父、長ーい説明を聞かされる
「……よし、これで無効化完了だ」
バンの手により、長い通路に仕掛けられていた罠の一つが解除される。遺跡に入って三度目の罠解除だが、その鮮やか手並みにニックは今度も惜しみない賞賛を贈る。
「何度見ても見事な手並みだな」
「はは。まあこれができないと遺跡の調査なんてとても無理だからね。だが慣れてしまえばそれほど難しくはないよ? 無論、こういう規模の小さい罠の対処に限るがね」
「そうか……三度とも見ていたが、儂にはどうやってもできる気がせんな」
バンがポケットにしまい込む罠解除の道具を見ながらニックが漏らす。自分の大きな手ではそもそもそれらの繊細な道具をただ持つことすら難しい気がした。
「まあ、その辺は適性の問題よ。戦闘に関しては本当に凄いじゃない!」
「そうか? それこそあんなもの簡単に……っと、そういうことだな」
モンディの言葉に答えながら、ニックは思わず苦笑する。二度襲ってきたゴブリンはニックにとって障害にすらならない強さの魔物であり、モンディは勿論バンであってもゴブリン程度ならどうとでもあしらえる。
だがバンの場合は戦闘に際しては数に限りのある便利な道具を使うことが前提なため、弱い敵であろうとも戦闘という行為そのものが大きなリスクを孕むし、モンディにしても複数体に囲まれれば危うい。
それを息をするかの如く粉砕できるニックの力は、それこそ「自分には適性のない素晴らしい技能」なのだ。
「そう言えば、魔物と罠ということで思い出したのだが、昔から疑問に思っていたことがあるのだ」
「ん? 何だい?」
「いや、この手の遺跡だとゴブリンのような人型の魔物も生息しているのは珍しくないのに、何故罠がそのまま残っているのかと思ってな。普通に考えればここで生活しているゴブリン達にこそ発動し、人が踏み入る頃にはとっくに罠が切れているのではないかと思うのだが……」
「おお、それは素晴らしい着眼点だね!」
ニックの言った疑問に、バンはカイゼル髭をピンと立てて笑む。なおニックの背後ではモンディが「また始まった」という顔をしていたが、残念ながら如何にニックでも背後の人物の表情まではわからない。
「罠というのはその全てに『発動条件』が存在するわけだが、その中でも一番多いのは物理的な力が加わることだ。猟師が森に仕掛けるような罠は言うに及ばず、戦場で使うような高度な魔法罠でも踏んづけることで発動するものはある。
それは例えば徒歩の兵士が踏んでも発動しないが騎兵が踏むと発動する、などの反応する力の多寡による調整はできるが、敵なら発動し味方なら発動しないなどという曖昧な指定は無論できない。
次に多いのは魔法的な力に対する反応だ。城や砦などの重要拠点には外部からの魔法攻撃に反応して自動的に防壁を張る罠があったりするし、あらかじめ壁や地面に仕込んでおいて、術者が魔力を飛ばすことで任意に発動させる罠などもある。
前者は迫ってくる魔力の強弱には反応するが、実は攻撃魔法だけに反応するというのはできない。普通はあり得ないが、中空に向かって強力な回復魔法を発動したとしても反応してしまうという欠点がある。
後者の方は術者の飛ばす魔力波形によって発動するかを決めているわけだが、逆に言うと仕込んだ本人以外には発動させることができない。これは利点であると同時に欠点でもあるため、術者の魔力波形を模倣できる魔法道具が各国で開発されているのだが……まあそれはいい。
で、本題はここからだ!」
「あー……まだ本題では無かったのだな」
ほとんど息継ぎをせずに爛々と目を輝かせて語るバンに、ニックは微妙に声を沈ませて答える。わかっていたはずなのに聞いてしまった自分の迂闊さを嘆かないでもないが、本題には興味があるので改めて気を引き締め、聞く体制を作って続く言葉を待つ。
