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海賊達、奮闘する

「おいおいおいおい、何だありゃ? 凄ぇ数だぞ!?」


 キンニクックとナルシスの二人が揃って視線を向けたことで、乗客達もその方向に目を向ける。そうして視界に飛び込んできたのは、太陽の光を受けて銀色に輝く何かの大群だ。


 そしてそれに先行するように、ひとつの大きな影が水を纏いながら突然に船の上へと跳ね上がってくる。全身を覆う緑色の鱗に大きな口、えらの下から生えた二本の腕は知らぬ者が見れば鱗魚族(サハギン)と勘違いしそうだが、それの下半身は二本の足ではなく尾ひれであり、何よりその瞳には知性の光が宿っていない。


 海に面する街を拠点とする冒険者であれば誰もが知っているその魔物が短く鋭い牙の生えそろった口を大きく開き、甲板にいる哀れな犠牲者の肉を食いちぎらんと迫るが――


「ギュアァァァ! ……ア?」


「フン。声も見た目も美しくないね」


 その程度の奇襲とも言えない行動でどうにかなるほど金級冒険者は甘くない。ナルシスの無慈悲な一撃は魔物の胸を的確に貫き、その剣先に魔石の砕ける軽い手応えが伝わってくる。


「うぉぉ!? 魚が!?」


「おいお主! ちゃんとその後の面倒も見ぬか!」


 そしてその魔物が巻き上げてきた水に乗って、何匹もの魚もまた甲板上へと跳ね上がってきた。ナルシスが完全無視したそれが乗客にぶつかる前に、魔剣を持ったままのキンニクックの拳が魚たちを甲板に打ち落としていく。


「その程度、キミならどうとでもなるだろう? それに、そんな脅威でも何でも無いものを相手にしている余裕はなさそうだよ?」


「ぬぅ、まあそうだが」


 ナルシスの視線は、遙か向こうから未だ戻らない。そこには先ほどと同じ魔物が何百と群れてこちらに向かって来ていたからだ。


「キミと決着をつけられないのは非常に残念だけど、ボクも護衛の仕事を受けているからね。ここは一時休戦といかないかい?」


「いいだろう。この船の人も財も、全て儂の獲物だ。そうである以上、あんな魔物などに指一本触れさせはせん!」


 ナルシスの提案に、キンニクックはニヤリと笑って答える。こんな時でもまだ演技を続けているキンニクックに苦笑するナルシスだったが、すぐに迫ってくる魔物の群れに向かって剣を構えて戦闘態勢をとる。


「と言うことで、迫ってくる魔物は儂とこの男でなんとかするが……お前達!」


 仁王立ちしたキンニクックの声が、乗客と共に右往左往していた海賊役の漁師達を呼ぶ。


「何を無様にうろたえておるか! それでもお前等は儂の部下か!?」


「いや、そんなこと言ったって、俺達は……」


「わかっておる。だからこそもう一度よく考えるのだ。お前達は何だ? ここは何処だ? そして敵は……何だ!?」


「それは……」


 言われて、男達は考える。自分たちが何かと言われれば、当然海賊……ではなく漁師だ。漁師だからこそ、魔物と戦えるはずが……


「……いや、違う?」


 漁師達の一人が、ふと小さくそう呟く。


「魔物は船長がなんとかしてくれるんだろ? なら俺達が相手にするのは……魚?」


 目の前に迫ってくるのは、魔物と魚の混合部隊。だが魔物はニックが倒してくれるというのなら、自分達が相手にするのは魚の大群。それはつまり……


「へっ、そういうことか……おい野郎共!」


「ああ、わかったぜ。なるほどコイツは俺達の出番だ!」


「だな! 今日は大漁だぜ!」


 自分たちは漁師で、ここは海に浮かぶ船の上。そして相手が魚なら……それはいつもの日常であり、向かってくるのは脅威では無く宝の山。


「任せろ船長! あんたの手が回らないところは、俺達がきっちり仕留めてやるぜ!」


「乗客の誘導もやっとくぜ!」


「だから魔物の方は頼むぜ船長!」


「任せておけ! さっきも言ったが、一匹たりとも通しはせん!」


 にわかに奮い立った海賊役の男達に、キンニクックが啖呵を切る。それを待っていたかのようにいよいよもって魔物達が何匹も甲板目指して飛び上がってきたが、その全ては善と悪、二人の英雄の前に為す術も無く沈んでいく。


