。辿り着いた最後の部屋で一行を待ち受けていたのは、壁際に並ぶいくつかの穴であった。


「穴だな」


『うむ、穴だな』


「うわぁ、これはここを入って進めってことよね」


 一〇メートル四方くらいの割と広めの部屋の中、正面と左右の壁にそれぞれ三つずつの穴が空いている。人が一人割と余裕をもって通れそうなその穴は深い闇を讃えており、ランタンを近づけようとも底が見えることはない。


 ちなみに、ここに至るまでの道筋は細く長い通路に時折小部屋が存在するといった感じで、小部屋から更に先……という通路は一切なかった。つまり通路の先にあったこの部屋こそが現段階でのこの遺跡の終着点であり、この穴に入らないのであれば調査はここで終わりということになる。


「一応確認だけど、途中にあった部屋に隠し通路のようなものを見つけた者はいるかね?」


「無いでしょ。仮にあったとしても、私とバンがあれだけ探して見つからなかったのなら、正直見つけられる気がしないわ」


 バンの言葉に、モンディが肩をすくめて答える。これが冒険者による探索であれば軽く探索して金目の物が無ければ次へ……という流れのため見落としの可能性は十分にあるが、バン達の目的は遺跡の調査そのものであり、何も無い部屋であろうとも壁や天井まで隅々を調べ尽くしている。


 自身の専門家としての実力の自負と、相手の能力への信頼。それでも全てを見つけられると思うほど彼らは傲慢ではなかったが、今更探して隠し通路を見つけられると思うほど自分と相手を卑下したりもしない。


「ニック君はどうだね? 冒険者としての視点で聞きたい」


 ならばこそ、自分たちとは違う視点を持つであろうニックに、バンが問う。だがそれに対するニックは迷うでもなく首を横に振る。


「無いな。壁、床、天井、そのどれも空洞があるという場所はなかった。よほど分厚い……そうだな、三メートルより厚い壁が大規模に移動するような仕掛けでもなければ、物理的な隠し通路はまず無いだろう」


 ニックには遺跡の仕掛けなど全くわからない。が、軽く壁を叩けばその向こうが空洞かどうかを判別するくらいはできるし、足下の床が薄ければそれこそ一瞬で気づく。


 流石に見ただけでわかるわけではないので普段なら天井は未調査だっただろうが、今回はバン達が調べていたのを軽く手伝ったということもあり、ニックからしてもここまでの道程で隠し通路と呼べるようなものが無かったことは確実であった。


「そうか。一応巧妙に隠された魔法陣などがある可能性はあるけれども、そこまでは我々ではどうすることもできない。となればここに入るか否かだが……」


 そう一旦言葉を切って、バンが目の前の二人の表情を伺う。勿論、そこに浮かんでいたのは予想通りの不敵な笑顔だ。


「ここまできて引き下がるのは無いわよね。当然私は入るわよ?」


「儂もだ。こんな面白そうなところで引き返すわけがなかろう」


「はは、そう言うと思ったよ。モンディは言わずもがなだけど、ニック君もなかなかに好奇心が旺盛なようだからね」


「ま、冒険者だからな」


 ニヤリと笑って答えるニックに、全員の意思が統一される。


「では、穴に入って進むのは確定だ。あとは全員同じ穴に入るのか、それとも違う穴に入るのかだけど……これはどうだい?」


 さっきまでと違い、この問いにはニックもモンディもしっかりと考え込む。そんな二人の姿を見て、まずはバンが持論を語った。


「私の考えとしては、全員違う穴に入るべきだと思う」


「ふむ、その理由は?」


 バンの提案に、ニックが問う。


「穴の先がどうなってるのかが不明だからね。場合によっては全員が死ぬ、あるいは取り返しのつかない怪我を負う可能性だってある。そう言うリスクは極力排除したい」


「でも、その場合問題が生じた場合は誰にも助けてもらえないし、上手くいってもバラバラになってしまうわよ?」


 次いでモンディの問いに、バンは冷静に答える。


「そこは自己責任、かな? 私達は全員がプロだ。自分の面倒を見られないような者はいないし、そもそも私は単独でこの遺跡を調査するつもりで準備していた。ニック君にしても私が声をかけなければ一人で入っていたんだろう?」


