父、演技指導をされる
そして翌日。この日から本格的にニックの「海賊修行」が始まった。まず驚いたのは、入り江の崖下に隠れるように作られていた港と、そこに停泊していた船だ。
「ほぅ! これはなかなかの船だな」
「だろ? 昔はもっとでかい船もあったらしいけど、今残ってるのはこれだけだ。つってもこれだってこの興業の時しか使わねーんだけどよ」
顔合わせを済ませた海賊役の漁師の一人が、船を見たニックに向かってそう笑いかける。停泊していたのは三〇人ほどが乗れそうな中型の帆船で、古めかしくはあってもしっかりと手入れがなされている。
なお、旗は当然の如く黒であり、そこにでかでかと白い髑髏が描かれている辺りがいかにもな逸品だ。
「しかし、何故こんな場所に港があるのだ? 普通に浜辺に作ればいいのではないか?」
「そりゃ新しく作るならそうだけどよ。ずっと昔、外洋探検が流行ってた時代があったのは知ってるだろ? その頃は本物の海賊……つってもほとんどはどっかの国が国籍を隠した私掠船だったみたいだけど、とにかくそういうのも沢山いて、ここはこの国の海賊がこっそり出入港する場所だったらしいぜ? ま、俺も詳しいことなんてわかんねーけどな」
「なるほど、場所に歴史ありというところか。そんなところから見世物の海賊船が出航するとは何とも因果なものだが」
「ガッハッハ! ま、世の中なんてそんなもんよ!」
感慨深げに言うニックに、漁師の男が豪快に笑う。実際一〇〇年二〇〇年ならまだしも、一〇〇〇年単位で昔に行われた行為などもはや誰も責任を追及したりはしない。調べれば当時の記録が残っている国も無いわけではないが、そんな証拠とも言えないものを楯に他国に賠償を請求するなど、まともな国がやるはずもなかった。
「とにかく、これが我らの海賊船ってわけだ。使うのは毎年この時だけだが、それなりに手入れはしてるから船体に問題はねぇ。別に乗り込んでも平気だから、興味があるなら後で中を歩いてみるといいぜ」
「それは楽しみだな。是非そうさせてもらおう」
「じゃ、後は演技指導だな。向こうの浜でやるから、いこうぜ船長!」
「うむ!」
洒落っ気を出して船長と呼ばれたことに、ニックは上機嫌になって頷く。そのまま浜まで歩いていけば、厳つい男達が二〇人ほど集まっている。
「これは見事に海賊顔の男達だな」
「おいおい、そりゃねぇぜ大将!」
「馬鹿言え、そりゃ褒め言葉じゃねーか!」
「そうとも! そのおかげでこうして仕事ができるんだしな!」
ニックの言葉に、男達が笑い声を上げる。二〇代そこそこと思われる若者から五〇代くらいの壮年の男まで年代はバラバラだが、全員が地元の漁師ということもあり見た目とは裏腹に場の空気は実に和気藹々としている。
「さて、それじゃ俺達の立ち回りだが……ニックさんは冒険者なんだよな? なら一番意識しなきゃいけねーのは、『無駄に動く』ことだ!」
「ふむん?」
「わかるか? 俺達が魚を捕る時もそうだが、仕事に慣れると動きってのは洗練されて無駄がなくなっていくだろ? でもそういうのは見栄えがよくねーんだよ。一瞬の見切りから流れるような無駄の無い動作で魚を一突き! みたいなのは、素人が見ると面白くねーんだ。
だからここであんたが身につけるべきは、大げさでわざとらしい動きを不自然じゃなく見せる技術ってことだ」
「なるほど、つまりこういうことだな!」
ニヤリと笑ったニックが、その場で強く砂浜を蹴る。そうして高く飛び上がると特に意味も無く空中で三回転ほどし、更には竜巻の如く体をグルグルと回転させながら両手を広げて着地。舞い上がった砂が落ち視界が戻ると、そこにはビシッとポーズを決めた輝く笑顔の筋肉親父が立っていた。
「どうだ!」
「お、おぅ、すげーな。すげーけど……海賊っぽくは無いな」
「ぬぅ、まあそうだな」
