父、祝いの品を渡す
「え、ニックさんもう町を立たれるんですか?」
ギルドでの話を終え、次の目的地を決めたニック。旅立つ前に最後の用事を済ませようとマケカク達の家を訪ねると、そこでは偶然にもカチカク、マケカクの兄弟の他に、オサナとマチョリカの二人も揃っていた。
「うむ。特別に急ぐというわけでもないのだが、もう十分に海も満喫したしな」
出されたお茶を飲みながら、テーブル正面に座るカチカクに向かってニックが言う。ちなみにニックの隣にはマケカクが座っており、少し離れたところではオサナとマチョリカが仲良く夕食の準備をしていた。
「そうですか。何だか寂しいですね」
「はは。何だかんだでこの町には三週間近く滞在していたからな。とは言え別にこれが今生の別れというわけでもないのだ。そう悲観することもあるまい」
「そうだぜ兄貴。オッサンならまた世界中回って、そのうちスゲー土産話とかしに来てくれるって」
「そうだな。その時は是非また我が家に寄ってください。家族全員で歓迎しますよ」
そう言うカチカクの視線が、チラリと二人の女性に向かう。近い未来に妻となる女性と、いずれ義妹になるかも知れない女性。いつかまたこの顔ぶれでニックを出迎えられたらというカチカクの思いに、ニックもまた小さな笑みをこぼす。
「ああ、楽しみにさせてもらおう。その頃には家族も増えておるのだろうしな」
「ははは……頑張ります」
「おう、頑張れ兄貴!」
照れくさそうな表情で言うカチカクに、マケカクが気楽な口調で囃し立てる。
「マケカク……お前他人事みたいに言って……」
「ん? 他人事だろ? いや、甥っ子だから関係ないとは言わねーけど、別に俺の子供ってわけじゃねーし」
「ふーん?」
ジト目でマケカクを見ていたカチカクの視線が、そのままゆっくりと女性二人の方へと向けられる。そこで繰り広げられているのは何とも甘酸っぱい女子話。
「マチョリカさんって、料理上手なのね。正直ちょっと意外だわ」
「ふふーん! 冒険者なんてやってたら、誰でも料理くらいはできるようになるよ。食事が不味いと元気も出ないしね」
「そうよね! 美味しいゴハンは大事よね」
「そうそう! それにしても……」
マチョリカの視線が、ふとオサナの腹部にうつる。それを感じたオサナはクスクスと楽しそうに笑うと芋の皮をむく手を止め、マチョリカの方に体を向けた。
「ふふ、触ってみる? と言ってもまだ何にも変化とかないけど」
「いいの!?」
オサナが笑顔で頷くのを確認して、マチョリカがそっとオサナの腹を撫でる。まだまだ膨らんですらいない腹は当然中身が動いたりするわけではないが、それでもそこに命が宿っているという事実はとても感慨深い。
「ここに赤ちゃんが入ってるんだ……」
「そうよ。大好きな人との愛の結晶! なんて言うと大げさに聞こえるけど……でも、本当にそうなの。こんな優しくて愛おしい気持ちを感じるなんて、自分でもビックリしてるくらいだわ」
「へー! へー! いいなぁ、あたしもそういうの感じたいなぁ……」
「それにはきっちり相手を見つけないとね。あ、ちなみにお腹を大きくするだけしてから責任もとらず逃げ出すような馬鹿で屑なろくでなしの負け犬野郎は駄目よ? そんなのがいたら今すぐ背後から刺してやるんだから!」
「オサナちゃん怖っ! でも大丈夫だって。きっとあたしのお腹を膨らませる人は、情けなーく泣いたりすることがあっても、最後はまっすぐ愛してくれる人だと思うから! ねー、そんな人がいるといいよねー?」
マチョリカがオサナの腹に向かってそんな事を語りかけ、オサナもまた意味深な笑みを浮かべている。
「……どうだ弟よ? お前はこれでも他人事だと思うのか?」
「い、いや!? 俺は、俺はそんなの関係ねーし!? 全然そんな、そんなことねーから!」
「……まあいいけどな」
これ以上無いほどに挙動不審な態度をする弟に、カチカクは呆れたようにため息をつく。そんな若者達のやりとりに思わず笑ってしまうニックだったが、思いだしたように腰の鞄から小さな包みを取り出した。
「ハッハッハ。若いというのは本当にいいな……っと、そうだ。忘れないうちにこれを渡しておこう」
「これは?」