「そうだな。故に儂はどちらでも構わん」


「なら、バラバラになってしまうことは『楽ができなくなる』というだけのことだ。どうだいモンディ?」


 ニックが白票を投じたため、バンは改めてモンディに問う。


「うーん。私としては全員一緒を押したかったわ。たとえ穴の底で何が待っていたとしても、この三人がいるなら大抵のことはどうにかなると思うしね。


 でも、バンの言うこともわかるし……効率よく遺跡を調査するという意味では、確かにバンの意見もアリかしら。


 うん、いいわ。私も全員が違う穴に入ることに同意する」


 真剣に検討し、妥協や場の流れではなく理性と知性でその結論を出したモンディ。それがわかっているからこそバンもまた笑顔を浮かべて答える。


「ありがとうモンディ。では全員が別の穴に入るとして……」


「とりあえず今日の所は、ここで休息を取るとしよう。多少夜には早いだろうが、丁度いい区切りだしな」


 パンと両手を打ち鳴らし、ニックがそう提案する。バン達も同様のことを考えていたため、全員揃っていそいそと夜営の準備を始めた。


「じゃ、私は魔物よけの香を準備しよう。今日出会った魔物程度ならこれで一晩は十分にしのげるはずだ」


「なら私は食事の準備をしようかしら? 空気は十分に通っているから、軽くなら火をおこしても平気そうだけど……」


「待て待て。食事というのなら、儂がよい物を提供しよう」


 そう言ってニックが取り出すのは、毎度おなじみ魔法の肉焼き器。しっかりと手入れされたその勇姿に、バンとモンディの歓声があがる。


「おお、それは!」


「魔法の肉焼き器じゃない! うわー、魔法の鞄(ストレージバッグ)だとそれも持ち運べるのね」


「そして……これだ!」


 そんな二人の目の前で、ニックは更にブラッドオックスの肉を取り出してみせる。流石にそろそろ無くなってきたが、それでもこの冬の間くらいは十分に食べられる量が残っている。


「ふんふふーん♪ ふんふふーん♪」


 鼻歌を歌いながら、ニックが魔法の肉焼き器のハンドルを回していく。明らかに場違いな音楽が遺跡内部に響き渡り、そして……


「ここだ!」


 ニックの見切り能力をもってすれば、コンマ一秒を見極めるなど容易いことだ。もの凄く上手に焼けた肉は、部屋の中に暴力的なまでの香りをまき散らす。


「ごくっ……」


 人知れず、その肉を見たモンディの喉が鳴る。だが未練を断ち切るように己の手の中に視線を落とせば、そこにはいつも食べている干し肉がある。それも決して安物ではないのだが、目の前の肉に比べればあまりにもみすぼらしい。


「と言うことで、これはモンディ殿に進呈しよう。さ、熱いうちに食べるといい」


「いいのっ!? これ、結構いいお肉なんじゃない?」


「構わんとも。ほれ、食え食え!」


「じゃ、じゃあ遠慮無く……んー、美味しいっ!」


 一口肉を頬張ったモンディの顔が、蕩けるように笑み崩れる。そんなモンディの姿を見て、バンもまたソワソワとニックの方をちら見してくる。


「あー、ニック君? 我々は明日にはバラバラの道を進むわけだが、その前にあれだ。結束を高めておくというのも悪くない手なのではないかと私は思うのだが……」


「ははは。心配せずともバン殿にもお裾分けしよう。それとも自分で焼いてみるか?」


「いいのかい!?」


「あっ、私も焼いてみたい! ねえニックさん、私もいい?」


 途端に瞳を輝かせたバンと、上目遣いでおねだりしてくるモンディ。そんな二人にニックは豪快に笑い、追加の肉を取り出してみせる。


「いいぞいいぞ! 肉はまだたっぷりあるから、好きなだけ焼いて食うといい。美味い食事は明日への活力! 美味しいは正義なのだ!」


 普段は死と静寂に満ちる墳墓。その片隅の部屋の中では、しばし楽しげな男女の声が響き渡っていた。

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