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魔女、懐かしむ ~背負うモノ~

「おっと」


 振り下ろされた(フレイ)からの一撃を、ニックは余裕の表情で回避する。未だ未熟なフレイの剣技では、不意を突こうが寝込みを襲おうがニックの体に当てることなど敵わない。ましてや敵に操られた状態でのふらふらの剣など何の脅威でも無く、ニックはひょいひょいとその攻撃をかわしていく。


 そんなニックとは打って変わって困惑しているのがムーナだ。


「ちょっとニック! 何でフレイが混乱してるわけぇ!?」


「何でと言われても、そりゃそこの魔物……ローブローバだったか? そいつの影響であろう?」


「だから何であの程度の魔物の力で混乱させられてるのよぉ! 私が張った結界を超えてきたなら、それなりの精神防御系の魔法道具を身につけてるはずでしょぉ?」


 結界が正常に動作していたことはここに来るまでにしっかりと確認している。つまりあの森を抜けてきたのならば、ニック達が強力な精神防御系の魔法道具を身につけているのはムーナの中で確定事項だ。


 そしてムーナが森に張った結界は、ローブローバの混乱の羽音などよりよほど強力だ。それを防げる魔法道具を身につけているなら混乱などするはずもないし、あえてそれを外している理由も思いつかない。その手の魔法道具はパーティ全員が常時身につけているのが基本だからだ。


 だが、そんなムーナに対しニックは微妙に困った表情をする。


「そんなもの儂もフレイも持っておらんぞ?」


「じゃあどうやってあの森の結界を抜けてきたのよぉ!?」


「鍛えていると言ったではないか! あー、確かにフレイは若干ふらふらしておったから、儂が手を引いて歩いてきたが……」


「……えっ、それ本当だったのぉ!?」


 ニックの言葉にムーナが驚愕の表情を浮かべる。あれを素の状態で抵抗(レジスト)されるというのは、目の前の筋肉親父が自分と同じくらいに魔法に通じていると言われるよりも更なる衝撃だった。


「はぁ。貴方って本当に常識が通じないのねぇ……まあいいわ。じゃ、すぐに混乱を解除しちゃうから――」


「いや、ちょっと待ってくれ」


 パーティメンバーが混乱するというのは、本来ならばかなり深刻な事態だ。仲間が一人失われるうえに殺せない敵が一人増えるというのは、戦局を覆すに十分なできごとである。


 だが、今混乱しているのはこの場で最も弱いフレイただ一人。その剣技はニックは勿論ムーナでも十分対応できる程度であり、そしてムーナならばこの程度の混乱状態はすぐに解除できる。ならばこそさっさと解決してしまおうと思ったが、そこに待ったをかけたのは意外にも娘に斬りかかられ続けているニックであった。


「なによぉ? ああ、貴方がどうにかできるならそれでもいいわぁ。さっさとやっちゃいなさぁい」


「いや、そうではなくてな。丁度いい機会だから、しばらくこの状態でいさせてくれぬか?」


「ハァ!?」


 ニックのあまりにも予想外な提案に、ムーナが素っ頓狂な声をあげる。


「何でそんなことがしたいわけぇ? まさか娘に斬られ続けるのが気に入ったとか言うなら、今すぐ消し炭にするわよぉ?」


「そんなわけなかろう!」


 信じられない変態を見る目で見つめてくるムーナに、流石のニックも即座に否定する。


「儂は鍛えたと言っただろう? 精神操作の類いは使ってくる魔物も多くはないし、このような安全な場所で鍛えられるならそれに超したことはないと思ってな」


「……それって、フレイにも貴方みたいに素の魔法抵抗力を身につけさせたいってことぉ?」


「そうだ。そんなわけだから、離れてしばし待っていてくれ」


「まあ、いいけど……」


 確かに今の状況はかなり安全かつ安定している。ローブローバには直接的な戦闘力は無いので、ニックが傷を負うことがないのであればフレイの限界まで鍛え続けることは可能だ。可能ではあるが……


「ねぇ、ニックぅ?」


「ん? 何だ?」


 操られたままの娘の攻撃をひたすら捌き続けるニックに、少し離れた場所で見守っていたムーナが声をかける。


「何でそこまでするわけぇ?」


 父と娘の二人旅。何か事情があることくらいは察せられるが、その深いところまで踏み込むつもりは先ほどまでのムーナにはなかった。


 だが今は違う。魔法で混乱させられた娘が正気になるまで斬られ続ける訓練なんて狂気の沙汰だ。これほどのことをする理由……しなければならない理由がいかなるものであるのか。ムーナはそれを知りたくて、ニックに問いかける。


