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魔女、懐かしむ ~裸の付き合い~

「ふぅ。ようやく片付いたわぁ」


 ひととおり部屋を片付け終わり、ムーナは額に流れる汗を拭って息を吐く。そうして振り返れば、そこには変わらず奇妙な格好で固まっている筋肉親父と、ちょこんと椅子に腰掛けた少女の姿があった。


「そ、そうか。ならばもう動いてもいいだろうか? そろそろ腰がきついのだが……」


「大丈夫、父さん?」


「むぅ!? も、勿論大丈夫だとも! この程度なんでもないが、だがまあ、ほれ、な?」


 少女の無邪気な視線を前に、父親と思われる男が引きつった笑みを浮かべながらチラチラとムーナに視線を向けてくる。その様子を見てムーナはひときわ大きなため息をつくと、苦笑してから言葉を続けた。


「はぁ。もういいからそこに大人しく座りなさぁい。でもまた本を崩したりしたら……」


「はっはっは、大丈夫だとも! では失礼するぞ」


 ジト目で睨むムーナに、男は笑いながら娘の正面の席に座る。小さな椅子がぎしりと音を立てたが、ムーナが愛用している家具だけあって壊れたりすることはない。


「ふふ、よかったね父さん……へくちゅ!」


 と、そこで父親を見て笑った少女が可愛らしいくしゃみをした。その身に纏う服は未だに水が滴っており、如何に室内が外に比べて暖かいとはいえ、そんな格好で過ごしていればそれも当然のことだ。


「うぅ、寒い……へくちゅ!」


「ああ、これは私が悪かったわねぇ。見たところ冒険者みたいだし、着替えくらいは持っているんでしょお? なら私のことは気にしないでさっさと着替えて……あー、それともお風呂にでも入る?」


「お風呂!? お風呂があるの!?」


 何気ないムーナの言葉に、少女が勢いよく身を乗り出してくる。


「あるけどぉ……なに、そんなにお風呂が好きなのぉ?」


「好きってほどじゃないけど、あるなら入りたいわ! だってお風呂付きの宿なんて、大きな町にしかないじゃない」


 少女の言葉に、ムーナはそう言えばと思い出す。自分はここに住んでいるから好きなときに入れるが、小規模な町程度だと風呂のついている宿はまずなかった。単純に場所をとるとか水回りの問題もあって、基本的には桶に入った湯を買ってそれで体を拭うくらいが普通なのだ。


「そう言えばそうだったわねぇ。寝る前に入ろうと思っていたから、お風呂なら用意してあるわよぉ」


 ただし、この家に関して言うならば違う。魔術師として高い位置にいるムーナならば、魔法で水を調達することも火種を作って温度をあげることも容易い。流石に水を消すような魔法は無いが、外が森なのだからそのまま流してしまえばいい。風呂に使う水など今外に降っている雨の何千何万分の一でしかないのだから。


「入りたい! ……じゃあ、お姉さんの後でってことで」


「子供が変な遠慮なんてするものじゃないわぁ。風邪を引かれても困るし」


「でも……へくちゅ!」


「うーん。なら一緒に入るぅ?」


 遠慮しながらくしゃみをする少女に、ムーナは僅かに思案してからそう誘う。決して広い風呂というわけではないが、目の前の少女くらいならば一緒に入れないこともない。


「いいの!? なら入る! あ、じゃあ父さんも一緒に――」


「それは無いわぁ!」


 父親を誘う少女の言葉を、食い気味にムーナが否定する。一緒に風呂にと誘ったのはあくまで目の前にいるのが「少女」だったからであり、もし同じ年頃の少年であったなら、そんな事を口にするつもりはなかった。


 ましてや三〇代も半ばを過ぎているであろう筋肉親父と一緒に風呂に入るつもりは毛頭無い。物理的に無理なこと以前に、出会ったばかりの男に肌を晒すほどムーナの貞操観念は欠如していなかった。


