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海賊船長、勝負を受ける

「キャプテン・キンニクック……」


 堂々たる筋肉船長の名乗りに、少年騎士の心に深い畏怖が刻まれる。だが怯えて一歩下がった少年をとがめることの出来る者などこの場に一人として存在しない。何故ならその男の放つ存在感は、たとえ貴族であろうとも即座に膝を屈してしまいそうなほどに強烈なものだったからだ。


(なんという。これが、これが海賊達の長か……)


 抜き身の剣を構えたままのミエハリス男爵もまた、その船長の威風堂々たる出で立ちに圧倒される。剣を取り落とした事実にすら気づくことなく、ただじっとキンニクック船長の姿を見つめ続けてしまう。


 身長二メートルを超える巨体と、服越しですらわかるはち切れんばかりの筋肉。それは暴力という言葉の体現であり、超越した力は善悪を超えて人を引きつけてやまない。


 しかも、船長が持つのはそれだけではない。身につけた衣服は明らかに上等な生地でできていたが、それを飾る宝飾品の価値がまた凄まじい。小国の王程度では太刀打ちできないほどの大量かつ巨大な宝石類をこれでもかとあしらった衣装は、決して派手なだけではなく重厚な高級感を醸し出している。


 そして極めつけは、その腰の剣だ。二本身につけているうちの一本は明らかに安物の剣……自分が手にしていたのと同じ模造刀だとわかるが、もう一本は違う。余計な飾り付けの無い見た目としては地味な鞘だが、それが魔銀(ミスリル)製であることが貴族としての審美眼のある男爵にはわかる。鞘でさえそれなのだから、中に収まっている剣の価値は推して知るべし。


 王でさえ纏えぬような衣服に身を包み、誰もが求めるであろう名剣を帯び、どんな相手もねじ伏せそうな力を感じさせる男。キャプテン・キンニクックは浪漫のなかにしか存在しない海賊船長そのものであった。


「さて、随分と儂の部下を可愛がってくれたようだが……どうした小僧? 怯えているのか?」


「ち、ちがっ!?」


 キンニクック船長にジロリと視線を向けられて、少年騎士が必死に叫ぶ。だがその足はガクガクと震えており、両手で握る剣は今にも落ちてしまいそうだ。


「はっ、少しは見所があるかと思ったが、所詮は子供か。怖いなら無理せず下がっているがいい。だが……」


 体をかがめ、少年騎士に顔を近づけ凄むキンニクック船長。今にも泣きそうな少年の瞳を見つめ、その奥に宿る炎を見つけて言葉を続ける。


「もしお主が真の男、騎士だというのなら、臆せずにかかってこい! この儂が直々に相手をしてやろう!」


「うっ、うぅぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 恐怖を振り切るように、少年騎士が声をあげながら剣を振るう。とは言え、ただ振るっただけの剣筋も何も無い攻撃がキンニクック船長に通じるはずもない。腰から抜いた模造刀で難なくそれを受け止めると、船長は楽しそうに笑う。


「よくぞ動いた! その一太刀を繰り出せたなら、お主は戦う者としての第一歩を踏み出した! ならば存分に剣を振るえ! その全てをこの儂、キャプテン・キンニクックが受け止めてやろう!」


「馬鹿にしやがって……っ! えいっ、えいっ、えいっ!」


 やけくそのように振るわれる剣を、キンニクック船長はあえて大げさな動きで防ぎ、また反撃する。そこから続いた五分ほどの攻防は、少年騎士が力を使い果たし、剣を落とすことで終結となった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「どうした? もう終わりか?」


