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父、同行する

「どうにか落ち着いたな」


 やらかしたことの後始末に近隣の海を走り回ったニック。いくらかの魔物を人知れず(?)蹴散らし、周囲の魔物の気配も探ってようやく「もう大丈夫」と確信できたことで、ニックは久しぶりに昼の食堂で一息ついていた。


『全ては貴様の自業自得だがな。本当に貴様という奴は……』


「はは。こうして無事に片付いたのだからいいではないか。うむ、魚もいいがやはり肉は美味いな」


 海辺の町ということで魚料理を中心に食べていたが、よく体を動かした後と言うこともありこの日のニックの昼食は肉が主役。塩害に強い地域固有の水草を食べて育つブルームオックスの肉は柔らかい肉質の中にたっぷりの油を湛えた所謂「庶民向け」の肉であったが、料理人の腕がいいのかその味は決して悪くない。


 分厚いステーキに豪快にかぶりつけば、口の中に甘味と旨味に満ちた脂がじゅわっと染みだし、肉の柔らかさも相まってまるで飲み物であるかのようにステーキが口の中から消えていく。


 と言っても高級肉というわけではないので飲み込んだ後に残る口内の脂っこさまではどうにもならないが、そこで付け合わせに旬を過ぎて脂の落ちた魚を食べるのがこの町流だ。そうすることで丁度いい具合に脂が緩和され、単品ではあまり美味くない安魚もご馳走になるし、何より腹が膨れる。


 最後はグイッと全てを酒で押し流すと、ニックは満足そうに小さく息を吐いた。


「ふぅ……そう言えばオーゼン。あれだけ走り回ったというのに、結局『百練の迷宮』の入り口は見つからなかったな?」


『む? ああ、そうだな』


 元々海に来たのは、オーゼンが「海にも百連の迷宮の入り口がある」という発言がきっかけだった。だがこの一週間割と広範囲を駆け回ったにも関わらず、それらしいものを見つけることは出来ていない。


『まあ海と言っても広いからな。流石に闇雲に探すのでは見つからぬのも当然だろう』


「そうか……なあ、ちと思ったのだが、百練の迷宮の入り口を『王の羅針』で見つけることはできぬのか?」


 ふとそんな事を思いつき、ニックがオーゼンに問うてみる。


『それは……できるができない、と言うしかないな』


「何だそれは?」


 妙な言い回しをするオーゼンの言葉に、ニックが思わず首を傾げる。


『基本的なことだが、「王の羅針」による探知は対象の魔力的な特徴を捕らえて方向を指し示すものだ。故に完全に魔力を遮断するような場所であったり、あるいは対象の魔力波長が変化したりすると目標を捕らえることができなくなる。


 その関係上問題になるのが、百練の迷宮へと通じる転移陣だ。百練の迷宮を探すのであればその入り口である転移陣を目標として指定するしかないのだが、転移陣は貴様が近づいて起動状態になる前と起動中では魔力波形が違う。


 そして、貴様が近づけば転移陣は勝手に起動してしまう……わかるか?』


「むぅ? 儂が『王の羅針』で迷宮を探せるようになるには、起動前の転移陣をこの目にしなければならない。だが儂が近づくと勝手に起動してしまうわけだから……ああ、そういうことか」


 オーゼンの説明に、ニックは思わず苦笑いをする。近づかなければ見られないのに、近づけば状態が変わってしまうのでは確かに「できるができない」と言うしかないだろう。


「つまり、これからも地道に入り口を探すしかないというわけか」


『だな。貴様に魔術の心得があり、対象の細かい魔力波形を読み解いたりできるのであれば話は違うのだが……薬草の見分けすらつかぬ貴様だからな』


「ぐぬぅ……」


 呆れた声を出すオーゼンに、ニックは反論の余地もない。まともな魔力視すらできないニックに魔力波形がどうのなどという話を理解するのは、ゴブリンがニックに一撃入れるくらいに難しいことであった。


「ああ、よかった。ここにいらしたんですね」


「む?」


 そうして若干味が落ちた気がする食事を続けるニックに、不意に話しかけてくる人物がいる。つい最近も覚えのあるその状況にニックが声の方に顔を向ければ、そこにいたのは予想通り、今回もまた困った顔をするトリセツであった。


「トリセツ殿? どうしたのだ?」


「ええ、実はニックさんにご報告したいことがありまして」


「報告? 儂にか?」


「はい。それでできれば冒険者ギルドまでご同行願いたいのですが……」


「ふーむ。わかった」


 心底困り果てた様子のトリセツに、ニックは事情を聞く前に同行を決める。即座に食事を切り上げると、二人揃って定食屋を後にした。


「お食事中に申し訳ありません。どうしてもニックさんに判断していただかないといけないことがありまして」


「いや、構わんよ。トリセツ殿には世話になっているしな。しかし、一体何があったというのだ?」


 冒険者ギルドへの道すがら、ニックは改めてトリセツに問う。


「えっと、ハイドロイアの解体を冒険者ギルド主体で行っているのはご存じですよね?」


「無論だ」


 ハイドロイアの素材の所有権は、依頼中に仕留めたということで便宜上はこの町のものということになっているが、実質的にはニックが単独で仕留めたということを理解していない者は一人としていない。なので当然そこから得られる素材の所有権やその売却益はニックに優先的に配分されることになっている。


 これはそんなものを仕留められる冒険者に不利益を与えて敵対したくないという考えの他に、この戦果があくまで「極めて強力な個人の成果である」ということを内外に強く印象づけるためでもある。


 上の人間というのは、過程など気にせず結果しか見ない。「一度倒せたならまた倒せるはず」と今度はハイドロイア討伐を目的に船を出せなどと命令が来てしまったら、どれほど甚大な被害が出るか……そんな惨劇を生み出さないためにこそ、ニックに利益を分配することが必要不可欠なのだ。


「ん? アレの解体に問題があったのであれば、行くのは港ではないのか?」


「ああ、いえ、違います。解体そのものは順調です」


 首を傾げたニックの問いに、トリセツが答える。ハイドロイアの解体は現在進行形で行われているが、それはエンギダー号の停泊している港の外でのことだ。


 慣れない海上での解体作業は今一つ効率があがらず、一度ニックが地上に運ぼうかと提案したこともあったのだが、船より巨大なハイドロイアの死体は冒険者ギルドの倉庫ではとても収まりきらず、かといって町の外に放置などしたら魔物や高価な素材目当ての野盗が寄ってきてしまうということで断られたからだ。


「ならば何が問題なのだ?」


「実はその……解体したハイドロイアの中から、とあるモノが見つかりまして……とりあえず見ていただければ」


「そうか。わかった」


 これ以上無いほどに困り顔となり、その頭部から風に吹かれた髪が幾本も抜け落ちていくトリセツの様を見て、ニックはそれ以上何も聞かずに歩き進む。そうして冒険者ギルドに辿り着き、職員の案内で一番奥の部屋まで通されると、そこにあったのはベッドを二回りほど小さくした大きさの細長い木箱であった。


「……これか?」


「はい。正確にはこの中身が……ですが。むき出しにしておく訳にもいかないので、私共の手でこちらに入れさせていただきました」


「ふむ……開けてもいいのか?」


「どうぞ」


 部屋の中にいるのは、ニックとトリセツの二人のみ。トリセツが頷いたのを確認して、ニックは木箱の蓋に手をかけた。そのままゆっくりと蓋を開いていくと……


「うむん?」


 傷つかないように布の敷き詰められた木箱。その中にそっと置かれていたのは、ボロボロに朽ち果てた剣と盾であった。

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