「おいおい、無理を言うなフレイ。儂はいいからそちらの方と一緒に入ってくるといい」


「いいの?」


「無論だ。すまんが、娘を頼む」


 そう言って、男がスッと頭を下げる。何の気負いもてらいもない自然なその仕草にムーナは僅かに驚きつつも、すぐに気を取り直して男に答える。


「わかったわぁ。じゃ、貴方はそこで大人しくしていてねぇ。あ、私達がいなくなったら、ちゃんと貴方も着替えておくのよぉ?」


「ああ、そうさせてもらおう」


 そう言って男が頷くのを確認してから、ムーナは少女の手を引き浴室へと向かう。そうして更衣室で服を脱いでいくと、不意に自分の胸元に突き刺さるような視線を感じた。


「……なぁにぃ?」


「おっきい……」


 少女の視線が、自分の揺れる胸元を凝視する。次いでその視線が少女自身の胸へと降りると、年相応に平らな胸を自らの手で軽く揉み、そのまま口をへの字に曲げてしまった。


「……うぅ」


「そんな顔するものじゃないわぁ。貴方の歳ならまだまだこれからでしょぉ?」


「そう、かな? アタシもう一四歳なんだけど……」


「あー…………きっとこれからよぉ」


 一四歳であれば、成長が望めない歳ではない。が、ここから急成長を望むのもまた難しくなる歳でもある。一六くらいから急激に大きくなるような人物もいないわけではないが、一般的な常識で考えるなら少女の胸に未来の希望はそれほど詰まってはいなそうだと、ムーナはそっと視線を逸らした。


 が、それこそが油断。ムーナが驚くほどの反応速度で少女が動くと、その両手がムーナのたわわに実った双丘をガッシリと鷲づかみにする。


「ちょっ!? 何いきなりぃ!?」


「むぅ、これ揉んだら少しくらいアタシの方に移動したりしないかしら?」


「するわけないでしょお!? こら、やめなさい!」


「むぅぅぅぅ……柔らかい、指が沈む! これが、これが本物のおっぱい……っ!」


「いい加減にしなさぁい! そんなに胸が揉みたいなら、お母さんのでも揉めばいいでしょお!?」


「えー? でも、アタシお母さんいないし」


「……そう。それは悪かったわねぇ」


 不意打ちのように発せられた少女の言葉に、ムーナは苦いものを噛み潰したような表情を浮かべる。だがそれに対する少女の表情はあっけらかんとしたままだ。


「気にしないで。アタシが生まれてすぐに死んじゃったみたいだから、お母さんってよくわかんないし。それにアタシには父さんがいるもの」


「そう。いいお父さんなの?」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべて、少女が力強く断言する。父娘の二人旅、複雑な事情があるのではと察せられたムーナだったが、あえてそれを聞いたりすることなくムーナは裸になった少女の手を引き、改めて湯気に満ちた浴室の中へと入っていった。


 そうして二人は、体を洗ったり湯船に浸かったりしながら様々な話をする。ここに至ってやっと互いに自己紹介すらしていなかったことに気づいて改めて名乗りあったり、少女……フレイがどんな旅をしているのかとか、逆にムーナがここでどんな生活をしているのかとか、たわいの無い会話は賑やかに盛り上がる。


 そうして入浴を終えしっかりと着替えもすませて部屋へと戻れば、そこにはきちんと乾いた服に着替えていた少女の父親……ニックが大人しく椅子に座って待っていた。


「ただいま父さん! すっごくさっぱりしたわ!」


「そうかそうか。それはよかったな」


「それじゃ、湯冷めしないうちに寝るのよぉ? ベッドの場所はわかるわよねぇ?」


「うん、さっき聞いたから大丈夫!」


「む? いいのか?」


 まさかベッドまであてがってくれるとは思わず、ニックがムーナに軽い驚きの声をかける。


「いいのよぉ。いくら不意の来客とはいえ、あんな子供を床に寝かせる趣味は無いわぁ」


「そうか。ありがとう……あー……」


「ムーナよぉ。貴方はニックよねぇ?」


 今更自己紹介していないことに気づいて困るニックに、ムーナが小さく笑いながら言う。その背後ではフレイも口に手を当て肩をふるわせており、すっかり仲良くなった娘とこの家の主の二人を見て、ニックもまた笑いながら言葉を続けた。


「ああ、そうだ。では改めて……ありがとうムーナ殿。ではフレイ、儂も適当に休むから、お前はお言葉に甘えてベッドで休ませてもらいなさい」


「うん! じゃ、おやすみ父さん、ムーナさん」


「おやすみフレイ」


「おやすみなさぁい」


 ぺこりと可愛く頭を下げると、フレイが奥の階段を二階へと上がっていく。それを見届けたムーナは、そのまま無言でニックの正面の椅子に腰を下ろした。


「ん? 何だ? 儂のことなら気にせずとも、このままここで休ませてもらうが?」


「それはそうねぇ。流石に貴方みたいなでっかい人に貸せるベッドはないわぁ」


「? では何だ? ああ、心配せずとも礼金くらいは――」


「それで? 捜し物は見つかったかしらぁ?」


 肉感的な唇をペロリと舐め上げ、ムーナの瞳が怪しく光る。その誘うような仕草を前に、ニックの太い眉がピクリと動いた。

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