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父、持ちかけられる

『む? おい貴様、ちょっと待つのだ』


 獣人の国への道すがら。深い森の中を歩くニックの腰からオーゼンの呼び止める声が聞こえてくる。


「どうしたオーゼン? 何かあったか?」


『あったというか……何か不思議な魔力を感じる。百練の迷宮に近いが何処か違うような……何だこれは?』


「ふむん? よくわからんが、何かありそうだと言うなら行ってみればよいではないか。どうせ急ぐ旅でもないしな」


『そうだな。では行ってみるとするか……ほれ、そこの爪痕のある木の方角だ』


「わかった」


 冬でもなお濃い緑の葉の生い茂る森の中を、ニックはオーゼンに導かれるままにズンズンと進んでいく。途中幾度か魔物に襲われたりもしつつそれなりの時間歩いて行くと、やがてニック達の目の前に明らかに人工物である石造りの建物がその姿を現した。


「お、何かあるぞ?」


『ふむ。魔力の出所はここだな。正確にはこの下のようだが……ここに来てもやはり不思議な感じだ。これは一体……?』


「見てわからんのなら入ってみればよかろう。どれ――」


「待ちたまえ!」


 ツタが巻き付き石の苔むす如何にも遺跡という感じの建物にニックが足を踏み入れようとした瞬間、その背後から大声で待ったがかかった。足を引き戻しニックが振り返ると、そこにはやたら大量のポケットがついた薄茶色の服に身を包む中年男性が立っている。


「君は一体誰だ? どうやってここに辿り着いたんだい?」


 男性としてはやや小柄……おそらく一六〇センチほどだと思われる身長のその男が、口に生やしたカイゼル髭を震わせながらニックに向かって歩み寄ってくる。その口調こそ穏やかだが、纏う雰囲気はやや緊張気味だ。


「儂か? 儂はニック。旅の冒険者だ。ここに来たのは……偶然か?」


 男の問いに、ニックはオーゼンの事を隠して答える。そんなニックの答えに、男はカイゼル髭を撫でつけながら考え込んでしまう。


「偶然!? 偶然か……無いとは言えないが、うーむ……」


「そう言うお主は何者なのだ?」


「私かい? 私の名はバン・ジャック。歴史学者のバン・ジャックだよ」


「ほぅ、歴史学者」


 歴史学者と言われてニックの頭に浮かぶのは、かつて魔竜王の遺跡を共に探索したエルフの女性の姿だ。だがそんなニックの姿に、バンは少しだけ焦ったような表情を浮かべる。


「あれ? 知らないかい? 一五年前に弱冠二〇歳にしてザッコス帝国内で貴重な遺跡を発掘し、その功績で名誉貴族に取り上げられたあのバン・ジャックだぞ!?」


「あのと言われてもなぁ……儂が知っている歴史学者と言えば、ヒストリエというエルフの女性くらいだが」


「何!? 君、ヒストリエ氏の関係者なのか!? ならばやはり偶然というのは嘘で、この遺跡を調べに来たのか!? 一体何処から情報が漏れたんだ……?」


「いやいやいや、ヒストリエ殿は知っているだけで、別に何かを頼まれているわけではない。儂がここに来たのは本当に偶然なのだ!」


 思わぬところで誤解を生んでしまい、険しい表情になったバンにニックは慌てて弁明する。痛くもない腹を探られるどころか、遠い地にいる友人にまで迷惑をかけてはたまらないからだ。