「以前話していただろう? ちと早いが、お主達の結婚祝いだ」
「いいんですか!? ありがとうございますニックさん。おーいオサナ! ニックさんが結婚祝いをくれたぞ」
カチカクにそう声をかけられ、オサナがテーブルの方にやってくる。そのすぐ後ろからは当然のようにマチョリカも着いてきた。
「わー! 何それ贈り物?」
「ありがとうございますニックさん! これ、開けてみてもいいですか?」
「無論だ。気に入ってくれればよいのだが……」
ニックの返事を確認してから、オサナがその包みを開いていく。すると中には薄桃色をした一対の大きな貝殻が入っていた。
「うわ、夫婦貝!」
「随分大きくて立派だな。ニックさん、これ結構高かったんじゃ?」
夫婦貝とは、その色の美しさからこの近辺で結婚祝いに贈る定番のような二枚貝だ。割と珍しい貝であること、そこまで頻繁に需要があるわけでもないことから、一定以上に大きいものは相応の値段がする。
「いや、これは儂が自分で見つけたものだ。以前に町で結婚祝いにはこれがいいと聞いて、ちょうど見つけたから捕っておいたのだ」
「そうなんですか。ありがとうございますニックさん」
「ありがとニックさん! 早速飾らせてもらいますね!」
二人が改めて礼を言うと、オサナは早速踊るような足つきで部屋の中を歩き回り、何処に飾るのがいいかを検討し始める。そんな姿を羨ましそうに見つめているのはマチョリカだ。
「いいなー! ねえおっちゃん、あたしが結婚する時も、何か素敵なお祝いとかしてくれるの?」
「ん? ああ、勿論だ。式に顔を出せるかなどの約束はできんが、事前に教えておいてくれれば間違いなく祝いの品は用意しておこう」
「やったー! 何がいいだろう?」
「流石に気が早すぎるだろ……」
はしゃぐマチョリカに、呆れるマケカク。だがそのくらいでマチョリカの気持ちが収まることはない。
「そんなことないよ! こういうのは早め早めがいいんだから。いつあたしのお腹がおっきくなっちゃうかわからないしね? ねー?」
「うぐっ……」
悪戯っぽいマチョリカの笑みに、マケカクが一瞬で敗北を悟り言葉を詰まらせる。それでも何とか話題をそらそうと、必死に頭を働かせ……
「そ、そうだな! ならあれだ。ハイドロイアとかもらうか? あれ一匹もらえたら一生遊んで暮らせるだろ」
「ふむん? 欲しいというなら倒してきてやるが?」
「マジで!?」
何気ないニックの言葉に、マケカクが驚愕の声を上げる。だが驚きで見つめた先にあったのが筋肉親父のニヤリ顔であれば、すぐにからかわれたのだと悟る。そうしてマケカクが口をへの字に曲げれば、それを見たマチョリカが苦笑しながら言葉を繋いだ。
「おっちゃんならできそうだけど、それは流石にもらいすぎだよー。そんなのもらったらご近所からの妬みとか泥棒とかが凄そうで絶対落ち着いて暮らせないしね。
お金はほどほどで十分。あたしも稼げるし、旦那様はきっともっと稼げるだろうしね?」
「お、おぅ。そうだな……いや、違うぞ!? 俺は別に旦那とかじゃ――」
「はいはい。そうやってへたれてるマケカク君も可愛いよー?」
「やめっ、やめろ! 可愛がるな!」
ニヤニヤしながらマケカクの頭を撫でようとするマチョリカと、それを必死で阻止しようとするマケカク。そんな二人の姿をしばし眺めてから、ニックはお茶を飲み干すと徐に席を立った。
「さて、それでは儂はそろそろ行くとしよう。次に会うのがいつかはわからんが、皆壮健でな」
「ニックさんこそ、お元気で」
「赤ちゃんが産まれたら、是非抱きにきてくださいね」
「おう、またなオッサン!」
「またねおっちゃん! あたしの赤ちゃんも抱いて欲しいなー」
「ハッハッハ。では、さらばだ!」
家を出て、笑顔で見送る若者達に笑顔で背を向けニックが歩き出す。次に目指すは獣人の国。
「さて、今度の旅路はどんなものになるのだろうな?」
『さあな。だが貴様が行くのだ。どうせ賑やか極まりないものであろう』
「ふっ、辛気くさいよりはいいではないか」
『それはそうだが、限度を知れと言っているのだ馬鹿者め!』
腰の鞄の相棒との掛け合いを楽しみながら、筋肉親父は道を行く。その身を包む夕日の光は、若者達の恋心のように赤々と燃えていた。