「貴方くらいの強さなら、いい魔法道具なんていくらでも買えるでしょぉ? なのになんでこんな特訓をしてるわけぇ?」


「確かに、金を出せばその手の品は買える。魔法道具の価値を否定するわけでもない。だがそれらは所詮外付けの力なのだ。壊れる、盗まれる、あるいは身につけていない時を狙われる……あらゆる事態を想定するなら、どうしても素の力を身につけさせてやりたい」


「何でそこまで――」


「娘は……フレイは『勇者』だからな」


 勇者。その短いただ一言がムーナの二の句を奪う。大きく目を見開いて未だニックに襲いかかり続けているフレイを見つめ……そしてムーナは長い息を吐いた。


「勇者……そう。そんな子供が勇者なのねぇ……」


「そうだ。この子は勇者として生まれ、その宿命を背負って生きていくことになる。そんな過酷な人生を歩まされる娘に儂がしてやれることは何か? 父として娘の前に立ちはだかる全ての障害を打ち砕く……それも答えの一つだと、儂は己を鍛え上げた。


 だが、それでは足りぬ。いつかきっと『勇者』でなければ立ち向かえない障害が娘の前には立ちはだかるはず。どれほど儂が手を伸ばしても届かない困難に直面した時、この子が自力でそれを打ち破れるように鍛え上げることもまた、儂の出したもう一つの答えなのだ」


「ニック……」


「儂は娘を愛している。娘を守る為であれば、魔王だろうが何だろうがこの手で殴り倒してみせる。だがそれは娘に一人では何もできない人間になれと言っているわけではない。この子を一人前に鍛え上げ、この子自身の力で幸せを……己の進む道をつかみ取れるようにしてやることこそが、親として儂にできることなのだ。


 そのためならば、この程度苦労でもなんでもない」


「…………不器用な男ねぇ。でも、そういうの嫌いじゃないわぁ」


 微笑みながら言うニックに、ムーナも笑って答える。歪だけれど強くて純粋な親子の愛は、ムーナの目にも輝いて見えた。


「そんなわけだから、儂等はもうしばらくこのまま修行を続けるつもりだ。どうやらこの魔物が件の魔女の正体で間違いないようであるし、お主は先に帰っても構わんぞ?」


「いいわよぉ。ここまで付き合ったんだから、最後まで見届けるわぁ」


「そうか」


 長丁場になりそうだと、ムーナが近くの木の根元に腰を下ろす。そんな彼女に短く答え、ニックとフレイの訓練は続く。昼を過ぎ日が傾き、木々の僅かな隙間から見える空が赤く染まり始めて……そうして遂に、その時が訪れる。


「やぁぁ……あれ?」


「お、ようやく目覚めたかフレイ?」


「父さん? あれ? アタシ父さんと模擬戦してたんだっけ?」


「はは、まあそんなところだ」


 まるで寝起きのようなフレイに、ニックが笑って答える。


「そっか。道理で体がくたくただと……あぅ」


「大分長く続けたからなぁ。ほれ、少しそこで座って休め」


「うん。そうさせてもらうね……あ、ムーナさんだ。隣に座ってもいいですか?」


「ふふ、いいわよぉ。ほら、いらっしゃぁい」


「やったー……」


 ムーナの隣にストンと腰を落としたフレイが、そのままうつらうつらとし始める。


「あー、ごめん父さん。何かアタシ、凄く眠い……」


「なら気にせず休め。後のことは儂がやっておこう」


「ありがと。ごめんね……おやすみ……」


「ああ、おやすみ」


 そのままムーナの肩にもたれると、あっという間にフレイが寝息を立て始める。そのどことなくあどけなさの残る表情に、ムーナは優しくフレイの髪を撫でた。


「すまんなムーナ殿。しばしフレイを頼む。それとお主も……随分と世話になったな」


「キィーヒッヒッヒ……」


 ニックが視線を向けた先では、ローブローバが力なく地面に落ちている。これほどの長時間混乱の羽音を出し続けるのは、如何に魔物であっても限界を超えていたのだろう。


「とは言え、お主を見逃してやることはできん。そんな事をしたら追加の犠牲者が出るだろうからな。せめてもの情けだ、一撃で眠らせてやろう」


「キィーヒッヒッヒ……」


「さらばだ」


 ニックの拳がローブローバの頭部を打ち砕く。こうして「人を襲う魔女」の事件はあっけなくその幕を閉じるのであった。

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