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海賊船長、出港する

「おーい、お前達! 勝ったぞー!」


 再び海賊の演技を始めた……やはり大した違いは無いが……キンニクックが大きく手を振りながらナミマ・プカーリ号へと戻っていくと、様子を見守っていた海賊役の漁師達が一斉にエンギダー号から姿を現し、大歓声で出迎えた。


「ウォォー! 流石船長だぜ!」

「あんなデカイ魔物をあんなにあっさりと!」

「船長最高!」


「ガッハッハ! この儂の手にかかれば、この程度造作もないわ!」


 興奮気味に声をあげる海賊役の者達に、海上から跳び上がって甲板へと戻ってきたキンニクックが上機嫌に笑う。そんな彼に微妙な表情で歩み寄ってきたのは、護衛を任されていた金級冒険者のナルシスだ。


「実に見事だキンニクック。キミの表情から倒せるんだろうなとは思っていたけど、まさかボクの出番が全く無いとは……キミのせいでボクの美しさを魅せ(・・)つける機会が失われてしまったよ」


「それは悪いことをしてしまったな。だがまあ、大した被害もなく魔物を撃退できたのだからよいではないか」


「それはそうだけどね。いや、でも、ハイドロイアがあんなに簡単に倒されるなんて……」


 形の整った眉を寄せて言うナルシスに、キンニクックは腕組みをして首を傾げる。


「むぅ。お主がそう言うから多少は警戒していたのだが、正直大したことのない魔物だったぞ? 遠距離からの吐息(ブレス)は多少厄介かも知れんが、近づいてしまえば首を振り回して頭突きしてくるだけだったしな」


「大したことないって……ハハハ……」


 キンニクックの物言いに、ナルシスは乾いた笑い声を漏らす。通常であればハイドロイアと戦うには船か何かで近づくしかないわけだが、その時点であの吐息(ブレス)を回避するのはほぼ不可能、防ぐにしてもかなり強力な防御手段を用意しなければならない。一般的な討伐方法としては、囮となる小舟を何艘も出し、吐息(ブレス)の合間をかいくぐって間合いを詰めるというのが定石だ。


 そうして何とか近づけても、不安定で小回りのきかない船という足場でハイドロイアの巨体から繰り出される圧倒的な質量攻撃に対応するのは困難を極める。船に食らえば一撃で粉砕されて足場を失ってしまうし、魔法属性のある吐息(ブレス)と違って純粋物理攻撃だけに防ぐためにはこちらも同じだけの力が必要になる。


 しかもハイドロイアの肌はぬめりを帯びた分厚い皮で覆われているため、生半な武器では刃先を滑らされてしまいかすり傷すらつけるのが難しい。背中の甲羅ならそんなことはないが、そちらは単純に硬度が高すぎて破壊は困難。


 魔海の覇者の二つ名は伊達では無く、ハイドロイアは途轍もなく強力な魔物なのだ。


「っと、そうだ。おいお前達、今すぐエンギダー号をあの魔物の側まで寄せるのだ! あれの素材と魔石を回収できれば、更に大もうけだぞ」


 ボーッと何かを考えている風なナルシスをそのままに、思いだしたようにキンニクックが近くにいた海賊役の男にそう声をかける。すると海賊役の男は満面の笑みを浮かべて雄叫びをあげる。


「うぉぉ! 聞いたかお前等! あれを俺達が持って帰れるぞ!」

「うはー! 町の奴らの驚く顔が目に浮かぶ!」

「こりゃ息子どころか孫の代まで自慢し続けられるぜ!」


「そういうことだ。ではすぐに出発と曳航の準備にかかれ!」


「アイサー!」


 キンニクックの指示に、海賊役の男達がせわしなく動き出す。その騒ぎを聞きつけたナミマ・プカーリ号の乗客達も少しずつ甲板に戻ってきており、遠くに見える巨大な魔物の死体にしきりに興奮している。