「ははは、焦りは禁物だぞ? で、本題だが……古代遺跡における罠とは、それら既存の『発動条件』がどれも当てはまらない。単純な物理であれば魔物に反応しない理由がないし、魔力に反応するというのであれば魔力をほとんど持たない獣人族にも、莫大な魔力を持つ精人族にも反応するのに魔物にだけ反応しないというのがやはりおかしい。
そして、誰かが人が来たのを見計らって発動させているなどというのは論外だ。無数に存在する遺跡の全てを監視して適時罠を発動させるなど、そんなものは神の領域だ。まあそういう神がいるかもしれないという可能性は否定しないが、それを持ち出してしまうのは思考停止に他ならないからね。
では、何が罠に反応しているのか! それは……」
「それは?」
勿体つけるように言葉を溜めるバンに、ニックは息をのんで次の言葉を待つ。
「……魔石だ! 魔物のみが体内に持つ魔石にこそ遺跡の罠は反応しているのだよ!」
大げさな身振りをつけて言い放ったバンの言葉に、しかしニックは首を傾げる。
「……魔石? いや待て。儂等は魔石を使う魔法道具を持ち歩いているし、魔物を倒した後に換金するまでは魔石そのものすら持っているぞ? なのに魔石が罠の発動を左右しているのか?」
「その疑問はもっともだ。その辺は現在も目下研究中なのだが、おそらくは魔物の体内に存在している状態の魔石……即ち『生きている魔石』と、それを取り出して単なる魔力の塊になってしまった魔石では何らかの違いがあるのではないかと言われている。
その辺の研究が進めば、今後の遺跡探索において罠の存在を無視できたり、場合によっては魔物に襲われないようにする魔法道具すら開発できるかも知れないね」
「ほぅ。それはなかなか有用そうだな」
「だろう? まあそういうのは錬金術師とか魔法道具の技師の領分だから、私のような歴史学者が関わる分野ではないけどね」
『ふむ。なかなかに興味深い話題であった。正直もう少し話を聞きたいという気もするのだが……』
「……………………」
勘弁してくれという意思を込めて、ニックは無言でオーゼンのいる鞄を撫でる。今回はまだ興味のある話だったからいいが、更に深く聞こうとは思えない。人には向き不向きがあるのだとニックは改めて強く実感した。
なお、当然だがオーゼンの正体を明かして直接話し合ってもらうのは無しだ。歴史学者にオーゼンのことを知らせるなど、ドラゴンの鼻先に生肉を置くようなものなのだから。
「ふわぁ……話は終わったかしら?」
と、そこで背後で退屈そうにしていたモンディがあくびをしながらそう言ってくる。
「モンディ……君はもう少しこういう話題に興味を持つべきではないかね?」
「興味が無いわけじゃないわ。単にバンの話は長すぎるってだけよ。もう少し要点を絞ったらいいのに」
「何を言うか! 私は説明においても完全で完璧を目指しているのだ。ならば細かな知識漏れが起こらないよう、丁寧に全てを語るべきだと思わないかね?」
「思わないわよ。そういうのは時間があるときに自分の意思でじっくりやるから意味があるの。人に教える、教えられるなら要点を短くまとめるべきだわ。だからバンの発表する論文は今一つウケが悪いのよ?」
「ぐっ!? そ、そうだったのか……」
思いがけないところで自分の評価が今一つ上がらない理由を教えられ、バンが思わず一歩後ずさる。そんなバンの姿に、モンディは肩をすくめて苦笑した。
「はいはい。ショックなのはわかるけど、そろそろ先に進まない? こんなことをしていたらいつまで経っても調査が進まないわよ?」
「そ、そうだな……そうか。長すぎるのか……」
「バンったら、そんなに落ち込まなくても……大丈夫? 揉む?」
「いや、それは遠慮しておこう……」
胸を突き出して見せたモンディに、バンは力なく手をかざして断る。肩を落としたバンと、その後ろを苦笑しながら着いていくモンディ。そしてその間には、何とも居心地の悪い気分を味わう筋肉親父の姿。
ニック達の遺跡調査は、まだまだ始まったばかりだ。