「そうなのか……まあどちらにせよここに君がいるという事実には変わらないんだ。これ以上は何を言っても無駄だろう。それで、君もこの遺跡に入るのかい?」


「ああ、そのつもりだが……バン殿がいるということは、ここは何か歴史的に価値のある遺跡なのか?」


 ニックのその問いに、バンの瞳がキラリと輝く。ピシッと伸びたカイゼル髭を撫でつけると、楽しげに口元を歪ませながらバンが解説を始めた。


「そうだとも! ここは遙か二〇〇〇年前に栄えたバニライト王国の王、ヒエ・テンデ・モナ王の墳墓! ……だと思われる場所なのだ」


「モナ王?」


 全く聞き覚えの無い名前に首を傾げるニックに、バンは大げさに驚いてみせる。


「知らないのかい!? 偉大にして巨大なる白という名で讃えられた名君だぞ? 白壁の上に土壁を塗り重ねて焼くという彼の考案した工法は衝撃にこそ弱かったものの、当時湿地帯だったこの辺では非常に重宝されたんだ。それに近隣のホソ・ナゲーナ川流域で一大勢力を誇っていたアル・デンテ・スパ王との対立においては、得意の工法を用いて一晩で巨大な壁を作り上げたという逸話が――」


「あー、すまぬバン殿。儂から聞いておいてなんだが、それ以上詳しい説明をしてもらってもとても覚えきれぬ」


「む、そうか。いや、すまないね。どうも歴史学の話題になると多弁になってしまって……私の悪い癖だ。許してくれ」


 謝罪しつつも話を遮ってしまったニックに、バンもまた苦笑しながらカイゼル髭を撫でつける。そこでバンは改めてニックの姿を見回し、にわかに思案顔となった。


「しかし、そうか……ここでニック君に会えたのは、天啓かも知れないな。どうだいニック君。この私に雇われてみる気はないかね?」


「雇う? お主が儂をか?」


「そうだ。この手の遺跡には魔物や罠が満載されているのが定番だからね。私も多少の罠解除の知識はあるし、最低限身を守る程度の戦闘経験もあるが、それでも本職の冒険者には到底及ばない。君が協力してくれるというのなら、今回の遺跡調査はかなりはかどりそうだと思うのだが……どうだろうか?」


「ふーむ……」


 思いがけないバンからの提案に、ニックもまた思案顔になる。


 単純に遺跡を探索するだけならば、ニックが一人で潜った方がずっと早く深くまでいけるだろう。だがニックには遺跡に関する知識は全くなく、多数の見落としが生じるのは必至だ。


 対してバンと行動を共にすれば、間違いなく歩みは遅くなり、またオーゼンとの相談にも若干の支障が出る。だがそれと引き換えに得られるであろう遺跡の詳細な情報はニックのみならずオーゼンにとっても有用である可能性が高い。


『我はどちらでも構わんぞ? どちらを選んでも一長一短があるのだしな』


「悩んでいるのは報酬に関してかい? それなら流石に金貨は出せないけれど、できるだけ頑張らせてもらうよ? ただ、遺跡内部で見つかった魔法道具などに関してはこちらが優先的に買い取らせてもらえると嬉しいんだが……」


 追加されたバンの条件に、ニックは更に考える。もしオーゼンが欲しがる魔法道具があったとしたら、ニックの方こそ金を払ってでも手に入れたい。だがそもそもバンがいなければ見落としてしまう可能性や、ニックが知らないところで入手されてしまうこともあるだろう。


「日当で銀貨一枚……いや、二枚だそう! どうだね?」


 そんなニックの悩みを未だに報酬額だと勘違いしているバンが、笑顔で指を二本立ててみせる。その笑顔が軽く引きつっているのは、かなり頑張った金額だからに他ならない。


「……フッ。わかった。ではその条件で引き受けよう」


 そんなバンを見て、ニックは小さく笑いながらそう答える。結局の所、どっちがよかったかなど結果論でしか語れないのだ。ならば目の前で必死に声をかけてくる相手と共に冒険をするのも悪くないのではないか? そんな思いがニックの心を動かす最後の決め手となった。


「おお、そうか! では、早速契約を――」


「あら、それはちょっと待ってくれないかしら?」


 いそいそと紙を取り出し契約書を作ろうとしたバンの背後から、不意に女性の声が響いた。するとすぐに背後の茂みがガサガサと音を立てて揺れ、そこから姿を現したのは、金髪碧眼の巨乳美女であった。

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