「数がいようと雑魚は雑魚。このボクを無視して進もうなんて、そんな無粋な真似が許されると思うのかい?」


「ハッハー! どうしたどうした? 儂はまだまだ余裕だぞ!?」


 一〇、二〇と跳び上がってくる魔物の群れが、たった二人によって完全に防がれている。流石にその時の水流に便乗して飛び跳ねてくる魚までは手が回らないが、そちらは海賊役の漁師達の手によって次々に仕留められていく。


「うわっ!?」


 入り口に近い方から順番に甲板から避難している関係上、この危険な場所に最後まで残り続けるのは貴族や豪商などの金持ち達だ。平民も乗る船に乗船している以上それなりにまともな判断力を持っている人物ばかりだったため避難は順調に進んでいたが、そんななか海賊を相手に奮闘した少年騎士が、人混みに足を取られてふらりと転びそうになる。そこにたまたま大きめな魚が飛び込んできて――


「おっと、危ねぇ」


「お前……っ!」


 その魚を、少年騎士にぼろ負けした海賊役の男が仕留める。突き出された模造刀は、弧を描いて飛んできた魚を見事空中で串刺しにしていた。


「お前に、お前なんかに助けられるなんて……」


「ははっ、そう言うなよボウズ。確かに対人戦なら俺はボウズにぼろ負けしちまったけどよ」


 睨み付けてくる少年騎士に、海賊役の男は苦笑しながら少年を守るように海との間に立ちはだかる。


「今この時、ここは俺の日常(せんじょう)だ。ボウズが俺に並び立つなんざ、一〇年早いぜ!」


 物心ついた時から、彼は船に乗って漁をしていた。かつて使ったボロの銛に比べれば模造刀は遙かに上等な武器(えもの)であり、変幻自在な人の動きは読めずとも海を泳ぐ魚の泳ぎなら目を瞑っていたって捕らえられる。


「さあ行け! 俺達の(いくさ)を邪魔すんじゃねぇ!」


「くそ……くそ、くそ、くそっ! お前みたいな悪党に……っ!」


「へっへっへ! そうよ、俺は泣く子も黙る海賊様よぉ!」


 立ち上がった少年騎士が悔しげな顔で歩き去って行くのを見届け、海賊役の男が楽しげに笑う。


「うわっはっは! 若いのは楽しそうだな」


「俺達だって十分楽しんでるだろ? こんな入れ食いなんて何十年ぶりだ?」


「違いねぇ! エンギダー号で持って帰りゃ、女房と子供にいい土産が買えるぜ!」


「うーん。キミの手下達も随分と楽しそうだねぇ。ほんのちょっとだけだけど美しい頑張りだよ」


 そんな風にはしゃぐ海賊役の男達に、ナルシスがチラリと視線を向けて言う。


「ハッハッハ。だろう? 何せこの儂の部下だからな!」


「この船長にしてこの手下ありってことかい? それならまあ納得だよ。ただ彼らの活躍も、そろそろ終わりだろうね」


「ああ。これで残るは……」


 跳び上がってきた最後の魔物を、キンニクックの魔剣が切り裂く。数は多くともそれほど強い魔物ではなかったためか、魔剣の星は二つ目が淡く輝く程度だ。


 その光も時間と共に弱まっていき、海に静寂が訪れる。だがそれもまた一時のこと。キンニクックの鋭敏な感覚には、海の奥から近づいてくる強大な力の気配を感じ取っていた。


「出てくるよ? 船長!」


「わかっておるわ!」


「「「プォォォォォォォォ!!!」」」


 まるで汽笛のような音を響かせ、それが水中から姿を現す。固い甲羅と三つ首を持つその姿は、伝説にさえ残る海の王者。


「魔海の覇者、ハイドロイア……なんて美しさだ……」


「これはこれは、暴れ甲斐がありそうだ」


 自らの乗るナミマ・プカーリ号よりなお大きいその威容を前に、二人の男はそれぞれの想いを口にするのだった。

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