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魔女、懐かしむ ~すれ違い、勘違い~

「捜し物? 何のことだ?」


「隠さなくてもいいわぁ。いえ、こう言い換えた方がいいかしらぁ? 隠す意味がない(・・・・・・・)わぁ」


 いぶかしげに首を傾げるニックを前に、頬杖をついて見つめるムーナの瞳が紅玉(ルビー)の如く怪しく光る。だがその光を受けてなお、ニックの表情は変わらない。


「あー、すまぬ。普通に意味がわからぬのだが……」


「ふぅーん……なら教えてあげるわぁ。この家の周囲には、人を寄せ付けない結界が張ってあるの。つまり貴方達がここに辿り着いた時点で、ただの迷い人ってことは絶対にあり得ないのよぉ?」


「……そうなのか?」


 ニヤリと笑って見せたムーナに、しかしニックはあくまで素のまま眉根を寄せている。その期待したのとは全く違う反応に、仕掛けたはずのムーナの胸に言いようのない不安が走る。


「……えぇ? いや、そんなはずは……まさか結界に異常が? そんな兆候全然感じなかったけど……」


「……何というか、すまんな」


 思わず困惑の表情を浮かべたムーナに、ニックが申し訳なさそうに謝罪する。


 ちなみにだが、ムーナの仕掛けた結界はこの時正常に作動していた。だがその内容が「対象の精神に干渉して無意識に方向を狂わせる」ものだったため、ニックには一切効果がなかっただけのことだ。もし直接幻を見せるようなものであったなら、ニック達がここに辿り着くことはなかったであろう。


「ま、まあいいわぁ! 別に証拠はそれだけじゃないものぉ!」


 やや焦った声を出すムーナが、その場でパチンと指を鳴らす。すると部屋の至る所から小さな輝きが発せられ、それがすぐに収まる。


「わかるでしょぉ? ここは私の……『魔女の家』なのよぉ?」


「ふむん? 魔法のことはよくわからぬが……何か監視とかそういう感じのものか?」


「そうよぉ。だから私がお風呂に入っている時に貴方が何をしていたのかも、全部丸わかりってわけよぉ」


「つまり……儂の着替えを覗いていたということか!?」


「そんなもの覗かないわぁ!」


 真顔で馬鹿なことを言うニックに、ムーナは思わずテーブルをドンと叩いてしまった。おかげで打ち付けた手がジンジンと痛み、八つ当たりもかねて思わずニックを睨み付けてしまう。


「とにかく! 貴方達が何しに来たのか知らないけどぉ! 何もかもお見通しだって言ってるのよぉ!」


 実際にはそんなに何でもわかっているわけではない。光ったのは泥棒を撃退するために閃光の魔法を込めている魔石であり、自動で映像を記録したり、ましてやそれを任意に遠隔地で確認できるような便利な魔法など存在しない。


 要は鎌をかけただけであったのだが、目の前の男達が結界を突破してやってきたことや、もし万が一戦うならば家の中の方が自分にとって圧倒的に有利なのは事実。あくまでも上から目線で自信の優位性を主張して見せるムーナに、ニックは意外なほどにあっさりとその事実を認めた。


「そうか。魔法というのはやはり凄いのだなぁ……であれば確かに、これ以上隠すこともあるまい」


 そう言葉にした瞬間、ニックの纏っていた空気が変わった。「何処にでもいる人のよさそうな中年男性」から「一分の隙も無い歴戦の戦士」に気配が変わることで、ムーナは顔に浮かべる微笑みとは対照的にその身を引き締める。


「それが貴方の本当の顔ってところかしらぁ? 一応聞くけど、あのお嬢ちゃんもそのことは知ってるのぉ?」


「ん? 勿論だ。依頼を受けたのはむしろ(フレイ)の方だからな」


「そうなの。ならあのお嬢ちゃんの方が演技は上手ねぇ。色々と私に話を聞いていたけど、探るような気配が全然無かったものぉ」


 家の中を調べるために器具に手を伸ばした時も、自分から様々な話を聞こうとしていた時も、ムーナはフレイから「情報を探ろう」という気配を全く感じなかった。だからこその確認であり、だからこその賞賛だったが……そんなムーナの言葉にニックは微妙に渋い顔をする。


