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海賊船長、剣を抜く

「なら、次はボクの番かな? いくよ?」


「おう!」


 わざわざ攻撃を宣言してから、ナルシスが手にしたレイピアを高速で突き出す。風切り音がしそうなほどの勢いで五度繰り出されたその攻撃に、キンニクックの手にした剣から五度甲高い音が鳴り響く。


「……へぇ」


 その妙技に乗客達から歓声があがるなか、ナルシスだけは違う意味で感嘆の声を漏らす。


「オジサン、本当に強いね」


「ははは、まあな」


 貴族の護衛として乗船している以上、ナルシスの振るう剣は模造刀ではなく実剣だ。その突きには鉄の鎧くらいなら楽に貫通してしまうほどの威力があるため、ナルシスは最初の一撃のみ軽く剣にあて、残りは適当に外すつもりで攻撃を放っていた。


 だが、目の前の男はその「外すつもりの攻撃」にわざわざ自分の剣を合わせてきた。しかもまともにぶつかれば一撃で破損してしまうような脆い剣を壊すことなく、それでいてしっかりと音が鳴る程度の衝撃が加わるように加減してだ。


(まさかここまでできるとはね。身体能力任せの微妙に美しくない剣技だが、その能力は間違いなく本物……これは楽しくなりそうだ)


「ならば、次はこちらの番だ! その剣と同じ細っこい体をなます斬りにしてやろう!」


「ハッ! やれるものならやってみたまえ!」


 手番を回したナルシスを襲うのは、恐ろしいほど太いキンニクックの腕から繰り出される嵐のような連撃。力任せに振り回される大ぶりの攻撃を、ナルシスはヒラリヒラリと舞い踊るようにかわしていく。


(これもだ。ちゃんとボクが美しくよけられるように計算して攻撃されている! ならボクも期待に応えなきゃ、美しくないよね?)


「ハッハッハ! その程度か海賊の親玉! やはり鈍重極まりないその体では美しいボクを捕らえることはできないようだね!」


「ほざけ! まだまだこれからだ!」


 吹き荒れる暴虐の轟風の中を、ナルシスの皮鎧すら身につけていない体がしなやかにくぐり抜けていく。防具を身につけていないのは、僅かな防御力よりも体の柔軟性を阻害されることを嫌がったから、全てをかわせば防具など必要ないから、そして何より――


「どうだいこの美しい身のこなし! そんな野蛮な刃では、このボクの美しい体にかすり傷だってつけられないよ! ほらっ、そこだ!」


「ぬうっ!?」


 正直ちょっと気持ち悪いくらいの柔軟性を発揮し、クネクネと踊り狂うナルシスが腕を振るう。それを防ぎ、あるいはかわすためにキンニクックが体勢を崩せば、その隙を突いて更にナルシスの攻撃が苛烈になる。


「四! 三! 二! 一! これで……終わりだ!」


「何と!?」


 ナルシスの刺突を受けたキンニクックの剣が、派手な音を立てて砕け散る。それに大げさに驚いてみせたキンニクックは、ニヤリと笑ってから小さく肩をすくめてみせた。


「なるほど、これほどの手練れを護衛に雇っていたとは! 獲物が砕けてしまったからには仕方が無い。ここは一旦引き上げ――」


「待ちたまえ」


 このくらいで十分だろうと引き上げの台詞を口にしたキンニクックを、何故かナルシスが引き留める。


「その腰の剣は使わないのかい?」


「む? いや、しかしこれは――」


「わかってるさ。でもそれを使えば、もっと魅せる(・・・)戦いができそうだろう?」


「ぬぅ……」


 チャッチャッとレイピアを振って見せるナルシスに、キンニクックは小さく唸る。そのまま周囲に視線を走らせてみれば、前方の乗客達からも背後の海賊達からも期待に満ちた眼差しが向けられている。


「フッ……よかろう! ならばもう少しだけ遊んでやるとしよう!」


 凶悪な笑みを浮かべたキンニクックの腰から、七つの星を宿す魔剣が引き抜かれる。力を封じられたままのその剣が光を放つことはないが、それでも人々の目を惹きつけずにはいられない。


