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魔女、懐かしむ ~突然の出会い~

今回の閑話は全7話と少し長めです。まったり楽しんでいただければと思います。

 時は僅かに遡り、ニックが聖都に着いて少しした頃。冷たい雨が降りしきるなか、ムーナは一人懐かしの我が家にて暇を持て余していた。


「雨、やまないわねぇ……」


 埃を被っていた室内を整え、何をするでもなく窓の外を眺めながらお茶を飲んで過ごすこと数日。なかなかやまない雨を見て、ムーナは一人そう呟いていた。何故こんなことをしているかと言えば、ニックからもらった「鍵」が使えなくなったからだ。


 メサ・タケーナで行われている魔導船の改修作業。相応の時間がかかりそうなそれをただじっと待つのはあまりに不毛ということで、ムーナ達は全員「鍵」の力で地上へと戻っていた。


 そのまま普通に勇者パーティとして活動していたのだが、ふとしたことでムーナが自宅に置いてきた魔法道具が必要になり、彼女がそれを取りに「鍵」の力で自宅へと戻って捜し物をしていたまさにその時、ムーナの持つ「鍵」から、その不思議な力が突然に失われたのだ。


 勿論、ムーナは焦った。鍵を差し込みひねって扉を開く。もう幾度も繰り返したその手順をどれだけ重ねようとも、扉の先に広がるのは普通に外の景色であり、目的地である宿の一室に繋がることはない。念のために「鍵」につけられた魔石に魔力を込めたりもしてみたが、それでも結果は変わらない。


 結局時間を空けて一〇回以上を繰り返したところで、ムーナは「またニックが何かやらかしたのだろう」という結論に辿り着いた。その後は日に数度「鍵」を使ってみているが、未だにその力が戻ることは無く、結果としてムーナは今日も自宅に留まっているのだ。


「ハァ……これ、いつになったら戻るのかしらぁ……?」


 手入れをしていない食器のようにくすんだ銀色になった鍵を手の中で転がし、ムーナが呟く。当然こういう事態は想定してあり、その場合はどうするかというのは勇者パーティのなかでしっかりと話し合われている。


 全員がバラバラの場所にいる場合は、各自が最も近い冒険者ギルドに立ち寄り『ぼうけんのしょ』で動向を調べられるフレイの元に集合。今回のように分断されたのであれば、人数の多い方が少ない方に合流する。


 今回の場合はムーナがここに戻っていることはフレイもロンも知っており、加えてフレイはこの家の場所を知っているということもあって、集合場所はこの家になる。だからこそムーナはこうして一人無聊を慰めていた。


「ふぅ……」


 ムーナの細くて長い指が白磁のカップを持ち上げ、やや肉厚で官能的な唇が湯気を立てた液体を飲み込んでいく。思わず漏れた悩ましげなため息は異性のみならず同性ですらドキリとするほど色気に満ちていたが、当のムーナの胸に宿っているのはなんとも言えない寂しさだ。


「静かねぇ……」


 かつて、ムーナは一人でいることが当たり前だった。ずっとこの家で一人で暮らしてきたムーナにとって、孤独は慣れ親しんだものであり、決して感傷の対象などではなかった。


 だが、あの賑やかな父娘と出会ったことで全てが変わった。たった数日一人で過ごすことを寂しいと感じてしまうほどに、今の彼女には人の温もりが満ち満ちている。


「そう言えば、あの子達に初めて会ったのも、こんな日だったわねぇ……」


 窓の外に目をやれば、暗い森にざあざあと雨が降り続けている。故に彼女は目を閉じる。そう、あの日もこんな激しい雨の降る夜だった――





「すいませーん! ごめんくださーい!」


 ドンドンと激しく扉を叩く音と共に、静かだった室内にそんな声が外から響く。予定に無い来客に、ムーナはゆったりとした足取りで家の入り口まで行くと、僅かに扉を開いて外の様子をのぞき見た。