「それは……あれだな。多分フレイは自分の好奇心にまっすぐだっただけだと思うぞ? 普通にお主のことを気に入っていたようだし、おそらく調査していたという自覚はあるまい」


「ああ、そう……」


 ニックの言葉に、ムーナは少しだけ落胆し、同時にホッとした。あの無邪気な態度が演技でないのなら、少なくともこの父と娘の関係は想像したような殺伐としたものではないと思えたからだ。


 でも、だからこそ気に入らない。


「じゃあ、貴方はそんな娘を危険かどうかわからない私に預けたわけぇ? それは親としてどうなのぉ?」


「何だ、心配してくれるのか?」


「悪いぃ?」


 意地悪な笑みを浮かべて言うムーナに、ニックは薄く笑いを浮かべて答える。


「はっはっは。悪いということはないな。だがその心配は無用だ。フレイはあれでなかなかに強いし……それに何より」


 ニックの言葉が、そこで一旦途切れる。そして――


「お主が娘に害を為そうとしていたならば、今頃ここに在るわけがない(・・・・・・・)ではないか」


 死んだ。ニックから刹那の時放たれた殺気に、ムーナは死を意識したのではなく、間違いなく死んだと思った。瞬きと称される瞼の動きが亀よりも遅く感じられ、もう永遠に開かないと思われた瞼が持ち上がってそこに光が見えてなお、ムーナは自分が生きていることこそが勘違いで、本当は死んでいるのでは? という思いをなかなか否定することができなかった。


「…………っ、ふぅ……あのお嬢ちゃんにだけは、絶対に手を出さないようにしておくわぁ」


「うむ、それが賢明だな」


 生きるという意思を振り絞る思いでようやくムーナがそう口にすると、ニックは何事もなかったかのようにそう言って頷く。その様子にムーナは保険をかけなくてよかったと心の底から安堵した。


(もしあのお嬢ちゃんに『念のため』の何かをしていたら……考えるだけで怖いわぁ)


 明らかに自分より格下でどうとでもあしらえるという自負もあったが、それ以上に「子供に酷いことをしたくない」という良心に従って行動した少し前の自分に、ムーナは心からの賞賛の拍手を送った。


「それでぇ? 結局貴方達はここに何をしにきたわけぇ?」


 空気を変えるためにも、ムーナはここで本題を切り出す。その内容によっては目の前の相手と敵対したり、あるいはここを引き払うことすら必要かも知れない。少なくともこんな手練れを送り込んでくる以上、穏やかな結果は望めないのだろうというのがムーナの予想だ。


「ふむ。実は近隣の町で『最近この辺の森に住み着いた魔女が人を襲っている』という話を聞いてな。その調査にやってきたのだ」


「最近? この辺で?」


 思いもよらなかったニックの言葉に、今度はムーナが思いきり首を傾げる。


「そうだ。それで――」


「待って。何でそれで私の所にくるわけぇ?」


 即座に浮かんだその疑問に、ムーナは手を突き出してニックの言葉を遮る。


「何でと言われても……もらった地図では確かにこの場所が魔女の住む森だとなっておるし、実際お主が住んでいたであろう?」


「……ねぇ、その地図っていうの見せてもらってもいいかしらぁ?」


「構わんぞ。ほれ」


 腰の鞄からニックが無造作に取り出した紙に目を通し、ムーナが深いため息をつく。


「これ、ここじゃないわよぉ?」


「何だと!? いや、だがこの地図では……」


「あー、そうねぇ。ちゃんと説明するわぁ。さっきこの周囲には人を寄せ付けない結界が張ってあるって話はしたでしょぉ?」


「うむ」


「人を寄せ付けないってことは、その部分には無意識のうちに人が入り込まない……地図に反映されないのよぉ。つまりこの地図は私の結界を張った領域が書き込まれていない歪なもので、実際にはぁ……」


 深い胸の谷間から羽ペンを取り出したムーナが、大雑把に描かれた地図の森の部分の外枠を大きく拡張していく。すると当然森の形や目的地と記されていた場所の位置も変わってきて……


「これが本来の森の形で、私の家がここ。で、この地図にあった目的地はここねぇ」


「おぉぅ……」


 ムーナによって訂正された地図。そこに新たに刻まれた目的地は、確かにこことは大きく離れていた。

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