驚き戸惑う漁師の男に、ニックは若干肩を落とす。割と自信のある決めポーズだったが、確かに海賊っぽいかと言われたら違うだろうとは思ったからだ。
「つーか、あれじゃね? ニックさんは船長なんだし、派手に動くよりはどっしりと構えてたらいいんじゃねーか? こう、いかにも大物って感じでさ。で、模擬戦の時だけ動作を少し大げさにする感じとか」
「そうだな。大将の見た目なら大物感はバッチリだし、むしろ動かないことで迫力を出していく方向性の方がいいかもな」
「だな。なあニックさん、ちょっとこう、俺達に向かって凄んでみてくれないか?」
「凄む……というと、こんな感じか?」
今一つ具体性の無い指示に、ニックはとりあえず軽く威嚇するような気配を放つ。すると周囲にいた漁師達の体がぶるりと震え、次いで力なくその場に腰を落とし始めた。
「お、おぅ……冒険者ってのは本当にすげーんだな」
「いや、でも、流石にこれはマズくないか? 正直俺がこの気配を向けられたら、迷うことなく走って逃げるぜ?」
「あー、俺は逃げることも考えられず、助けてくれって泣き叫びそうだ……」
ニックの威嚇に当てられ、漁師達がそんな事を語り始める。あくまでも一瞬だったからこそ軽口も叩けるが、もし現在進行形で威嚇され続けていれば今頃全員気絶していたことだろう。
「とりあえず、ニックさんがすげーってのはわかったぜ。ただここまでするとおそらく相手さんから凄い剣幕で怒られるだろうから……もっとこう恐怖を抑えつつ威圧感を出す? そんな感じでいけるか?」
「むぅ。こんな感じか?」
言って、再びニックの体から強めの気配が放たれる。だが今度は誰もへたり込んだりはせず、ピリッと体が痺れたように感じる程度ですんだ。
「おおぅ、さっきよりはいいな。ってか自分で言っておいて何だが、細かい調整とかできるんだな」
「まあな。気配を消す、出す、特定の相手にのみ向けるなどの技術は、できると色々と便利なのだ」
「へぇ。なんとなく漁にも役に立ちそうだが、そんな簡単に身につくことじゃないだろうし……ま、いいや。じゃあその辺の細かいところは追々やっていくとして、後は海賊っぽいしゃべり方か?」
「しゃべり方か……海賊っぽいしゃべり方とは、どういうものだろうな?」
腕組みをして首を傾げるニックに、漁師の男が声をかける。
「一応今までの流れだと、俺達はチンピラっぽい感じの話し方が定番だな。船長に関してはやる奴の見た目の雰囲気とかで変えてるんだが……ニックさんの場合なら、今のまんま普通に話しても大丈夫じゃないか?」
「確かに、大将の話し方はどっしりしてるもんな」
「お前さっきからどっしりばっかりだな」
「いいだろ! 船長ともなれば、そう言う落ち着き払った威厳みたいなのって重要じゃねーか!」
侃々諤々と議論が交わされ、実際にニックも言われたとおりの口調で話してみたりする。
「へっへっへ。綺麗なネーちゃんじゃねぇか。俺様が可愛がってやるぜぇ!」
「……ねーな。大将にこの喋りは合わなすぎるだろ」
いかにもチンピラっぽい物言いをしたニックに、満場一致で駄目出しが入る。
「フッ。この俺の獲物に選ばれたのだ。光栄に思うがいい!」
「ありっちゃありだが、何か似合わない気がしないか?」
少しキザな物言いのニックに、漁師達が首を傾げる。
「ガッハッハッハ! 宝も女も根こそぎだぁ!」
「見た目に合ってはいるけど、海賊っていうよりは山賊っぽいな」
豪快な物言いのニックに、微妙に「これじゃない」という表情が返される。その後も様々な議論が交わされ、結局出た答えは――
「……じゃあ、ニックさんに関してはごく普通に立っててもらって、いつも通りに話してもらうってことでいいか?」
「「「異議無し!」」」
「むぅ」
『ふふふ、頑張るがよい。くく、クックック……こら、叩くな! 八つ当たりはみっともないぞ!』
何もせずに普通にしていることこそが一番海賊船の船長っぽいという、何ともやるせない結論であった。