「なんて美しい剣だ……これならば相手にとって不足無し! 改めて名乗らせてもらおう。ボクは金級冒険者のナルシス。一輝十閃(シャイニング・テン)のナルシスだ」


「強いとは思ったが、二つ名持ちの金級冒険者か! 儂は……あー、あれだ。キャプテン・キンニクックだ!」


 うっかり素で答えそうになり、慌てて誤魔化すキンニクック。その名乗りに若干残念そうな表情をしたナルシスだが、すぐに気を取り直して笑う。


「ハハッ、構わないさ。真の強者なら名前なんて勝手に広まるものだからね。ではいくよキャプテン・キンニクック! 我が美しさは世界に焼き付く! 剣乱豪輝(ソードファントム) 『灯る一閃(ブライト・ワン)』!」


 瞬間、ナルシスの体がまばゆく光る。それだけならば単なる目くらましだが、二つ名持ちが強敵と認める相手に放つ技が、そんな小細工だけであるはずがない。


「ぬっ!? これは……っ!」


 キンニクックの眼前に現れたのは、輝く人影。その影が細剣を突き出せば、それを受け止めたキンニクックの剣に確かな衝撃を与えてくる。


「幻影ではないのか!?」


『分身……いや、質量のある幻影? どちらにせよ相当な技量だな。あのような短文詠唱でこれほどの魔法を……それとも何か魔導具が?』


「まだまだ! 『光る二閃ルミナス・トゥ』!」


 攻撃を終えて幻影が消えた時には、既にナルシスはキンニクックの背後に回っている。そこで再び技を繰り出せば、今度は輝く幻影が二体になる。


「なるほど、ドンドン増えていくわけか! だがこんな……っと」


 ニヤリと笑ったキンニクックが魔剣を振りかぶるも、すぐにその動きを止めて刺突を受け止めるに留める。


『どうしたのだ? 仕掛けはあるだろうが、そうは言っても魔力によってなした現象であることは間違いない。その魔剣であれば簡単に対処できるであろう?』


(何を言っておるのだオーゼン。儂は勝つわけにはいかんのだぞ?)


『ぬっ!? そ、そうだったな……違うぞ? 貴様がそれをしっかり覚えているかどうかを確認しただけだぞ!?』


 服の下に身につけた鞄、その中から聞こえた焦り声に、キンニクックは小さく笑いながら剣を振るい続ける。


 だがその実、あまり余裕はない。キンニクックが振るう魔剣『流星宿りし精魔の剣(インスターグラム)』はナルシスの技とあまりにも相性が良すぎるせいで、ちょっと加減を間違うとあっさり技を破ってしまいそうだったからだ。


 そして、そんな事情をナルシスが知るはずも無い。自らの美しい技にキンニクックが押されているのだと確信し、更に追い詰めるべく技を繰り出していく。


「凄い! 凄いぞキミ! まさか六閃まで耐えるとは! これなら……」


「おいナルシス! ちゃんとわかっておるのか?」


「大丈夫ですよ御前。ちゃんとわかってますから!」


 ナルシスの本気っぷりに思わず声をかけた老人に、ナルシスがくるりと華麗にターンを決めながら答える。そうする間にも幻影は数を増し続け、次は当然七体となる。


「どうかこのボクの美しい攻撃を、最後まで完結させてくれ! 続きだ船長、『眩き七閃(ダズリング・セブン)』!」


「ぬぅん!」


 雷光の如き速さで繰り出される刺突を、一気に蹴散らしてしまわないように必要最低限の力と動きで受け止め続けるキンニクック。魅せて勝つため、見せて負けるため。それぞれの殺気の無い本気の勝負はいよいよ佳境を迎え……だが唐突に終わりはやってくる。


「ハァ。ここまで来たら表の奥義くらいは見せたかったんだけどねぇ……キミなら受け止められただろう?」


「さあな。勝負はいつでもやってみなければわからんことだが、今は確かにそれどころではなさそうだな」


 二人の視線が互いからはずれ、海の向こうへと向けられる。果たしてその先にあったのは……雲霞の如く押し寄せる、銀色に輝く何かの大群であった。

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