「なぁにぃ? どちら様ぁ?」


「ああ、よかった! 人がいた! あの、すいません。突然雨に降られちゃって……もしよかったらなんですけど、ちょっとだけ雨宿りとかさせてもらえませんか?」


 扉の向こうに立っていたのは、全身をずぶ濡れにした一〇代前半と思わしき少女。剣と鎧を身につけたその立ち姿はなかなかに堂に入っているが、今その顔に浮かべているのは安堵と不安の入り交じった曖昧な笑みだ。


「雨宿り、ねぇ……」


「お願いします! あ、いや、でも、駄目だったらせめて近くに野営用の天幕を張らせてもらえませんか? この辺の森は木の密集率が高くて、開けた場所が全然無くて……」


 いぶかしげなムーナの表情に何を思ったのか、少女の表情が僅かに曇る。確かにこの辺の森は野営ができるような場所はほとんど無いし、ましてや今は既に夜と言っていい時間。雨の降る暗闇の中で天幕を張るのはなかなかに大変だろう。


「はぁ、仕方ないわねぇ……いいわよ入っても。でも――」


「やった! ねえ父さん、入ってもいいって!」


 ムーナが言葉を続けるより前に、少女がはしゃぐような口調でそう言う。すると少女の背後の暗闇から、二メートルを超えるであろう巨体の筋肉親父がその姿を現した。


「おお、すまんな! いやぁ助かった! では邪魔するぞ」


「えっ!? あっ、ちょっ!?」


 ムーナとしては、少女一人を迎え入れるだけのつもりだった。だというのにまさか壮年の男性……しかもこんなデカくてゴツい男が一緒など、明らかに想定外だ。


 だが、そんなムーナの動揺を一切気にすることなく、男がグイッと扉を開けてそのまま中へと入ってくる。


「ほほぅ、これはまた凄いな」


「うわ、見たことないものが一杯置いてある!」


 そうしてすっかり家の中に入ると、男と少女が感嘆の声をあげる。家中に所狭しと並べられた書物やフラスコ、その他魔術の研究に使う道具や資料に二人はすっかり目を奪われていた。


「ハァァァァ……もういいわぁ。でも、勝手に触ったりしたら駄目よぉ?」


「うっ……そ、そんなことシナイワヨ?」


 ジト目で言うムーナの言葉に、フラスコに触れようとそっと指を伸ばしていた少女の動きがとまる。


「ははは。行儀が悪いぞフレイ。こういうときはきちんとこう、礼をだな……ぬおっ!?」


 そしてそんな少女をたしなめた男がムーナに向かって頭を下げようとし、その体が近くに積んであった本にぶつかる。当然の如く崩れる本を咄嗟に男が拾おうとして、その動作によって更に部屋にあった様々なものが崩れていく。


「何してるのよアンタぁ!」


「す、すまぬ! いや、これは不可抗力というか……ぬあっ!?」


「あーもうっ! アンタは動かないで! いい? う・ご・か・な・い・でぇ!」


「わ、わかった。もう動かぬ。大丈夫だ」


 ムーナの怒声に、男の動きがとまる。中腰のうえに半端に腕を開いているかなり辛そうな体勢だが、ムーナにはそんなことは関係ない。


「まったく、何なのよぉ! あー、もう、これがこっちに……この本は……」


「……手伝うか?」


「動かないでぇ!」


「う、うむ!」


「あの、じゃあアタシが手伝いましょうか?」


「いいから、貴方もそこで大人しくしてなさぁい! 絶対その辺のものに触っちゃ駄目よぉ?」


「うぐっ……は、はい……」


 男と少女。奇妙な二人組が奇妙な姿勢で固まるなか、ムーナは急いで部屋を片付けていく。これ以上被害が出ないように、普段は出しっぱなしにしているようなものまで全力でだ。


(何でこんな面倒なことに……気まぐれで人助けなんてするもんじゃないわねぇ)


「な、なあお主? 儂のこの姿勢は割と辛いのだが……」


「うわっ、何だろあれ? 緑のデロデロ?」


「うるさいわぁ! いいから何もしないで、黙ってなさぁい!」


 雨の降りしきる夜に現れた、得体の知れない二人の珍客。ムーナの愛する静寂を鼻で笑い飛ばすような存在に、彼女は内心頭を抱えるのだった。

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