「はぁ、はぁ……いつか、いつか必ず……俺が……お前を……っ!」


「はっは。その日を楽しみにしておこう。さあ次は誰だ? 誰がこのキャプテン・キンニクックに刃を突き立てる!?」


 くたびれ果てた少年を、その両親が優しく迎え入れる。思わぬところで息子の騎士としての才覚を見いだせたことで、その表情は実に満足げだ。


 そんな親子とは裏腹に、大声でまくし立てるキンニクックを前に、動けない男が一人。


「ちちうえ! どうしたのですか、ちちうえ!」


「あ、ああ……」


 キンニクックの威容にすっかり当てられていたミエハリス男爵は、愛する息子に声をかけられてやっと我に返る。慌てて甲板に落としていた剣を拾い上げると、キンニクックの方へとその切っ先を向けた。


「む? 次はお主が儂の相手か?」


「そ、そうだ! お前のような下賤な海賊など、我が剣の錆びにしてくれる!」


「ちちうえ、かっこいいです!」


「ほほぅ」


「うひっ!?」


 ニヤリと笑うキンニクック船長に、男爵は思わず情けない声をあげてしまう。これが演技であり、自分が勝者になるかどうかは他に戦いたい者が現れるかどうかで変わるとはいえ、怪我をしたりすることはないのは頭ではわかっている。わかっているが……それでも生物としての格の違いが、男爵の内に本能的な恐怖を湧き起こしてしまうのはどうしようもない。


「ふーむ。のぅ男爵殿。ここはひとつ、儂の護衛に出番を譲ってもらえんかね?」


「む?」


「え?」


 そんな男爵の姿を見かねて、背後に控えていた老人がそんな提案を口にした。


「いやなに、年寄りの旅だ。念のために護衛を雇っているのだが、思いのほか船旅が安全で全く出番がなくてのぅ。ここはひとつ、その者にも見せ場を譲ってはいただけんかな? ご子息の前で勇姿を示せぬのは残念かも知れんが」


「い、いえ! そのような! わかりました。ではこの海賊の相手は、貴殿の護衛の方にお任せするとしましょう」


「おぅおぅ、ありがとう。器の大きい男爵様じゃ」


「ふふ、貴方のお父上は剣の腕だけではなく、広いお心もお持ちなのね。とっても素敵だわ」


「はい! ちちうえはすごくやさしいです!」


 思わぬ所からの助け船に、男爵は内心ホッと胸をなで下ろしながらその場を下がる。老夫婦からの言葉もあり、息子からの評価の上昇は天井知らずだ。そうして下がった男爵親子をしばし目を細めて見ていた老人だったが、すぐにキンニクックの方へと向き直ると、楽しげに口を開く。


「さて、では譲っていただいたのだから、それなりの成果を見せねばな……来なさい、ナルシス!」


「はいはーい。お呼びですか御前?」


 老人の呼びかけに、人混みの奥から一人の男が姿を現す。柔らかな金髪を風に靡かせたその立ち姿は、何とも華やかで美しい。


「こちらの男爵殿に出番を譲ってもらったのだ。お前の力を存分に見せつけてやりなさい。ただし……」


「わかってますよ御前」


 老人の言葉に、ナルシスはパチリとウィンクを返す。海賊が仕込みであることも、これが見世物であることも彼はしっかりと理解している。故にナルシスは無駄にくるりとその場で回転すると、流れるような動作で腰から引き抜いたレイピアをビシッと海賊船長に向かって突きつけた。


「そんなわけで、このボクが! 華麗に優雅に美しく相手をしてあげようじゃないか!」


「ほほぅ。少しは骨のありそうな相手ではないか。だがそのように細い体で儂の相手が務まると思ったか?」


「勿論! 美しくしなやかなボクの体が、キミみたいな無骨な筋肉の塊に後れをとるわけないじゃないか!」


 キンニクック船長よりもよほど芝居がかった動作でナルシスが言い放つ。その言葉に苛立った……ように見せたキンニクック船長の先制の横薙ぎを、ナルシスはふわりと後ろに跳んでかわす。


「お主、やるな?」


「キミもそんな見た目の割には、なかなかやるじゃない?」


 顔を見合わせ笑い合う、筋肉船長と美系剣士。甲板上の茶番、その第二幕の火蓋が今切って落とされた。

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