「すげー! でけー!」

「アレと戦って勝ったの!? え、この人達って何者なの!?」

「俺は窓から見てたんだぜ? いやぁ、ありゃ凄かったなぁ!」


「ふぉっふぉ。護衛ご苦労じゃったなナルシス」


 そんな人々を横目で眺めながら、ナルシスの雇い主たる老人がそんな声をかける。


「御前。いや、まだ仕事は終わってませんよ? 何せ目の前に海賊共の親玉がいるわけですからね。で、どうするんだい?」


 腰の細剣に手をかけつつ薄く笑って言うナルシスに、キンニクックもまた豪快に笑って答える。


「ガッハッハ! これだけ大物が手に入ったのだ。今更この客船の財など儂の船に積む余裕は無いわ! 故に今回は見逃してやろう。運が良かったな?」


「それはお互い様だろう? このボクがいる限り、キミの海賊行為が成功するわけないんだからね」


「ほほぅ? まあ、そういうことにしておこう」


 顔を見合わせニヤリと笑い、そこから先に手を伸ばしたのはナルシスだ。


「キミの戦いは実に美しかった。出来れば今度は、もっと本気で戦ってみたいものだね」


「期待に応えてやりたいところだが、儂は旅をしておるからな。何処かで顔を合わせたならば、その時は相手になってやろう」


「約束だよ? キャプテン・キンニクック」


「うむ!」


 ナルシスの細くしなやかな手に、キンニクックの大きく無骨な手がガッシリと握手を交わす。と、そこに歩み寄ってきたのは、小さな男の子の影だ。


「あ、あの!」


「ん?」


「ぼ、ぼくともあくしゅしてもらえますか!」


 二人の側にやってきたのは、ミエハリス男爵の息子。見上げるその瞳には、英雄への憧れがキラキラと輝いている。


「フフーン! ボクの美しさがわかるとは、将来有望だね。勿論いいとも」


「ありがとうございます! ……あの、かいぞくの人もいいですか?」


 上機嫌のナルシスと握手をした後、男の子はキンニクックの方にもそう申し出る。


「うむ? 別に構わんが……儂は海賊だぞ?」


「そうですけど、でもすごくつよかったから! それにぼくたちのことをまもってくれましたし」


「ははは、そうかそうか。望むならばしてやるぞ。ほれ」


「ありがとうございます! ちちうえ! ちちうえ! あくしゅをしてもらいました!」


 キンニクックとも握手を交わした男の子が、全身で喜びを表現しながらミエハリス男爵の元へと駆け戻る。


「よかったな息子よ」


「はい! ちちうえ、ぼくもあんな風につよくなりたいです!」


「なれるとも。お前も立派なミエハリス家の男子なのだからな。だがそのためにはしっかり鍛錬を積まねばならないぞ?」


「ぼく、がんばります!」


 素直なその言葉に、ミエハリス男爵は嬉しそうに息子の頭を撫でる。そんな彼らの横では、別の少年もまた一人の海賊役の男へと近づいていく。


「おい、お前!」


「アン? なんだ、ボウズじゃねぇか。どうした?」


「うるさい! お前みたいな悪党に用はない! ないけど……でも、一応感謝はしてやる。その……ありがとう。魚から助けてくれて」


「プハッ! なんだよおい、お前可愛いところがあるじゃねーか」


「うるさいうるさい! 助けてくれたから今だけは見逃してやるけど、次に会ったら絶対に俺がお前を倒してやるからな! 覚悟しておけ!」


「おー怖い怖い。なら海賊は今日で引退しておくかな?」


「えっ!?」


 海賊役の男の言葉に、少年が驚きの声をあげる。


「そんなに驚くことか? こんなデカイ獲物が手に入ったんだ。なら後は町でまっとうに暮らすってのも十分にありだろ? だから何処かの町で見かけても、いきなり斬りかかってくるとかはやめてくれよな?」


「うっ……わ、わかった。まっとうに暮らすっていうなら、考えてやる……」


「ありがとよボウズ。ボウズも元気でな」


(ふぅ。これで何処かで偶然会ってもいきなり斬りかかられることはねーよな)


 海賊役の男のそんな内心など知る由も無く、少年騎士もその場を離れる。いずれ彼の父親が種明かしをするのかも知れないが、ここでの経験は彼にとってきっと意味のあるものになったことだろう。


「よーし、準備はいいか? 野郎共、引き上げだ!」


「「「オー!!!」」」


 そうして時が流れ全ての準備が終われば、キンニクックの号令がかかる。ナミマ・プカーリ号との係留が解かれ客船が離れていくのを見送ってから、彼らもまた巨大な獲物を引いて一路町へと戻っていくのだった。

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